異世界はブラックのかおり
コーヒーの話っぽいタイトル
「身に余る光栄です。が、」
「ほう」
閣下の眼が上三割くらい隠れて、眼窩の底でキラリと光る。おかげで俺は喉がギュッと閉まる。
頑張れ! どれほど圧迫されようが、声を、言葉を、自分の考えをぶつけるんだ。
……圧迫、ではないような。うん。落ち着こう。
「そのような大役、仕事掛け持ちの外国人に任せてよろしいのでしょうか」
「ふむ……」
慎重に、言葉を選んで、一語ずつ。
「それに、今日来たばかりの私よりも、生来この国に住まうあなたたちの方が、よほどこの国に相応しい政策をとれるかと……」
「……」
言い終わって、鼓動が聞こえてくるような沈黙の中。
マッスルな宰相が声を潜めてクチビルの端を上げ、同じく閣下も目を閉じたまま薄笑いを浮かべる。
な、何が始まるんだ?
『ふふ』という笑いが、宰相の口から漏れ出た。俺が視線をそちらに移すと、彼は力強い微笑みで話しかけてきた。
「仰ることごもっとも。では」
お、おお? 納得はしてもらえた、のか。
「では」、何だろう。今度は何がくるんだ……。
「いかがでしょう。そちらに控えている、彼らのお守りをやっていただけませぬか」
「……はい?」
筋肉に満ち満ちた腕をのばし、左手で示す先には———部屋の入り口そばに立つ、少年少女。
ああ、それなら俺にもできそう……。
じゃなくてだな。
話が変わりすぎてついてけない。政治顧問からのお守り役とはこれいかに。
ううむ、接点がどこにあるんだ。
悩む俺を尻目に、宰相は伸ばした左腕を戻し、今度は自分の厚い胸板に当てた。
「責任者はわたくしシュタインベルガーが。お困りの際はなんなりとお申し付けください」
「報酬は王家直属の臣下として、相当分をご用意致しましょう。なにかご質問は?」
陛下が待遇について付け加える。どうやら彼らの中で、俺はすでに『お守り役』とやらを引き受ける設定になってるらしい。
あの、戦士や顧問の件はどう考えれば……。
俺が聞くと、陛下はまっすぐに俺を見据え、チキンハートを射貫く無敵の眼力ビームが直撃する。ぐわあ。
「あなたはしっかりと己の能力や立場を把握し、肩書きや周囲の状況に踊らされること無く、冷静な判断を下しました」
「はあ」
「その思考に加え、差別や偏見を持たぬ人財こそ我々が切望するもの。———まさに、あなたというわけです」
ほめられたような、話をはぐらかされたような。
ええとつまり、この連中はモノを頼むようにみせかけて、俺を試してたってことか。最初から『お守り役』とやらが本命だったってわけだ。
この状況だったら、99%くらいの人間は俺と同じ対応すると思うけど、もし俺が引き受けてたらどうするつもりだったんだろう。
さっきの評といい、この国王は俺に対する信頼が行き過ぎてる気がする。
あるいは俺をおだてて、ものすごく厄介な役回りを押し付けようとしているとか?
「ご都合のよろしい時で構いませんので。ぜひ、あなたに担っていただきたい」
「あ、その、非常勤でも良いんですか」
「ええ」
あ、『非常勤』、通じるんすね。妙な現実味でるな。
うーん。待遇は保障されてる。それでいて業務日数はフレックス。
都合はいい。実にいい。良すぎて怖いってのが正直なところだ。
パッと見の条件がいい職場ってのは、往々にしてブラックの場合が多い。
政治顧問より気楽そうな役目《ポスト》とはいえ、今日会ったばかりの、得体も知れない人間に任せるような仕事とは思えないしな。
なんとか、この百戦錬磨のオッサンたちから、真意というか裏の意図を引き出したいところだが。
「それで、その。お守りというのは?」
「そのままです。彼らを見守り、正しき方へ導いてください」
「はあ……」
案の定、模範解答が返ってくる。
示された業務内容が学級目標ばりに抽象的で具体性を欠くこと、彼らの狙いがよくわからんくてアヤシさ満点ってことを差し引けば、ちょっと引き受けるのをためらう案件だ。
プラスして少年少女も、今日会ったばかりのアヤシいあんちきしょうに面倒を見てもらいたいとは思うまい。
ほら、ラフロイグくんが顔色一つ変えずに、お手本のような仏頂面でこっち見てるよ。
……彼はもとからあんな表情だったっけか。
まあエーテルさんなんか、いくら彼女の中で俺に勇者様補正かけてても、
ちょっとは嫌そうな……、
顔を、
してない。めっちゃはらはらしながら俺のこと見てる。
ちょいちょい、その表情はどっちだ。俺みたいのに保護者面してからまれる事態への危惧か、それともここで俺が断ってしまうことに対する心配か。
可能性が高いのは前者、期待したいのは後者。さあどっち!




