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砂漠の蝶  作者: Akka
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王都に舞う

 堅牢な王宮の表との調和が取れているにもかかわらず、この建物がどこか女性的であるのは、やはりその目的ゆえだろうか。政治のための空間を抜け、国賓のための居室が設けられた一角を抜け、さらに皇帝の私的な一角を抜けた先にある後宮。

ただ一人のためにこの場所では数多の花が咲き、そして多くは実を結ぶこともなく枯れていく。

国家予算の多くをつぎ込み、女たちを着飾らせて寵を競わせる。そこには多くの陰謀や思惑が交錯するが、究極の目的は世継ぎを設けることただ一つ。ただそのためだけに、末端の者まで含めれば1000を越す女たちがここで暮らしている。

 

 



その異質な空間に立ち向かうべく、ショウコは一歩を踏み出す。

国の政治に関わる以前に、ショウコはこの後宮を治めなければならない。顔の見える相手も御せないのならば、不特定多数を治めることなどできはしない。

 

だからこれは、前哨戦。


軽く息を吸い込み、顔を上げる。

そして重々しい音を立てて、近衛兵士が両脇を守る扉が開いた。


風に艶やかな香が舞う。





 


「本当に任せてよかったの?」

「何が」

「皇妃様に後宮を任せて。君が一言言えばそれで済んだ話だったのに、わざわざ揉め事を大きくする必要性なんてないはずだ」

王宮の廊下に二人の靴音が響く。両端により道をあける人々に目もくれず、二人は執務室へと急ぐ。


事の起こりは昨日の昼。

ドーブの離宮に王宮から緊急の要件を知らせる鷹がよこされた。その脚に括り付けられた文書を見て、予定の変更を余儀なくされ急ぎ王都に戻ってくることになった。

その内容を要約すれば、『第三皇妃以下その親族等が、異国の姫の立后を認めずに騒いでいる』というものだった。

レイヴスにしてみれば不愉快かつ不可解極まりない騒動でしかない。皇后の選定は順序に則ったものであるし、そもそも皇帝が行うものである以上第三皇妃であろうが貴族であろうが、容喙するべき問題ではない。

当然今の後宮はショウコにとって居心地のよいものではない。四面楚歌ともいえる場所に放り込んだレイヴスの行動が分からなかった。

このような状況では立后をドーブの街の者に知らせることも出来なかった。

予定されていた謁見なども全て取りやめ、勿論街の者への挨拶もなしで皇妃は10年間暮らした街を後にした。一言の不満を漏らすこともなく、ただ分かりましたと言った顔は無理をしているようには見えなかった。


皇帝の執務室にたどり着くと、レイヴスは憎々しげに書類を机の上に叩きつけた。ショウコの立后に反対する貴族たちからの建白書である。

「馬鹿の相手ほど面倒なものはないな」

生産性がない、とレイヴスはつぶやいた。

「独裁者だね、皇帝陛下。皆サン必死なんでしょ」

揶揄するようなシンレットの声音が、同意見であることを告げている。

「知ったことか。こいつらは自分の血統がオースキュリテ皇室に勝るとでも思っているのか?あるいはオースキュリテとの和平などどうでもいいと?」

苛々とつぶやく様子は、本気でこの問題に嫌気が差しているようだ。

「僕に聞いても仕方ないでしょ。その建白書にその答えが書いてあるんじゃないの?」

どうにかなだめようとしたがその試みも虚しく、書類の束が投げつけられた。

「……。捨てるの?」

「要約しろ」

「はぁ?!」

「要約しろ。いちいち読んでいられるか。一つ聞けば十分だ」

どうせ結論は変わらないとぼやくレイヴスに、シンレットはひそかにため息をついた。

確かに今回の騒動は、一部の利己的過ぎる貴族が起こしたもので、煩わされることは本意ではない。

むしろ今までショウコの扱いが低いことを心配していた者たちは、これでオースキュリテとの関係も良くなると安心しているほどだ。

現状、今の世界にとってこの二国間の和平ほど重要なものはない。リュミシャールとオースキュリテが全面戦争でもすることになれば、互いの国土が焦土化することは間違いない。失うものは計り知れず、仮に戦に勝ったとしても得るものなど殆どないだろう。

だからその和平の証として送られてきたショウコがこの国の重要な地位に就くことは、こちらの好意を示す絶好の機会であり歓迎すべきものである。交渉の材料としてもこれ以上はない。


しかしそれは、国益や長期的な展望を持つ者の考えである。

目先の利益しか考えられない者、国政に参与しているにも関わらず極めて利己的な者はそうは考えない。


後宮に暮らす者にとって『皇后』という地位はたまらなく魅力的だ。例え皇帝の寵愛がなかろうとも、先の皇后がそうだったように様々な特権を享受することが出来る。

また、皇后の親族ともなれば箔が付くし、政治での発言力も増す。また自分の息がかかった者が首尾よく皇后になれば、皇帝に対しても何らかの影響を与えることが可能かもしれない。


しかし、だからと言って。

「要約しろ、はひどいんじゃない?これは一読すべきだと思うよ」 

依然として苛々とした様子も隠さず、コツコツと机を指で叩き続けるレイヴスに、シンレットはポツリとつぶやいた。

「……。そんなに気になるのなら、様子を見に行けばいいのに」

「治めることが出来ると思うか?」

シンレットの提言を華麗に無視して、レイヴスは問いかけた。

「人間としての器はオースキュリテのお姫様に分があるんじゃないかな。でも相手は土地の利を持ってるからね」

日々自身を着飾ることに執念し甘やかされて育った人間に、正論で二国間の和平や国益を説くことは無意味だ。その重要性を理解していないのだから。その身に纏う絹がオースキュリテからの品であることさえ知らないだろう。

おそらくこれからショウコが相対する人間は、彼女とは対極にいる。

「でも、後宮くらいは治めてもらわないとね」

「…分かっている」

後宮も治められない人間に、政治をさせるわけにはいかない。

「出来ると思ったから、政治に参与させようと思ったんでしょ。君にしては随分思い切った判断だけどね」


これまでにも先例があるとはいえ、ショウコを政治に関わらせるために周囲を説得するのは骨が折れる作業だろうと予測していた。先例は特例でもあった。

それから言えば今回の騒動は渡りに舟とも言える。流石に現段階で反対する貴族たちの説得に当たらせるわけにはいかないが、せめて後宮だけでも見事に治めれば中立を保つ者たちがショウコを見る目が変わるだろう。


「嫌な言い方だけど、信じるしかないね。これからお姫様はオースキュリテと何かあれば矢面に立たされることになる。そうでなくとも一部からの風当たりはずっと強いだろうし」

僅かに眉間にしわを寄せるレイヴスに、シンレットは建白書の束を投げ返した。

「つまりはね。ひとつ、第二皇妃殿下が異国の生まれであること。一、我が国の文化に造詣がないこと。一、依然かの国とは恒久的な平和を築くに至っていないこと。一、かの国の皇帝は代替わりしており、第二皇妃はもはや皇帝の娘ではなく皇妹こうまいであること。一、それゆえ第二皇妃の政治的重要性は下がっていること。こんな感じだね」

「予想通りだな、何のひねりもない」

書類を捨てようとして、レイヴスはふと思いとどまった。

「?」

「これを姫に届けておけ」

「……。そんな、わざわざ神経逆撫でするようなこと…」

「どんな反応を示すやら。楽しみだ」

人の悪い笑みを浮かべるレイヴスに、シンレットはため息をついた。


「ねぇ、レイ。君はお姫様を使って何を企んでいる?」

 


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