【騙された!】
「じゃあ、私はもう帰るわ」
「何で?ご飯一緒に食べようよ」
散々振り回されて、触られて、それでも嫌な顔せずについて来てくれたクロエ。
「獣人と人間が一緒に居るのさえ珍しいのに、食事なんて無理よ」
「私もリオーネも気にしないけど」
「それは貴方達が変わってるからよ」
「駄目なの?」
「・・・・・・私は」
クロエの瞳が悲しげに揺れる。
「何かあった?」
そっと手を握れば、クロエの体は僅かに震えていた。
「貴方達はいい人かもしれない。でも裏切らないとは限らないでしょ?それに私がいい人・・・、いい獣って言う保証もない。ならあまり一緒に居るべきではないわ」
「何で?」
「・・・あんな思い、したくないの」
クロエ達に何があったかは私には想像も出来ない。私は獣人と人間の戦争を知らないのだから。だけどリオーネは昔は酷かったと言っていた。差別や偏見、沢山の暴力があったはず。人間は自分達の中に異物を見つければ排除しようとする。それが生き残る為の本能だとすれば余りに悲し過ぎる。
「ねぇ?」
「なに?」
クロエの瞳は未だ揺れていた。
「確かに人間は残酷だと思う。私が裏切らないとも、クロエが裏切らないとも限らない。未来は誰にも解らないから。なら」
「ん?」
私は届かないクロエの顔に手を伸ばす。クロエは気付いて屈んでくれた。そんなクロエを抱き締めて、
「今ある温もりを大事にしてみよう。傍に居て、話して、顔を合わす。そうやって色んな事を一緒にやって行こう」
「ホント・・・変な子ね」
もふもふの手触りのいい毛並み。
「そんなに気持ちいいの?」
「最高!」
ニカッと笑えば、クロエも笑ってくれた。その日クロエは私に離してもらえず、結局泊まったのだ。もちろん私はクロエに抱きついて眠った。リオーネは心配もしていたが、何かを考えているようだった。何も企んでいなければいいけど。少し嫌な予感はするが、今はとりあえず、
「おやすみ、クロエ」
「おやすみなさい。ユーナ」
「ユーナ様、お目覚め下さい」
「んん」
サッとカーテンを開けられて、逃げるように寝返りをうつ。と、ピンクの何かが目の前に飛び込んできた。
「ん?」
触り心地は・・・よくない。確かにふわふわだけどよくない。しかもピンクだ。
「リオーネでしょ?」
「よくお気付きで。クロエ様ならもう起きられていますよ」
「ピンクなんだけど」
「ええ。遅くまでお出かけになっていましたので」
毎回毎回、無茶振りをされている職人が可哀想だ。
「そんなにピンクを着せたいわけ?」
「そのようですよ」
ファー付きの可愛いドレスだ。
「黒ならまだ着たけど、ピンクは着ないからね。お金の無駄だよ」
「そう思われるなら着てさしあげて下さい。リオーネ様が喜ばれます」
リオーネ、リオーネ。うんざりだ。
「エミリーってリオーネ命?」
「はい。この命を拾って下さったのはリオーネ様なので、一生仕える覚悟です」
「そっか。でも着ないからね」
「ユーナ様!」
ガチャリと扉が開いた。
「エミリー。構わないよ」
「リオーネ様!ですが!」
「エミリー」
グッとエミリーが言葉を飲み込む。
「申し訳ございません」
「いいよ。下がってくれ」
「畏まりました」
リオーネは椅子に腰掛けると、
「気に入らないのかい?」
「触り心地がよくない」
「えっ?本当かい」
リオーネはファーの部分を触って首を捻る。
「これで駄目なのかい?最高級の毛皮だよ」
「見た目だけで酷すぎる。クロエを触ればすぐ解るよ」
「そうするよ。ところで話が変わるのだが」
リオーネは少し神妙な顔をしながら椅子に腰掛けた。
「何かあったの?」
「少し面倒な事になってしまったんだよ」
「何?」
リオーネはテーブルに封筒を置いた。
「手紙?」
「招待状だよ」
「パーティ?」
「そうなんだ。しかし相手がね」
差出人は“ライリー・サファイア”と書かれていた。
「相手が悪いの?」
「私のお爺様は元々エメラルド伯爵だった。今は私達の方が上だが、サファイア侯爵からの誘いは色々事情があって断り辛いのだよ」
このタイミングでの招待と言う事は、養女にした娘を見せに来いと言う事だかな。つまりはリオーネの粗を探して、扱げ下ろしたい訳だ。そんな事させる訳ないでしょ。
「私は何をしたらいい?」
「協力的で助かるよ。済まないね」
「気にしないで。お世話になってるんだもん。リオーネに恥をかかせない為なら何でもするから、教えて」
「ならまずはコレに着替えてくれるかい」
「ん?」
リオーネがパチンと指を鳴らすと、それはそれはいい笑顔でエミリーが入ってきた。ふりふりのピンクのドレスを持って。
「なっ!嫌だ‼︎」
「何でもしてくれるのだろ?私に恥をかかせない為にね」
だっ、騙された!
「期限は3日しかない。急いで君をレディに仕上げないといけないからね。今から専門の方を呼んでいては間に合わない。先生はアンナとエミリー、それとクロエに協力してもらう事にしたよ。彼女はとても勤勉で素敵な女性だったからね」
1、2、3、4!
黒い何かが迫ってくる。
私は逃げ場のない壁へと追い詰められてしまった。
「さぁ、覚悟を決めたまえ」
「やだぁぁぁ!」
虚しく屋敷に響いた私の声は誰にも届く事はなかった。