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異世界ですよ、山田さん!  作者: S?kouji
ド田舎王家は自給自足
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この素晴らしいあさげに食卓を!

あやかりたい

再び、俺が最初に来た赤髪娘の部屋に戻ってくる。自然光をふんだんに取り入れるデケエ窓(開放型)、石の壁、冷たく硬い床、それだけ。家具なんて微塵もない。

というわけで少年少女は床の真ん中あたりに直接座って、メシを乗せたトレーも直置きする。


俺もそれに倣って彼らと円を作ったけれど、クッションやらオフィスチェアやらに溢れた、モダンスタイルとは程遠い劣悪な環境に腰とケツが早くも悲鳴をあげそうになる。

なんでもいい。アマ○ンのダンボール箱でも、あるならひな壇で菱餅を載せてたりする台(三方のこと)とかでもいいから、卓と座布団が欲しい。


せめてメシくらいはマトモであってくれ。彼らも、そして土曜の朝からこんなことになってる俺も不憫すぎる。

そんなことを思いながら、小鉢のマメと迷ったのち、先住民と同じようにまず肉まん大の白い物体を手に取る。しばしツルツルの表面を観察し、心の中でおおよそ味の見当をつけてかじりつく。


ヤツは俺の歯が当たったとたん乾いた泥団子のようにボロっと分裂し、口の中に片割れが転がり込んできた。そして口の中の水分を猛烈な勢いで吸収しながら、噛むたびに味のしない細かな粉体へとほどけてゆく。口どけまるで砂。例えるほどもないくらい砂。


「……ごふっ」


俺はむせた。

え、待って、話が違う。これ飲み込めねえ。確かパンって言ってたよな。俺の知ってるパンはどこへ行った。一週間の潤いたる土日の、しかも記念すべき初の新世界ごはんがまるきり未知との遭遇とかマジどういうことなん。

おかしい。俺が期待していたファンタジー体験は、もっとこう派手で華やかで非日常的なもんで(この砂パンもそうそう日常生活ではお目にかからないとはいえ)……そう、もっと、プラスに振り切ってて欲しかった。


「……」


ラフロイグは無心にかじりついている。揺れる毛先が窓から差す光の中でキラキラしてる。一般人に比べて、彼の毛髪はかなり細い方なのかもしれない。

そんな彼はいつもと変わらないように見えて、その目は遠く、壁の高いところに焦点が合っていた。

作業だ。朝食(これ)は彼にとって、空腹を満たし生命活動のためのエネルギーを得るのに避けては通れない行為という、それだけの意味を持った作業でしかないのだ。

胸の奥底が塩辛い。そりゃキャラメルで感涙もするよ。

エーテルはどうだろう。流石の彼女も、この粉体パンにはあのジョイフルスマイルを保ってはいられないんじゃ。


「……」


しかし彼女は笑顔だった。口角を上げた笑顔を顔にはりつけたまま、乾いた瞳で手にした白い砂団子の向こうにある床を見つめている。

時々思い出したように、赤髪娘は小さな口を開いて粉体パンを砕き、もぐもぐと口を動かす。

そんな光景を眺めてるうちに、俺は現代人が忘れてしまっていたっぽい何か大切なことを悟り、手元の物体(パン)を消費する作業に戻った。腹は膨れるから、いいさ。それだけで幸せだよ……。


崩し、咀嚼し、むせ返し、飲み込む。諦念と、ある種の哲学が入り混じる静寂の中、俺はそれを繰り返す。


「ででっぽー」


パンの残りがようやく三分の一ほどとなったところで、小鳥のさえずりと咳払い(むせる音)だけの静穏をぶっ壊すスットンキョーな声が聞こえた。この妙に抑揚のない感じはラフロイグか。

顔を向けると、パンを片付けた彼は小鉢のマメをつまみ始めていた。白いパチンコ玉(雑魚豆とかいうやつ)を口に運びつつ、目は相変わらず焦点が合ってない。


「ででっぽー」

「……どうしたの」

「トリの真似です」

「……なぜ?」

「彼らはマメにひたむきですから……。同じ境地に立てば、このマメも至高の珍味に相成るというものです」


どうやら()(え)ている世界がちがうようだ。彼の世界はこの白団子の茫漠な味とは裏腹に塩辛い———。


「ででっぽー」


もう一人いた。




「「「ででっぽー」」」



俺がようやくパン(たぶん縄文人の食ってたパンの方がまだうまい)を食い終わった時、赤髪娘はまだマメにも行けず白い物体と格闘していた。

てか進んでない。半分くらい残して、あのはりついた笑顔のまま止まってる。


「ねえ、知ってる? ラフロイグ」


赤髪娘が口を開いて、静かに言葉を紡いでいく。

心なしか瞳が潤んでいるようにも……。


「涙って、しょっぱいんだよ……」


言い終わって、一筋、凍てついた表情の上を涙が伝っていった。


とは言いながら、流石のエーテルも己の涙を塩がわりに使う茶番(半分は本気だったかもしれないけど)には走らなかった。


この素晴らしいあさげは、味を度外視して極限まで腹がふくれることのみを追求した食事だった、と総括できる。どういう作り方をしたらそんな代物が出来上がるのか俺には皆目見当がつかない。

……うん、まあ。作品が誕生する過程は分からずとも、あの白衣を着たネーちゃんが料理人だってんなら納得はできる。格好といい、他を切り捨てて極限まで一つのパラメーターに突き抜けたメシといい、あのヒト学者とかその辺が本職なんじゃねえのか。気になるといえば気になる。


白衣のネーちゃん関連で気になることはもう一つあった。別れ際の、魔女がどうたらっていう意味深なセリフだ。

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