媚薬
「ママあぁ、ママあぁ……」
「真白、どうしたの?泣きながら電話を掛けてくるなんて、珍し……くもないわね。ほぼ毎日ね。また和生から冷たくされたの?」
「うん。そう。さっきね、お兄ちゃんに抱きつこうと思ったら、スタンガンで撃退された」
「え?スタンガン?」
「そう。最近のお兄ちゃん、家にいるときは常にスタンガンを持ち歩いてるの」
「普通逆だよね!?外出するとき持ち歩くよね!?」
「私を撃退するためにネットで買ったんだって。私、ちゃんと抗議したよ」
「そうしたら、和生は何か言ってた?」
「真白もこの前ネットで麻酔銃注文してただろ、って」
「二人でサバゲーやってるの!?」
「違うよ。恋の駆け引きだよ」
「あらそう。若いっていいわね……」
「ねえ、ママ、私どうすればいいの?このままだと私、どうやって生きていけばいいか分からないよ……」
「まったく、和生はとんでもない親不孝者ね。兄妹同士仲良くしなさい、寝室もともにしなさい、ってあれだけ口を酸っぱくして言ってるのに……」
「寝室が別の兄妹なんて、本当の兄妹じゃないよおぉ。ただの仮面兄妹だよおぉ…」
「真白、落ち着いて。でも、和生は真白以外には興味ないんでしょ?」
「当然でしょ。昨日は教室でクラスメイトの女子、一昨日は屋上で後輩の女子から告白されてたけど、両方フってたよ」
「よく知ってるわね」
「お兄ちゃんのことは可能な限り監視してるからね。万が一に備えて、銃の照準を不届者の女子に合わせながら見てたんだ」
「一応確認しておくけど、もちろん麻酔銃よね?」
「え?なんで?もちろんトカレフだよ?」
「真白、シャバに未練はあるかしら?」
「ある」
「じゃあ、今の話は聞かなかったことにしておくわ」
「そんなことより、真白、真白に朗報があるの」
「朗報?」
「そうよ。ついに和生を真白のものにするためのとっておきの道具を発明したわ」
「本当に!?」
「これを使えば、和生は必ず夜の営みに応じてくれるはずよ」
「え!?すごい!?ママありがとう!!」
「これくらい八鳳家の財産を守るため……いや、娘の願い事を叶えるために親として当然だわ」
「どんな道具!?お兄ちゃんを座らせた状態で縛りつけることによって無理やり腰の部分を律動させることができる電動イスとか!?」
「真白……そんな方法で本当にいいの?」
「……そうだね。私、あまりの飢餓状態にどうかしてたみたい。普通にベッドでしたい」
「そうよね。まだ年頃だもんね」
「で、どんな道具なの!?教えて!!教えて!!」
「媚薬よ」
「ビヤク?」
「媚薬。いわゆる惚れ薬のことよ。中世から媚薬を研究開発しているヨーロッパの老舗製薬会社を買収した上で、最先端の機械と大量の資金を投入して、実際に使える媚薬を作ってもらったの」
「嬉しい!!ママ大好き!!」
「和生を真白のものにするための媚薬が7種類あるわ」
「7種類もあるの!?」
「ええ。そうよ。数打ちゃ当たる戦法ね。実は、まだ研究段階で人体実験ができてないから、媚薬を使ったときにどんな効果がどこまで生じるかはよく分からないの。でも、さすがに7種類もあればきっと1つくらいは効果覿面なものがあるでしょう」
「なるほど。ラバストも箱買いすれば、絶対に自分の欲しいキャラのやつが当たるもんね」
「そんな感じだけど、真白、いつからアニヲタになったの?」
「いや、読者にアニヲタが多そうだから、こういう例えが分かりやすいかな、と思って」
「真白は読者想いの優しい子ね」
「えへへ」
「それはさておき、7つの薬はそれぞれ全く違う効果を持ってるんだけど、全ての薬に共通する効果もあるのよ」
「何?共通する効果って?」
「効果が継続する時間だけど、原則として24時間」
「原則ということは、例外があるの?」
「例外的に、真白が恋の成就を諦めた場合には24時間経たずともその瞬間に効果が切れる。……まあ、ありえないわね」
「アメリカ大統領選でトラ◯プが勝つくらいにありえないね」
「真白、世相ネタも入れられるようになったのね。成長したわね。でも、それだと意外とありえることになっちゃうわ」
「それにしても、24時間か……短いね」
「でも、行為をするには十分な時間でしょ。仮に和生がアダム◯永信奉者だったとしても全然間に合うわ」
「いや、お兄ちゃん、割と早漏……」
「それは良かったわ。親として喜んでいいのかは分からないけど」
「まあ、とにかく、真白、その24時間の間に既成事実を作るのよ」
「でも、ママ、最近はないけど、私、数ヶ月前までお兄ちゃんと既成事実を作りまくってたんだよ?それでもお兄ちゃんは私を見捨てたんだよ?今さら改めて既成事実を作ったところで意味ないよね?」
「となると、最後の手段しかないわね」
「最後の手段?」
「できちゃった結婚よ。子供さえできたら、和生だって観念するはず。真白と幸せな家庭を築く決心をするはず。それとも、高校2年生の真白には子供はまだ早いかしら」
「ううん。早くないよ。私、小学生の頃からま◯っちとか、くち◯っちとかたくさん育ててたよ」
「子供をたま◯っち感覚で育てられるのは若干怖いけど、まあいいわ。真白ならきっと大丈夫でしょう」
「ねえ、ママ、他には何か共通する効果はないの?」
「あるわよ。媚薬は1回に1種類しか使えない。しかも、1回使うと1週間は別の媚薬も含めて使えない」
「じゃあ、子作りのチャンスは1週間に1度だけっていうこと?」
「薬を使えるチャンスは1週間に1度だけど、子作りのチャンスだったらもっと間が空くんじゃない?ほら、女の子の体の仕組み上……」
「……あ、そうか!」
「真白、次の危険日はいつ?」
「1週間後」
「じゃあ、その日までに媚薬を送るわ。それぞれの薬の効果はちゃんとビンのラベルに書いてあるから熟読してね。媚薬を駆使して、和生の心を思い通りにコントロールしなさい」
「分かった!お兄ちゃんを薬漬けにするね!」
「それはちょっと違うわよ??用法用量は守ってね??」
4日後、八鳳真白宛に郵便物が届いた。何重にも覆っている包みを真白が解くと、小学生の頃に使っていた道具箱くらいのサイズの箱が露出した。蓋に刻まれた鈍色の文字は、箱の黒色と保護色になっていて読みにくかったが、このように書かれていた。
「媚薬から始まる恋」
「媚薬から始まる恋」
各薬共通ルール
1
「媚薬から始まる恋」に封入されているそれぞれの媚薬は、それぞれ違ったカタチのロマンスのスタートを無理やり引き起こせます。
2
薬の効果は使用後24時間続きます。
3
24時間経つ前であっても、あなたが恋の成就を諦めた場合には、その時点で薬の効果がなくなります。
4
薬の併用はできません。効果が殺し合って、同時に使われた全ての薬の効果がなくなります。
5
薬を使ってから次の薬を使うまでの間隔は最低でも1週間空けてください。薬の効果が弱まって、ロマンスが上手くスタートしなくなります。
6
ビン1本(30cc)が1回の適切な使用量です。1回の使用量がこれよりも少なくても多くても薬は正常に作用しません。