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砂漠の蝶  作者: Akka
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望むもの

寝室に続く扉の奥から現れた男に、僅かに目を眇めた。

昨日の今日である以上、相手も自分を快く思っているはずはない。主のために皇帝にさえ歯向かうその忠誠心は買いたいが、その行動が忠誠心だけから行われているものではないことも明白だ。

その上で、寝室に二人でいたという事実をどのように解釈するべきか。

勿論それがすなわち、先程まで二人が不貞行為をしていたと示すものではないことは分かっている。しかし皇妃の部屋に男が出入りしていると言う事実は、誤解を生みやすいことは間違いない。

誤解ならばいい。しかし真実であれば面倒なことだ。


「姫、その者を下がらせてもらおうか」

「は?」

男の顔が凍りつくが、そんなことに構うつもりはない。

「その者は姫の武官であろう。私に従う者ではない」

戸惑いながらも示された退室を促すショウコの仕草に、扉の外で控えますと言い残して出て行った。

さぞや不満だろうが、あの男は主の言うことを基本的に全て肯定する。そうである以上間接的な支配が可能であり、危機感を覚える必要はなさそうだ。

本当に面倒なのは、先程の侍女といい今の武官といい、人に全面的な信頼を寄せられているこの姫かもしれない。

「あの、陛下?」

若干の戸惑いを含んだ声がかけられた。







「あの、陛下?」

声をかけながらも、先の台詞は用意していない。ただ、何かを言わなければと思っただけだ。もっと言うなら、相手が何か口にすることを期待した。わざわざ部屋を訪ねてくるほどの用事があったのではないのか。

しかしそれに対する返答は、全く予想外のものだった。

「感心しないな」

「は?」

僅かに、けれど明白に色の異なる二色の瞳が向けられる。

「誤解を招くような行動は謹んでもらおうか」

「……、それはっ」

一瞬何のことを言っているのか、理解できなかった。

そして、理解した瞬間自分を呪う。昨晩あれほどの失態を演じておいて、誤解を招きかねない行動をしたのは間違いなく自分の落ち度だ。

「昨晩も言ったが、それ自体を咎めるつもりはない。しかしせめて立后の儀までは控えてもらおう」

釈明もできない。今の自分の言葉には、欠片ほどの説得力もないだろう。

どうしてこの人を前にすると、いろいろなことが上手くいかないのだろう。国を背負ってここに来たのに、何一つ祖国のためになっていない。

「申し訳……、あり」

「謝るな」

 さえぎるように重ねられた言葉は、予想外のものだった。

 思わず下がりかけた視線を戻すと、思いのほか真剣な瞳にぶつかった。

「容易に謝罪を口にするな、オースキュリテの姫。解決策として己の非を認めることが許されるのは責任のない者たちだけだ。相手の理解が謝っているならばそれを正せばいい」

淡々と紡がれる、しかし確かな力を持った言葉に圧倒される。

「…陛、下?」

「一国の姫であり、この国の皇后となる者に許される行いではない。私たちは個人として生きているわけではない。それはお分かりか?」

言葉が重いのは、それが実を伴っているから。この世に生を受けた瞬間から、この人が大きすぎるものを背負い続けてきた証明なのだろう。

自分のような後付の責任感ではなく、呼吸をするように当然のこととして受け入れてきたのだと分かる。

「鋭意、理解に努めます」

この返答に、皇帝の口の端が面白そうに、しかし満足げに上がる。

「それでいい。全てを受け入れる必要はない。自分が納得できないものは取り入れる必要はないが、熟慮は忘れるな」

 






開け放たれた窓から風が舞い込む。 

開かれたままになっていた本の間から、細々と書き込みがされた紙が舞い上がり床に落ちた。

皇帝はその一枚をゆっくりと拾い上げた。

「私は、リュミシャールとオースキュリテの間の平和が続くことを願っている。今のところ二国が争う益はない。

 勿論そのための努力は惜しまないし、使える駒は全て使う」

一体急に何を、そう思った瞬間にまっすぐな視線が向けられた。


「姫と弟は、最上級の駒だ」


そんなこと。

そんなことは。

「言われるまでもなく、理解しております!ですから私はここにいる」

いつの間にか距離が詰められ、頤が捉えられた。

息がかかるほど近い距離でにらみ合う。

「それだけか?」

「は?」

「ここにいるだけで、何かを為したつもりか?」

容赦ない言葉がかけられる。

「知識を溜め込むだけで満足か?頭の中で批判して自分ならもっと上手く出来ると、そう他者を嘲笑うための努力ならば辞めてしまえ。

 ここにいるだけで何かが出来ると思うような人間に、出来ることなど一つもない」

「そのようなことは分かっています。私にも理想はある、そのために立后も受け入れたのです」

「分かっている、か。分かっているだけではどうにもならん。

 皇后となって何をなす?理想があるのならば行動しろ。これからその力を得るのだからな」

「陛下のおっしゃることの意味が、わかりません」


呆然とつぶやく。

だってまさか、これでは。

そのままの意味で解釈すれば。

「政治をさせてやる」

頤にかけられた手が外されたことにも気付かず、呆然と見上げた。

「無論、無益と知れれば切り捨てる。せいぜい足掻け」

「……どうして、ですか]

出会ってから10年、しかし他人以上に薄い関係性を築いてきたと言うのに、その上昨晩はこの先が不安になるほどの事態に陥ったというのに。

薄い笑みを浮かべた顔に、重ねて問う。

「女が政治に関わるなど、聞いたことがございません。いえ、それ以上に……」

「私の真意が読めない、か?」

言いよどんだ言葉の先を的確に言い当てられ、居心地の悪さを感じずにはいられない。しかも相手がそれを面白がっているのだから、尚更だ。

「女人の政治参加については、これまでにも例がある。詳しくは自分で調べるんだな。

 もう一つ。私の真意だが、姫を優遇すればわが弟のあなたの国での立場が良くなること、最近移民が増えているのはご存知だろうが、彼らの不満を抑えるためだ。」

「私がお聞きしたいのは、そのような表面的な理由ではありません。そんなことは他にいくらでも手の打ちようがありましょう」

「私がそこまで手の内を明かすとでも?」

「思いません。

 ですが、私の納得できる理由を提示して頂かなくては、お引き受けすることは出来ません」

ショウコの言葉に、それまで愉快そうに浮かんでいた笑みが消えた。

「いっそ命令だとでも言えばよかったか?他人の心理を推測して、何か結果が変わるのか?」


面倒だとでも言うように、ため息とともに吐き出された言葉は、ほんの少しの真実を含んでいたのか。

「姫は非常に興味深い」








終わらない役を演じる者は、果たして己が役者であると気付くのか。

終わらない役を演じる者は、果たして役者と言えるのか。

  

個人の思いを飲み込んで、次の舞台の幕が開く。

 


 



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