……飲み屋が教団本部になっていた
人はまず己の知識をもとに理解を試みる
「「おお……」」
「「神よ———」」
今日の「新世界」は一味違う。
レトロな雰囲気を残した、小さなガード下の飲み屋だったはずなのに、ヨーロッパあたりの古城よろしく全面・石造り。
コの字型のカウンターも丸イスも厨房も壁のメニューも一切合切取っ払って、あるのは正面の入り口(扉なし)から俺の方に伸びてくる赤絨毯のみという内装の潔さ。
壁の高いとこに点々と据え付けられたろうそく風の黄色い灯りが、ファンタジー調の演出に一役買っている。
うん、そう、総括すると、結婚式挙げるチャペルあるよな。罰当たりかもしれないけど、アレの天井を下げに下げて、必要な灯りと、最低限の赤絨毯だけは置いときましたっつう感じ。
こんなところでお二人の門出を祝おうものなら、新郎新婦もとより参列者も諸々の意味で涙を禁じ得まい。
で、周りと比べてちょっと高くなっている祭壇の中央に俺が立ってて、普段なら手酌でビール飲んでるスーツ着たおっちゃんのかわりに、やたら黒い司祭服? っていうの? あんな感じの服を着たオッサンが眼下にズラーッと整列していた。
ぱっと見10人いるかいないかくらい。そこそこ部屋のスペースが余ってる。
すっげえなー。だいぶ思い切った改装をしたもんだな。
でも俺、ちょっと思い切りが良過ぎたんじゃないかと思うんだ。いやだってコレ、どうやって酒とか料理とか提供するの?
テーブルも無いし、手元も暗くてよく見えないし、この高そうな赤絨毯に酒ぶちまけそうでメッチャこえーよ俺。
それにほら、変に教会風にして宗教色出しちゃったせいかさ、集まってくるお客さんもなんかご専門の方が揃っちゃてるよ。
それともあれは新しく雇った従業員なの? 「いらっしゃいませー」とか言うかわりにどよめいたり神の名を呟いたりするの?
いやー、現代は確かにスピリチュアルな何かに救いを求める風潮が流行ってるって言うけどさ、これはちょっと時代を先取り過ぎてるよー。飲み屋っていうか教団本部だよ。アハハー。
笑えねえ。
笑ってる場合じゃねえ。
まず間取り以前に空間がおかしい。店は客が7、8人も入ればいっぱいなのに、ここは10人くらい居ても部屋の五分ほどスペースが余ってる。
あとは音も振動もほとんどない。空気もなんか冷たくて重い。上を電車が通ってたらありえないくらいの静寂さだ。
極め付けにどの顔見ても一見さんしかいねえ。客はともかく、ちゃきちゃきと気のいいおばーちゃん(女将)の顔くらい、ローブ着てようが、フード被ってようが、形容し難いカカシみてえなポーズをキメてようがいたらすぐわかる。
ここはいったい何なんだ?
入った店の名前は確かに「新世界」だけど、俺は別にこんな新世界なんて求めてねえ。
俺はただ、仕事帰りに一杯ひっかけるつもりで飲み屋に入ったはずなんだ。
そうだ。その証拠に、立て付けの悪い引き戸をガラガラ開けた時のまま、俺の右手は宙に浮いてる。
足を踏み出した体勢でつっ立ってることを鑑みるに、俺は店に一歩踏み入れた瞬間こうなったらしい。
どうなってんだコレ。
誰か説明してくれ。
てゆうか帰りたい。帰って何事もなかったことにしたい。
とりあえず棒立ちして、漠然と眼下に広がるオッサン集団を見渡したのち、ふと目線を落とすと、俺の目の前にも人がうずくまっていた。
修道服っぽいナニカを着て、その上からフード付きの紫色のマント(無地)を羽織ってる。それにこの人はオッサンじゃない。
つま先を立てた正座で、指を組んで、
(>_<)
みたいな顔して祈りを捧げている17、8くらいの娘だ。フードからのぞく髪の毛と睫毛の色は、暗いからよくわからないけど、たぶん赤みがかってる。
強いて言えば赤味噌みたいな色だけど、なんにしても迷子。人種が迷子。
とりあえず君は祈るより先に、俺がこの後とるべき行動を教えて欲しい。俺はどうすればここを退出して都会の雑踏と喧騒に再びログインできるんですか。
そんな俺の心の声に応えるように、目の前の娘がおずおずと目を開き、俺の方を見上げた。
それからまんまるな金色の目を見開いて、どういうワケか必死だった表情がぱっと明るくなった。
え、え? 何? その期待の眼差しは何?
娘は両手を組んだままぐいっと立ち上がり、そのまま俺の方にぐいっと近づく。
そして、(俺の方が背が高いから、)ちょっと見上げながら、言った。
「お願いします勇者様!どうか、私たちをお救いください!」
—どさっ。
俺は思わず、手にしていたビジネスバッグを落としていた。