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砂漠の蝶  作者: Akka
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交錯する思惑 2

その日の朝議から、上座の配置が変わった。

中央に皇帝の席があるのはいつものとおりだが、そこは空席が続いている。

そしてその横に皇后の席があり、さらに第二継承権者としてイルの席が設けられた。

緊急の措置とはいえ、皇統ひいては現皇帝を信奉する立場の人間にとっては、面白いはずがない。

それを見越してショウコはロイと直属の執務官そしてケンに対して、どんな些細な動きも見逃さないよう伝えてあった。

そしてイルには、絶対に一人にならないこと及び極力自分の側にいるよう指示した。

少なくともイルは、それを監視としか考えていないだろう。

しかしショウコの周囲はそれを保護だと認識している。

不満の矛先がどこに行くか、考えるまでもない。

イルは今、ショウコよりも暗殺されやすい立場に置かれていた。


どこか殺伐とした空気の中、朝議が始まる。

いつものように鮮やかな衣の裾を捌いて席に着き凛とした顔で資料を眺めるショウコの顔に、至る所から窺う視線が投げかけられた。







朝議の後、イルのことを信頼できる護衛官に預けて向かう先は後宮だ。

そろそろ工事が終わるらしく、一度状況を見に来てくれと頼まれている。

「ショウコ様。あまりお疲れの出ませんように…」

「無理ね」

気遣いがにじみ出る言葉に返すにはどこかやさぐれている。

物言いたげな、なんて可愛いものではない。

明らかにそいつは邪魔だとショウコに訴える視線に気が付かない振りを続けるのは案外消耗する。

「ねぇケン?私を消したほうが早いって思われたらどうしよう?」

「させません」

当然だと言わんばかりの態度に、張り詰めていた気持ちが弛緩する。

甘やかされると分かるのは、気分がいい。

「でも、抜き差しならなくなったら二人だけで逃げてね」

「……当然、アオを連れ出すことも考えはしますが。ショウコ様を置いては行きません」

考えはするという微妙な表現だ。

あまりにケンが真面目で相変わらずで、ちょっとした悪戯心が疼く。

「分からないわよ~?首を差し出せとか言われるかも知れないし。その代わりに貴方たちを逃がしてくれるなら、私は頷くわ」

「問題ありません。焼死体を提供します」

「は?」

「顔の判別がつかない程度に焼きます。移民で年恰好の似た女に心当たりがありますので」

あっさりと告げられたことの内容に唖然とした。

思わず振り返るとケンは涼しい顔で言う。

「貴人の警護の基本です」

「……ええ。あの…お世話にならないように頑張るわ」

畑が変われば常識も変わるものだ。

これ以上えげつない話が出てくるのを厭い、ショウコはケンをからかうのは暫くやめようと心に決めた。


幾何学的な模様を描く床に、優美な線を描く水路。

まだ水は流れていないが、元の美しい姿を取り戻しつつあることは分かる。

それだけではなく痛んでいた箇所は修復され、尖っていて危険だった場所はそこに住まう女性たちに相応しい丸みを帯びたものに変えられている。

屈んでその縁を撫でながら、ショウコは感嘆のため息を漏らした。

「何て素敵。流石はシンレット殿が太鼓判を押した職人集団だわ」

「お褒めに与り、恐縮です」

一点の妥協もなく作られた空間は見事の一言に尽きる。

控えめな受け答えをしたのは棟梁の息子らしく、代々続いた名工の家に相応しい品がある。

「やはり石の加工はリュミシャールが素晴らしい。これほどのものは、故国では見たことがありません」

「ありがとうございます。木材の加工に関しては我々は御国の後塵を拝してばかりですから」

「気候の違いから来る文化の違いでしょうね。技術者の派遣…なんて出来たら、いい影響与え合えるのでしょうけど」

「それは素晴らしい案です!是非、実現の折は私の名を思い出していただければ」

「それにしても石の強度は含有する成分によって異なるのでしょう?見分けることは可能なのですか?」

「まずは石を切り出した層で判断します。細かくは精査するための薬剤がありましてその反応ですね」

「石切り場から運ぶのも大変な作業でしょうね」

「馬や駱駝ではまず無理です。こればかりは人力を集めるしかないのが現状で」

「例えば、ですが。雨季の予測が的確に出来れば、その水脈を利用することも出来るのでは?」

「夢のような話です。運ぶ手間が軽減されれば、石材の家格はずっと安くなるはずですから」

「流通ね。今関所と関所を繋ぐ道の整備をするという話があって……」

「素晴らしい!石畳に関してはご協力させていただきますよ。人事ではありませんから」


「ショウコ様、お時間です」

途切れそうにない会話を断ち切って、わざとらしい咳払いの後にケンが棘のある声でそう告げる。

基本的に興味の範囲が広いショウコは、その手の専門家との会話が楽しくて仕方がない。時間の制約がなければ探究心が満足するまで質問攻めにするのだろう。

ショウコがいいならそれで良い。

ケンは本気でそう考えているし、比較的簡単に実行に移す。

しかしそれだけでは納まらないときもある。それが今だ。

「残念。楽しい時間をありがとう。仕上がりを楽しみにしています。

 ケンも、教えてくれてありがとう。行きましょうか」

踵を返したショウコに、後ろから声がかかる。

「皇后陛下。実は我々今回さるお方からご依頼を受けまして、本格的な木材の加工に取り組みました。後ほど評価をつけて頂きたいのですが」

「? 私でよければ。楽しみにしています」

改修に関する報告書を受け取ってショウコとケンは後宮を後にした。









執務室に戻ったショウコはいつになく上機嫌で、ロイはそれを微笑ましくイルはそれを胡散臭そうに迎えた。

「ご機嫌だね。何よりだ」

「ありがとう。後宮の改修が終わりそうなの。技術の粋を集めたって感じで、しかもそれなのに工賃格安なの!」

「……守銭奴」

「失礼ね。国の財源を浪費するなんて万死に値するわよ?」

極小さなイルの呟きを的確に捉え、さも当然というように反論する。

ドーブでは市井で買い物をしその暮らしに馴染んできたショウコにとって、どんなに額が大きくても金は数字羅列ではなく生活の道具だ。

締まるところは締めて当然。それが自分の金でないなら尚更だ。

「何はともあれ、貴賓区画の閉鎖を解けるのは嬉しいわ。あれのせいで何をするにも遠回りだったものね」

「ショウコちゃんも団体生活が終わってよかったね」

「……? えぇ。そうね」

皇帝の私室を無断借用中であることは言わないほうがいいのだろう。


「んじゃさ、後宮の改修終わったら、色ボケ皇帝陛下は戻ってくるわけ?そしたら俺解放?」

色ボケ皇帝。

事実を把握しかつレイヴスの人となりも知っている二人にとっては、あまりに実情とかけ離れた表現に思わず固まってしまった。

この場にシンレットがいなくて良かった。

いたら間違いなくイルは命がない。武術はからっきしだがシンレットは持てるすべての力を使って、たった今の不敬な発言をあの世で詫びさせるだろう。

普段なら容易く取り繕えることなのに、ショウコとロイは自分を立て直すのに必死になってしまった。

しかしイルはその間を都合よく解釈したようで、ぐったりと椅子の背に身体を預けてため息をつく。

「何だよ~。戻ってこないのか。っていうかさ、あんたは参加しなくていいわけ?子作り」

皇后でしょ?と続けられた言葉に戸惑いと僅かな怒りを覚えた。

何も知らないくせに、表面だけを見て好き勝手なことを。

一瞬浮かんだ自分勝手な考えを打ち消す。

上手く笑えている自信はないが、せめて惨めに見えなければいい。

「そんなことを考える余裕があるなら、さっさとこれ読んで署名してくれるかしら?」

「それ、答えになってない」

「答える必要あるかしら?」

「いや、気になるじゃん。あんたがあの女集団の中でちゃんとやれてんのかなーとか。いじめられてるんじゃないの?」

「いじめって……ショウコちゃんがそんなものに付き合うとでも?」

いじめという子どもじみた言葉に笑うロイに、イルは眉根を寄せて反論した。

「そうやって笑うけどさー、知らないだろ?どんな場所か。結構しんどいと思うけど?」

「そういえば、貴方は侵入した前科があったわね」

「いや違う。アレは皇帝から許可貰ったんだって」

小手先の言い争いをするロイとイルを放置してショウコは窓の外に視線を向けた。

ロイが本気になったらイルは一捻りされるだろうが、何だかんだと楽しんでいるようなので問題ないだろう。


何気ない言葉だったのに、動揺してしまった。

ショウコ自身、想像さえしていなかった。

後宮の問題は人員削減程度では解決しないほど根が深い。しかもそれを詳らかにすることは非常に難しい。

何が気に食わないという理屈ではなく、ただ好悪をぶつけられる空間は居心地が悪い。

大きな害はないので粛々と受け流しているが小さな嫌がらせは頻発している。

受け流せる程度であるから余計に始末が悪い。例えば思わせぶりな陰口や部屋の前に小鳥の死骸があったり、夜中に部屋の扉を思い切り叩かれたり。

勿論ショウコ付きの女官たちはアオを筆頭によくやってくれている。多くはそこで取り除かれショウコの目に触れるのはごく一部なのだろう。

一つ一つに反応していたらこちらの品格にかかわるような、そんな程度の嫌がらせでは動きようがない。

だからそのままずるずると放置するしかなく、しかも周囲は解決済みの問題として扱うので余計に進退窮まっていた。

そんな状況で正面から気遣いを向けられて、ほだされなかったと言えばそれは嘘だ。

どうしよう。

余計なことは考えたくないのに。

ふと窓に視線を投げて、口元を抑えるように手を当てる。

映った顔は少しだけ笑っていて、手で感じ取った唇の形も同じだった。










穏やかな午後の一時。

後宮が閉鎖されて狭い部屋に押し込められて、一時はどうなることかと思ったがそれほど酷い環境でもない。

少なくとも変化のある毎日だし、思っても見なかった人間と親しくなったりもする。

加えて目障りだった皇后の顔を見なくても済む。

いろいろと優秀なことは認めるが、慣例や習慣を無視したやり方は気に食わないし、それを許容する皇帝陛下や大臣たちもどうなのだろう。

「皇妃様、お茶ですわ」

「今日は珍しい果物が献上されました。見た目には難ですが、皮を剥くと鮮やかな色をしているそうです」

「あら、本当?」

女は差し出された南国の果物に目を細めた。

大丈夫。

いくら敵国出身の皇后がいても、私は尊重されている。

一時的にこの部屋に移ったときも、周りに比べれば広い部屋だし、献上品も増えた。

あとは皇帝陛下のご寵愛があれば文句は無いけれど、綺麗な服や豪華な宝石があれば十分幸せ。着飾って美しくしていればいつか皇帝陛下の目も向くだろう。

「じゃあお前。剥いて頂戴」

南国の果物は肌にいいという。

部屋の隅に立ち尽くす少女にそう命じる。

お気に入りの女官にはそんな作業はさせない。彼女たちの手は私を飾るためにあるのであって、こんな棘のついた果物なんて剥かせない。

「……」

しかし少女は立ち尽くしたままだ。愚図でのろま。それでも従順なことがとりえだったのに、何だと言うのか。

「聞こえないのっ?さっさとなさい!手打ちにするわよ!?」

こういう手合いは甘い顔をしたら付け上がる。

女官たちも同調するように少女を責めるように睨み付けた。

大丈夫。私は正しい。

「……」

のろのろと少女は戸棚から小刀を取り出すと、華奢な刃物を鞘から抜いて布巾で清める。

そして机の横に膝をついて、果物に手を伸ばした。

少女の手には大きすぎる果物。それを見て髪に半分隠れた少女の顔が僅かに曇る。

何よその顔。

そう思った瞬間には体が動いていた。

「……っ」

蹴り上げた脚は少女の頬に当たり、そのまま小さな身体は体勢を崩して床に倒れこんだ。

手から落ちる果物は鈍い音を立てて転がり、持ち手を誤った刃物は少女の片手を傷つける。

「生意気ね。私から何か言われたら従いなさい!お前の代わりなんて、いくらでもいるのよ!」

のろのろと少女は起き上がるが、そのとき手から零れた落ちた血が絨毯に赤い染みを作る。

「本当に愚図ね!その絨毯一枚でお前の給金一生分でも足りないわ!」

「……」

謝罪さえろくに出来ないなんて最低だ。

仕草で下がらせるが、それにも気付かないのか立ち尽くしている。

「……何」

「……」

「気味が悪いわ!外に出して!」

周りの女官が立ち上がる。

その取り押さえられる直前、少女は身を翻した。

「っ!」

状況を認識する前に、背中に感じる堅さと頬に走る鋭い痛み。

「……――、だろう」

自分に馬乗りになった少女が小刀を構えたまま低く呟く。

怖い。

これは誰だ。

あの少女が私に歯向かえるはずがない。

「お前の代わりだって、いくらだっているだろう!」

周囲の悲鳴が遠い。

振り下ろされる小刀をただ呆然と見上げた。

女だけの集団は、男性が思うよりも複雑だと思います。小さい頃から人中で揉まれていれば対応も簡単ですが、ショウコには求めるべくもなく。

そんなときに何気ない一言は結構ぐっと来るはず?



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