あなたと誰かをつなぐ味(はぁと
成功は得るものが多く、失敗は学ぶことが多い。
「私ですよ私! 忘れたんですか? 異国の戦士さま!」
「おお、いえー……」
今度はフードを外した赤髪娘が、ぐいぐい距離を詰める。壁を背にしてるから、俺はぴったり壁に張り付く。背中冷てえ。
私ですよって言われて瞬時に認識を得られるほど、俺はまだ君と関わってないよ。あと勇者設定どうした。
「あーっと、君は、エーテル。さん?」
「露骨な距離感を感じますねー……。もしかしてシャイですか?」
そんな未知の生物を見るような顔されてもなあ。
シャイってか、わりと普通の反応だと思うし、名前確かめたんだから答えて欲しいな。
「あ、そうです私エーテルです。(あれ?)私、言いましたっけ?」
「王様……が言ってたから」
「あはっ、そうでした」
エーテルが一歩引いて、適正な距離に戻る。前に見た時は(ちょっとドキっとしたほど)寄る辺なさげだったのに、なんで今はさっきのCMに0.5倍くらいのMAXハイテンションなんだろう。
俺の疑問をよそに、彼女は高め安定の速度で突っ走る。
「そうそう、お忘れ物はこちらでお預かりしてますので」
「あ、ほんと? ありがとう」
「(おっと、)もちろんお預かりしてただけですよ。ね、ラフロイグ!」
エーテルが振り返ると、(彼女と同じような)質素なローブを着た、灰色モフモフの少年がひょこっと現れた。
頭の上、両手で支えながら俺のカバンを持ってる彼は、無愛想でどうにも冷めた目つきなのに、女顔と仕草のせいでどことなく愛嬌がある。
「ええ。白くてフワフワした、やたら小さめの四角いクッションとか入ってそうな気がしますけど、中を見たりとかはしてませんよ」
「見てんじゃん素直だな!」
エーテルとは対照的に、抑揚を押さえた淡々とした喋り方。それと物事の独特な表現。
見た目は14、5歳くらいかな。エーテルより一回り小さい。
「あ、と。お初お目にかかります。ラフロイグと申します。専攻は熱素化学です」
続けて、思い出したような自己紹介。ちょ、ちょ、就活中の大学生みたいな自己紹介やめーや。なんか色々蘇るってばよ。
***
エーテルが俺の左手に視線を注ぐなか、右手でモフモフ少年からカバンを受け取る。
はあ、事態はよくわからんけど、カバンがあって良かった。あとはこれが、部屋で放心してる俺の都合いい夢じゃないことを祈ろう。
と、たぶん大丈夫そう。左手にキャラメル袋がついてきてる。
それに、場所も同じなら、話の流れも前の内容から連続している。
都合の良すぎる部分もあるけれど。
これはひょっとすると本当に、神隠し的な超常現象に見舞われてるんじゃないかって思えてきた。
帰りが保証されてることは確認済みだし、ここはいっちょ、気持ち切り替えて、せっかくの非日常体験をエンジョイしよう。
お客様、お客様、こちらはホラーではございません。『現地ガイドと巡る、新世界の旅 (ノープラン)』でございます。
それはさておき。
この娘はなんで俺の手元を見てんだろうと思ったら、キャラメルに興味津々だったのか。
近所のスーパーで売ってる、『あなたと誰かをつなぐ味 (はぁと)』がキャッチコピーの、個包装されたキャラメル(18個)袋入り。やっすい割に、きちんとキャラメルとしての矜持を感じるミルクティー色、味、歯を根元から持ってく粘着力。そんなに珍しい?
「これ食べる?」
「えっ、それ、食べ物なんですか!?」
「変わった名前、形、色……。なるほど異国らしいですね」
二人とも袋に顔めっちゃ近づけて、思い思いの感想を述べてる。キャラメルに対する反応としては、キャラメル冥利に尽きると思われるくらい斬新だ。
同期の藤田なんか「ありがとー」つった瞬間、口に放り込んでるようなシロモノだぞ。
「甘いものは好き? なんならひとつ……」
「!」
「お待ちください、異国の戦士様。我々は報酬に見合うべき対価を提供していません」
袋を開けようとすると、ラフロイグが淡白な表情のまま制してきた。おう、君も俺のこと、戦士様って言うのね。
エーテルは何も言わない。お預け食らった犬みたいな表情から、『食べてみたい!』って内心がヒシヒシ伝わってくるものの、見解は彼と同じみたいだ。
するってーと、ここでは、人にモノを渡すとき、そんな厄介な決めごとを念頭に置かにゃならんのか。子供にお菓子渡すくらいイイじゃん。
……とは思ったけど、誘拐とか防ぐ意味では、意外と理に適ってるのかも。
まあ郷に入りてはなんとやら、俺もそれに従おう。
「じゃあカバンの預かり賃ってことでどう?」
「預かり……?」
「我々、お荷物の内容を改める程度には中を漁ってるのですが。それでも良いのですか?」
あ、ラフロイグくん、あっさり白状した。まいっか。
「無事に戻ってきたから。ほれ、どーぞ」
袋を開けて、小袋に一個一個包装されたキャラメルを渡す。思いがけない報酬に戸惑いながらも、二人ともお礼を言う。
そして、(上京組のような眼差しで)赤髪娘がキャラメルを眺めている傍ら、ラフロイグはぱくっと彼の取り分(小袋入り)を口に入れた。
あっ、と思ったがもう手遅れだ。表情の乏しい女顔に、何とも言えない哀愁が滲む。
「食感と味とジグザグの形状が、全霊を以て我々の捕食に抗ってますね。飲み込んだらノドにつかえそうです」
「ああそれ、小袋から出して食べるモノなんよ……」
「……」
口元を押さえて涙目になってるモフモフ少年を他所に、エーテルはピリピリ小袋を裂いて、茶色い直方体を恐る恐る口に入れている。
「(……?)→(!?) 甘い! 甘いよ! ふっっごくおいしいよこれ!(涙目)」
「……!(涙目)」
いよいよ彼の眉間にシワがよる。怒ってる……っていうよりは、むせ返しそうになってるのを、必死にこらえてるんじゃなかろうか。
「一回吐き出してきても良いよ……」
「あ、じゃあ私、水用意するね!」
「……(ウンウン頷く)」
洗ってきます! と言って二人とも部屋から出て行く。俺はキャラメルをカバンにしまっておく。
それにしても、涙目になるくらいキャラメルでテンション上がるなんて(一方は違う理由で泣いてたものの)、きっと道頓堀のランナーもフィーバーしてるよ。
てか二人とも普段何食ってんだろ。王様の関係者風なのに、キャラメルでこうも感動するとは……。謎だ。
一人になって、ようやく周りを見渡せる余裕ができる。前に来た赤絨毯の間。壇の上に立ってるのは変わらず。ただ、気づいてたけど、やっぱり全然人がいない。
得体の知れない不気味さの演出に一役買っていた、あのオッサンたちはどこにいったんだろう。
用事ありげだったのは王様の方だったハズだから、早めにそっち行った方が良いんじゃ……。
いやでも、御自らお出迎えにならないってことは、そこまで急ぎじゃないってことなのか?
———軽い足音。小走りで彼らが戻ってきた。
ラフロイグは真顔のまま、頬に朱を差すという器用な方法で感動を表現している。
「練った糖蜜を思わせる直に響く甘さと、濃厚なミルクの風味……。これが異国のアメですか」
「感動ありがとう。それはともかく、あの王様は大丈夫? 待たせたりしてない?」
二人とも互いの顔を見合わせる。見合わせて、キャラメルを口に含んだまま、ラフロイグが上手いこと喋る。
「そういえばそうでした。ご案内致します。どうぞ」