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砂漠の蝶  作者: Akka
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思い起こせば

 東屋に戻ると、二人はすっかりくつろいだ様子で話に興じていた。

「戻ったか。お前も座れ。今ロイから地方の様子を聞いていたところだ。なかなかに興味深い」

「それは僕も興味あるな。どこぞの風来坊と違って滅多に王都から動けない多忙の身なものでね」

「それは君たちの惰性だろ。休日返上してでも地方視察に出掛けたら?上がるよ、好感度」

「生憎政府高官にまとまった休みなんてものは存在しないんでね。そのためにお前みたいな根無し草と関わりを持っている」

「おい、話がそれている。オースキュリテとの外交の影響は、どこまで地方に出ている?」

「もう10年だからね、大分浸透してるよ。沿岸部には移住してきてる人もいるし」

「へぇ。報告はあったけど、半信半疑だったな。いやぁ、凄いエネルギーだね」

「こっちからも集団で移住した人間がいるしな。国策でもあるが、どちらが根を張るのが早いか見ものだな」

 テンポ良く流れていく会話の中で、脳は無意識に必要な情報とそうでないものを区別し取り込んでいく。これは常に大量の情報に晒されるレイヴスやシンレットの癖でもあるし、最低限必要な能力でもある。しかし友人との会話であってもそれを止められない自分は、間違いなく仕事中毒だなと自嘲せざるを得ない。


「ところでショウコちゃんだけど」

 今最大の懸案事項。正確には彼女個人ではなく、その周囲であるが。

皇妃様・・・がどうかしたか?」

 暗に気安く名前を呼ぶな、という牽制をするが、受ける相手はどこ吹く風だ。

「とぼけるね。王都に連れて行くんでしょ?」

「……何故?」

 面白そうな表情で問いかけるのはレイヴスだ。昔から、他人の思考過程や推察力を測るのが趣味のようなところがある。

 因みにその推理や解答に答えを与えたことは一度も無い。正直言ってかなりの悪趣味だ。

「皇后死んだでしょ。そしたら誰かを立后させなきゃいけない。忘れてる人もっていうか本人も忘れてたみたいだけど、ショウコちゃんは第二皇妃だからねぇ。……そうそう、言い忘れてた。レイ、ごしゅーしょーさま」

 欠片も気持ちのこもらないお悔やみに、やれやれと笑いながらレイヴスは呟いた。

「忘れていた、か。アレも10年の間に随分と面白くなったものだな」

「10年前のショウコちゃんを覚えてるんだ?」

 思い出すのはベールの奥の怯えをにじませた瞳と震えた手。それでも凛とした風情の小さな身体。

「……覚えている、な」

 震える様子を見て、式の最中にでも倒れられたら厄介だと思った。おそらくは表情にも出ていただろう、幼い少女の心情も考えず。

 今思えば怯えて当然だった。初めての土地や聞き取れぬ言葉、好奇の視線に晒される恐怖をただ一人で耐えなければならなかったのだから。

 しかもその小さな背が背負うものは、大国間の不和の解消。婚姻は即効性のある外交手段だとしても、背負う者には重過ぎる使命だ。

「レイ?」


「……考えても、みなかったな」

 どれほど不安だったか。どれほど心細かったか。

 それなのに、侍女の手が離れた瞬間に手足の震えを押さえ込み表情を切り替えた強さを覚えている。

 至近距離で観察していたレイヴスからすれば一挙一動が酷く緩慢でぎこちないものに見えて苛立ったが、もしかしたらそれは遠目で見る人間からすると丁度良い速さだったのかもしれない。突然異文化の中枢に放り込まれて、ぎこちないのは当たり前だ。

「レイ?どうかした?」

「なぁ、シン。レイシアは息災なのか?」

 突然すぎる話題の転換に、二人は思わず目を見張る。

 レイヴスの口からその名前が出てきたのはいつ以来だろうか。両国の条約によって、いわばショウコと交換で海を渡った弟。常に気にかけているのは分かっていたが、その様子を尋ねられたことはなかった。

「あ、ぁ。報告では、特に変わった様子はないみたいだけ、ど?」

「レイ?君大丈夫?疲れておかしくなった?」

「いや、…今思えば八つ当たりだったな、と」

 10年前少女に対する態度は、八つ当たり以外の何物でもなかったと今なら反省できる。

 弟がオースキュリテに行くと決まってからの母の情緒不安定や、弟の責める視線、父の隠された歓喜。そういったものの元凶を、少女に仕立て上げた。

 頼る者のいない異国の地で、伴侶となるべき相手に冷たい視線を向けられて。

 彼女自身に非があるわけではないのに。

 それでも泣き喚くことも無く大きな失敗も無く、少女は己の義務を全うしたのだ。

 迎えたレイヴスよりも迎えられたショウコのほうが、年齢を乗り越えて当時の両国の関係を的確に把握していたということだろう。

「ますます、訳わかんないけど…」

「レイ、分かるように説明してくれない?」


 不可解なものでも見るかのような二人に、どうしたものかと思案をめぐらせていると侍女が東屋に近づいてきた。

「失礼いたします、皇帝陛下。冷たいものなどお持ちいたしました」

 そう言っててきぱきとテーブルの上に持ってきた茶や菓子、果実酒を広げていく。

「…シン、お前か?」

 問われたシンレットは首を振る。

「皇妃様がお持ちするように、と。いらしたばかりの方もいらっしゃるので、無駄にはならないからと仰せで」

 そう言って侍女は微笑んだ。主を誇るような、そんな笑い方だ。

 一礼して去っていった侍女を見送って、シンレットはからからと笑った。

「いや、良く出来た女性だね」

 本来ならば、すぐにこういったものが用意されないのは使用人の手落ちだ。仮に食後すぐで主が望んでいないとしても、用意すべきものはしなければならない。

 しかしショウコはお茶を出す理由を『外を歩いてきた人がいるから、のどが渇いているはず』と切り替えた。だから中で仕事をしていた使用人たちには知る由のないことだと。だから手落ちではないと。


「ショウコちゃんはこれくらい…」

 そうつぶやくロイの声に若干の苦味が込められていると、シンレットは気付いたが思案に沈む皇帝は気付いた様子はない。

 疑惑は近いうちに確信に変わるだろうか。

 ロイの言葉が何を意味しているのか、はっきりとはわからない。おそらくロイも意識して特別な意味を言葉に乗せているわけではないだろう。

 しかしだからこそ、不意にもれる無意識の言葉はより真実に近いはずだ。

 もし、疑惑が真実ならば。

 自分はロイを切り捨てる。ロイの万の幸せの可能性よりも、レイの一にも満たない幸福の可能性に賭けて。

 それはあの日、自分で誓ったことだから。




 

 三人がそれぞれに考え込んでいたとき、汗をかいたグラスのお茶を一息に飲み干してレイヴスが立ち上がった。 

 そのまま東屋を出て行く背中を追いかけようと呼び止める。

「レイ?どこに…」

 首だけで振り返り返された言葉は、可能性を一に押し上げるもの。

「皇妃に話がある。お前たちはそこで喧嘩でも思い出話でもしていろ」

 曰く、ついて来るな。

 その言葉を喜ぶ一方で、ロイの顔が一瞬凍りついたのを視界の端に捉えた。

 


 それは、疑惑が確信に変わった瞬間。


 最初の歯車が軋みながら、回り始めた合図。

 全ての歯車が回るまで、舞台は決して動かない。

 全ての歯車が止まるまで、舞台は決して止まらない。


 止まる術を知らない歯車が壊れるまで、舞台はひたすらに動き続ける。

 舞台の終わりを知らない役者は、終わりのない人生を。



7月中になんとか更新できました!やった。


前々からチラッと告知していた、砂漠〜と裏表のお話を、小説家になろうサイト様にアップしました。ショウコのお姉さんと、今回名前が出てきたレイの弟レイシアのお話です。題名は「雪待ちの花」です。


ご意見・ご感想をお待ちしています。よろしければ一言お願いします。


拙い文章を読んでくださった方に、最大級の感謝を。

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