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砂漠の蝶  作者: Akka
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大望と野心

「私は確か七日間の旅をして、一日の休息を取って、そして今日執務に復帰したはずなんだけど……」

額に手を当ててショウコは唸った。状況の変化に頭がついていかずに情報が錯綜している。

「間違いないよ。ショウコちゃん」

「そうよね。なら、この状況は何?」

ずらりと並んだ補佐官と護衛官にショウコは乾いた笑いを漏らした。

先程ロイから受けた説明によれば、貴族の子息たちからは派閥の偏りなく偏見の少ない者たちを、一般試験で官吏になった者たちからは師事した教授の推薦が確かな者を集めてきたらしい。護衛官に関しては連携が要となるため、事前にケンが用意していたリストから所属部隊に掛け合って品行方正でかつ部隊長の推薦付きの者同士を手合わせさせて実力を確かめた上で集めてきたらしい。当然、派閥もきちんと考慮されていた。

執務補佐官も護衛官も基本的に年齢層は若い。その点だけが奇妙といえば奇妙だった。

その上雑然としていた執務室は居心地よくかつ使い勝手よく整えられ、どちらかと言えば整理整頓を苦手とするショウコは使うのが怖くなるほどだ。

「うん……。無益な人間っていうのは正直堪えたからね」

当てこすりをされたケンは涼しい顔でいるので、ショウコは会話の中でケンにむけて込められた隠された皮肉には気が付かなかった。

「無益?」

「そう。無益な人間ってどう?」

突然の質問に思いつくまま答えた。

「個人的には、有害な人間よりも嫌」

「うん。だから地ならし頑張っちゃった」

邪気のなさそうな顔で言うロイにショウコはがっくりと肩を落とした。

「地ならしの域、超えてるわ」

戻ったら早急に手をつけなければいけないと考えていたことが綺麗に終わっていたというのは、部下の有能さを誇ればいいのか、予定管理の杜撰な己を嘆けばいいのか微妙なところだ。

「これからは閣議の前の根回しとかが随分楽になるはずだよ。それぞれ優秀さは僕が保障する」

「それはありがたのだけれど……」

ショウコは目の前に並ぶ顔を見渡した。

「貴方たちはそれでいいの?私の下で働くことに不満はないの?私は自分の立場の危うさを理解しているから、拒否に対して一切咎める心算はないわ。

 ただし、一旦私の元で働くと決めたなら、その後は意思確認なんてしない。

 だから嫌なら今そう言って」

部屋に緊張が走ったのは一瞬で、最前列の端に立っていた青年の苦笑ですぐにくだけた空気に変わった。

「筆頭補佐官に脅されてここに居る者は誰一人いません。皆、陛下の下で働けることを光栄に思っています」

そう言った青年は比較的年嵩なのだろう。少なくともショウコよりは年上で、ロイと同じくらいだろうか。

「……利点はないわよ?」

「ご冗談を。今や陛下の執務補佐官という地位は皇帝陛下の執務補佐官に並ぶ人気だとご存知ないのですか?」

そこまで言い切られてしまっては、否定するもの申し訳ないし失礼だと判断して、ショウコは全体を見渡すと隙の無い微笑を浮かべた。

「これからよろしくお願いします」

執務補佐官たちは頭を垂れて、護衛官たちは敬礼でもってそれに応えた。

新しくショウコの体格に合わせて作り直された机をそっと撫でる。

一見質素だが、美しい木目と輝きを押さえた金の控えめな装飾が気に入っている。端に揃えられた支障の束を手に取ると、それ自身の重みと責任で背筋が伸びた。

「では、始めましょうか」

とん、と紙の端を揃える。ケンが引く椅子に腰掛けて、流れるように所信を述べた。








「ロイはなかなかいい仕事をしていただろう」

珍しく共に摂ることとなった昼食の席で、レイヴスはどこか嬉しそうに言った。

「お友達自慢ですか?」

「そうだ」

「……言い切りましたね」

午前中を思い返してみれば、確かな人選だったといえる。まだこなれていない分些細な回り道はあるが、皆他人に与えられた指示を見聞きして自分の仕事を選別する。ロイが優秀さを保障するといったのもうべなるかなといったところだ。

「文句なしに優秀です。ですが……癖も多い」

「選んだ人間と使う人間に癖があるのだから、致し方あるまい」

否定し得ないところが悲しい。

「あれだけではない。色々と暗躍していたぞ?中々面白い見世物だった」

「暗躍!?」

その物騒な単語がどうして飛び出してきたのか検討もつかない。確かに執務補佐官たちはロイに脅されたわけではないと言っていたはずだが。

「ロイは如何せん中央との繋がりが少なかったからな。それを補うためには綺麗とは言い切れない手段も使ったようだが、違法ではないから表立った文句は出なかった」

法に触れるか触れないかの手段が一番性質が悪い。

ロイが猫のような笑顔の下で一体何をしたのか、気になるようで気にしたくないとショウコは思った。

「……って、どうして陛下がご存知なんですか」

周知の暗躍なんて成立しない。その当然の疑問をレイヴスはあっさりと解決して見せた。

「陳情があった」

「は?」

「ロイから被害を受けたと陳情があった」

なんとも情けない話にショウコは口をつぐんだ。

どこの家にも地元に行けば中央に報告していない利益や隠蔽があるのだろう。ロイが数ヶ月前まで国内外をふらふらしていた間にそんな面白い話を素通りしてくるはずが無い。それで脅して、加えて新しい儲け話までちらつかせたかもしれない。

そこまでは容易に想像できるが、実際に限られた時間の中で渡りをつけて交渉に臨むのは一苦労だっただろう。なんでもないような顔をしてそれをやってのけるから、余計に空恐ろしいなと思う。

「どうして急にロイが無気力状態から脱したのか……。陛下、何かしましたか?」

純粋な疑問にレイヴスは海よりも深いため息を付いた。

「古今東西、馬には人参と決まっている」

「馬?人参?」

「そう。人参にも褒美が必要だな。欲しいものはあるか?」

「私?」

ショウコの疑問を一切意に介さず、レイヴスは思いついたようにショウコの胸元にかかった紅玉ルビィの指輪を手に取った。長めの鎖に掛けられているとはいえ、引き寄せられれば身体も合わせて前傾せざるを得なくなり僅かに身じろぎする。

「宝飾品は好まないのか?」

ショウコが普段から付けている宝石はレイヴスから受け取ったこの紅玉だけだ。確かに皇后としては少ないだろう。

「これでも身につけるようになったのですが……」

長い髪をまとめる場合に髪飾りを使うときもあるが、基本的には一つ付けているだけで十分だと思う。故国やドーブでは滅多なことが無い限り宝石は身につけなかった。それにどうしても宝石のきらめきと着物の織の鮮やかさが競合してしまう。それを着こなす自信がないから、下品になるよりはいっそ付けない方がいいと思っていた。立后に際して贈られた品々の多くは棚の中で眠ったままだ。

「何より似合わないんです。私の肌に金は映えないですから」

レイヴスや後宮の女性たちを見ていると、金は褐色の肌にこそ映えると思う。一点ものならどうにかなるが、この国の特産品である赤みの強い金は象牙の肌に黒い髪にはどうしても白々しいのではないのだろうか。

ショウコの言葉にレイヴスは暫し考え込むと、さらりと髪を一房捉えて撫でながら言った。

「確かに…豪奢な飾りよりは華奢で造りに粋を凝らしたもの……金よりは白金がよく似合う。中心には金剛石ダイヤモンドか真珠でもあしらうか。お前なら淡い色の石でも付けられるだろうが……」

「要りませんよ!?」

真剣みを帯びていたので思わず声が大きくなる。皇帝の財産が莫大とはいえ、無駄遣いは認められない。

「女は大抵、貴金属が好きだと思っていたが……」

疲れたようにため息をつかれてもどうしようもない。棚で眠る宝石も現金に換えてしまいたいくらいだ。

「それは似合う方限定です。分不相応なものを頂いても、宝の持ち腐れ。宝石も職人も悲しみましょう」

「お前が分不相応ならそれ以上の女がこの国にはいないが?国を馬鹿にする気か?」

「それは話のすり替えです!」

「まあいい。楽しみにしていろ」

「ちょっと待って……」

「以上だ」

「……。」

不満たっぷりの視線を送るが、レイヴスはそんなものを意に介さない。


早々に諦めをつけると、ショウコはここ数日考えていたことを口にした。

「皇室財産には余剰が出ていますよね?」

「あれは皇帝・皇后の財産とは別で、動かすには閣議決定が必要だが?」

「別に、個人的に何かが欲しいわけではありません。余剰分で旧王都の整備をしてはどうかと思いまして」

皇室財産は多くの場合霊廟の建設や王城の整備などに使われてきた。その用途が皇帝を象徴するものが多いために減らされること無くきたが、比較的新しい王城と巨大霊廟の建設が無くなってからは大部分を繰り越しているのが実情だ。

だがレイヴスは旧王都と聞いて顔をしかめた。

「今あそこに残っているのは、旧王都時代の懐古主義者だけだ。それだけならまだしも、その連中は現王都は認められないと破壊活動までしているという情報もある。国の財産を壊す連中に国の財産を使って快適な生活を提供してやれと?」

「それはそうですが……」

旧王都がそういった活動の拠点になっていることはショウコも聞いていた。

「余程の理屈をつけないと閣議承認は難しい。一体何を考えている?」

「実際に見てみると石畳が破壊されていたり警備の人間が皆無だったり、あまりに惨い姿です。歴史は取り戻せないからこそ保存しなければなりません。後生に残してこそ教訓も活きるのです。ここまでは表向きの理由です」

「裏の事情は?」

「もっと単純に、利益の話です。公道整備事業として、王都から旧王都までを繋いだ場合の予想通行人数がこれです」

袂から隠し持っていた資料を差し出した。食事の場にはあんまりかとも思うが、そうでない時間にレイヴスを捕まえるのはとても難しい。降って湧いた好機は活用しろとせっつかれた。

眺めるレイヴスの顔を窺いながら、若干早口にショウコは説明を重ねた。

「今の王都は防衛目的で選定された地で、周囲に娯楽が少ない。それに引き換え旧王都は歴史があり周囲に明峰もあり加えて海まで近い。観光にはうってつけです。二枚目には旧王都を観光資源として捉えた場合の予想人数も書いてあります。諸々計算してみると、関所通行料や産業の振興、旧王城拝観料で長期的にはかなりの利益が見込めます」

民が富めば国が富む。平時ならばこんなに分かりやすい話はない。

ついでに旧王都の人々の「見捨てられた」被害感情も緩和でき、破壊活動に対する支援も減るだろうと説明した。防衛のことを考えても、もし王都が堕ちた場合にすぐに首都機能を移管できたほうがいい。

「危険分散の観点から言えば、拠点が複数あることは望ましい。だが、それをわざわざ問題の多い旧王都にする利点は何だ?加えて旧王都を懐柔することによって危険分子が逆上する可能性もある。その点については考慮したのか?」

午前中に組み立てた理屈の穴をどんどん突かれる。

こうなると頭の中で理屈を組み立てて満足してきたショウコよりも、実際の議論で意見を戦わせてきたレイヴスのほうがはるかに有利だ。話しながら考えるということが自然に出来るのだろう。

押し黙ったショウコにレイヴスがため息をつく。

今回は無理かな、と内心で午前中に激務に当たらせた補佐官たちに詫びた。

「……試算の精度はどのくらいだ」

「六割五分……いえ、七割は固いかと」

「八割まで上げろ」

次の仕事の指示。それはつまり――――。

「いいんですか?」

「決めるのか閣議で、だ」

「ありがとうございます!早速作業に当たります。明日中には正確な試算結果をお持ちいたします」

食後の甘みの強いお茶を飲み干し、挨拶もそこそこに部屋を辞そうとしたショウコを呼び止める。

しかし振り返ったショウコはレイヴスが口を開くよりも早く、問おうとした答えを言った。

「ゆくゆくは、小規模な街と街も舗装道路で繋ぎたい、と言っていました。その費用を回収できたら関所もなくしたい、と。

 各地をふらふら歩いていたのは伊達じゃない……私たちにはない発想ですよね?私もここまでは想定していませんでした」

やはり話には続きがあった。しかし広大な国土をすべて繋ぐという壮大な目標は暫くは伏せておくのだろう。今回はそのための布石として、公道整備に財源を引っ張ろうという考えだ。

「ロイらしいやり口だ」

その使い方を知らなかっただけで、昔から文句なしに優秀だった。一つのことに集中させれば、シンレットやレイヴスも敵わない。

うかうかしていると出し抜かれるなと剣呑な考えが浮かぶ。

「手綱は握っておけよ」

その声はからかいの調子ではなく、真剣みを帯びていた。

「……はい」



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