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本能に従うことから始まる恋

 排卵期

 妊娠確率-かなり高い


 スマホの画面を眺めながら、俺は深いため息をつく。

 おそらく今日、真白はまた例の媚薬びやくを俺に飲ませてくる。あの媚薬のせいで、めいりん現場を出禁になったり、一睡もできなかったり、アサリと逢瀬おうせの晩を過ごしちゃったり、もう散々だ。

 というか、わざわざルナ◯ナのアプリをダウンロードして、実の妹の生理周期を把握していることがむなしい。ただ、整理してみたところ、真白が薬を盛るのはピッタリ30日おきで、アレの日に合わせていると推理せざるをえない。


 残暑の中、帰宅の足取りは重い。

 そういえば、前回のシチュエーションも自宅だったな。2話連続で同じ場所を舞台としてしまい、読者には申し訳ない。次回は心機一転、遊園地あたりに繰り出そうと思う。




 「お兄ちゃん、お帰り!今日は帰りが遅かったね。ずっと待ってたのに」


 俺はテーブルの中央を陣取る柳川鍋やながわなべを見て、悪い予想が的中していることを悟った。

 どじょうの栄養価については明るくないが、うなぎのスモール版みたいなものなのだから、やはり精の付く食材の一つなのだろう。真白が今晩俺をどうにかしようとしていることは明々白々だ。


 「真白、俺のために腕をふるってくれたところ申し訳ないが、今日はもう食事を外で済ませてきた。どじょうは真白一人で食べてくれ」

 「えーっ!!??どうして!!??」


 真白は今にも泣き出しそうな顔をしているが、悪いのは俺ではなく真白だ。

 例の媚薬が混入されていることを知りながら、まんまと料理に口を付けるバカはいない。

 いじらしそうに俺の袖を引っ張って抗議する真白を振り払い、俺は冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取り出し、一気に飲み干す。


 「真白、どうせ柳川鍋に媚薬を混ぜたんだろ。バレバレだからな」

 「ううん。料理じゃなくて、今お兄ちゃんが飲んだスポーツドリンクに混ぜた。最近、お兄ちゃん、帰ってきてからスポーツドリンクを一気飲みするのが日課みたいだから」


 俺は思わず口に含んでいたスポーツドリンクを吹き出した……い気分だったが、生憎あいにく、全てが胃の中に流れ込んだ後だった。



 「お兄ちゃん、どう?効いてる?」

 「人体実験もいい加減にしろよ!!まし……」

 

 すごもうと真白の姿を目に捉えた瞬間、俺は自分に生じている異常に気付かざるを得なかった。


 俺は慌てて目を伏せ、真白を視界から外した。


 「お兄ちゃん、どうしたの?」

 「真白、着替えてこい」

 「え?」

 「長袖長ズボンに着替えてこい。いいから早く」

 「どうして?」

 「とにかく露出を減らせ!!」


 真白がエプロンの下に着ていたのは夏服の制服だった。上は半袖のセーラーで、下は膝上ひざうえまで折られたスカート。そこから伸びる細くとも弾力を備える雪色の四肢。俺がイカれてないときであってもいとおしく感じることは多々ある。ただ、今の俺にとっては、真白の二の腕が、太ももが眩しい。いや、神々しい。

 たった一瞬目に入れただけなのに、下半身が反応している。



 「真白、イスラムの女性が着る黒装束に着替えろ!」

 「ないよ?あるわけないよ?」


 もう限界だ。真白と同じ空間にいるだけで欲情してしまう。早くここを離れなければ。


 俺は股間を押さえながら、自室への階段を駆け上がった。




 「ねえ、お兄ちゃん、入っていいの?」

 真白が部屋のドアをノックする。

 鍵を掛けるのを忘れたので、俺がどんなに拒絶をしたとしても真白が部屋に入ってくるのは時間の問題だ。

 

 俺は真白の姿、匂い、フェロモンを避けるために頭ごと毛布にくるまった。

 

 「お兄ちゃん、何してるの?かくれんぼ?」

 「やめろ!毛布をごうとするな!真白、一体俺に何を飲ませた!?」

 「『本能に従うことから始まる恋』。お兄ちゃんの心の中のけだものを解き放つための薬」

 「なんだよそれ……精力増強剤のMAX強化版みたいになってるぞ…」

 「もしかしたら、スポーツドリンクに混ぜたから、吸収効率が上がって効き過ぎてるのかもね」

 「それだ!確実にそれだ!くそ、真白、やってくれたな……。まあいい。真白、とりあえず一つだけ頼みごとがある」

 「何?スッキリするお手伝い?」

 「違う!そういう発言やめろ!想像して興奮するから!そうじゃなくて、壁に貼ってあるめいりんのポスターを剥がしてくれないか?」

 「お兄ちゃん、ポスターに欲情しちゃうの?」

 「今の俺だと、軽くチュっだけでは済まない」

 「分かった。剥がしておくね。っていうか、何回剥がしても剥がしても貼り直してくるのはお兄ちゃんだからね?」


 ビリビリビリ、クシャクシャクシャ、という音がする。

 「剥がして」とは頼んだが、「破って」とは頼んでいないはずだ。まあ、構わない。どうせ同じ物が押入れに100枚くらいある。




 「っていうか、お兄ちゃん、何毛布の中でゴソゴソしてるのよ!?」

 「うわあ、毛布は剥がすなって!!」


 枕に抱きつき、夢中になってディープキスをしている俺の醜態しゅうたいがついに白日はくじつさらされた。

 「お兄ちゃん、枕が唾まみれだよ……」

 「く…くそお……」


 俺はベッドから飛び起きると、また駆け出した。


 「どうして姿を見せた瞬間に別の部屋に逃げちゃうの?お兄ちゃん、ルイー◯マンションのテ◯サなの?」




 俺はリビングにいた。真白が頻繁ひんぱんに片付けてくれているから、リビングに物はほとんどない。ここには俺を誘惑するような物もないだろう。


 「お兄ちゃん、何で観葉植物にベルベットタッチしてるの!?アサリの次はポトス!?博愛主義者なの!??」

 「自分で自分を一切コントロールできないんだ……頼むから放っておいてくれ」

 「お兄ちゃんがそこまで欲求不満だと知っちゃったら、妹として放っておけないよ」

 「余計なお世話だ!やめろ!近づいてくるな!!」


 真白との距離が縮まるにつれて、心臓がバクバクし、下半身が膨張していく。

 ダメだ。もう耐えられない。

 

 

 真白が俺の肩に手を掛けたとき、ついにコップの水は溢れかえった。

 


 「お兄ちゃん、ごめん。お兄ちゃんがそこまで早漏だとは思わなかった……」

 「うわあ、俺の下半身を見るな!早く別の部屋に行ってくれ!!」

 「こんな感じだと、私とエッチできないよね……?」

 「真白の裸を見ただけで失神すると思う」

 「うーん、元気過ぎるのも問題なんだね。とりあえず、このパンツは洗ってあげるね」

 「やめろ!!そこを触るな!!ああああああああぁぁぁ」


 インターバル僅か30秒で、俺はまた果てた。


「本能に従うことから始まる恋」

 この媚薬を飲んだあなたの意中の人は、心の中で飼い殺しにしていたけだものをついに解き放ちます。草食系だって絶食系だって、誰しもがおおかみ変貌へんぼうします。あなたの身体を必死にむさぼる意中の人に、あなたは身も心もとろけるでしょう。あなたの意中の人は、動物的本能によってあなたに惹きつけられ、そこから2人の恋は始まるでしょう。

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