プロローグ
俺の名前は八鳳和生。高校3年生の17歳。
前作の主人公であり、おそらくだが、今作でも主人公である。
端的に言おう。
俺の家族は狂っている。
狂った人その1。八鳳真白。高校2年生の16歳。
「義理の」とか「腹違いの」とかいう修飾語の付かない、純然たる俺の妹である。
真白は兄である俺のことが大好きだ。
「兄弟仲がよろしくて何より」と微笑ましく思った読者は完全なる誤謬に陥っている。ここでいう「大好き」とは、変な意味での「大好き」である。つまり、性的な意味での「大好き」である。
俺と同じ高校に通う真白は、学業でも部活でもなく、俺とイチャつくことに専念している。
「イチャつく」という表現は不適切かもしれない。俺は真白の猛アプローチを無視し続けている。読者の皆さんにはニュートリノが見えないように、俺には真白のことが見えないし、読者の皆さんには重力波の音が聞こえないように、俺には真白の声が聞こえない。ただし、真白が抱きつこうと飛びかかってきたり、キスしようと突っ込んできたりしたときだけは合気道の達人のように全て躱す。
真白と俺が毎日ドタバタラブコメディーを繰り広げていることは全校生徒の知るところである。
真白がその端正なルックスから男子から絶大な人気を誇っていることもあり、真白を冷遇している俺に対する風当たりは強い。「ゲイ」「ED」といった風評被害は瞬く間に広がり、他学年の見ず知らずの女子でさえ、俺とすれ違ったときに股間にアレが付いているかどうかを確認する。
至極真っ当な俺の生き方にケチがつくのは、おそらく「妹萌え」という日本の悪しき文化が膾炙し過ぎたせいだと思う。言っておくが、「妹萌え」などラノベの世界にしか存在しないフィクションだ。
冷静に考えてみてほしい。
ラノベの主人公の妹は、決して読者であるあなたの妹ではない。だから萌える。血の繋がった実の妹に萌えることなど絶対にありえない。
仮にあったとしたら、ちゃんとした大きい病院で診てもらった方がいい。
狂った人その2。八鳳加奈絵。専業主婦。
俺と真白のお袋である。
俺は今まで、お袋は俺と真白を同じ高校に進学させ、しかも2人暮らしまでさせたことによって真白のブラコンを悪化させたことを後悔しているとばかり思っていた。
しかし、違っていた。
むしろ真白がブラコンを拗らせたことはお袋の狙い通りだった。
というのも、日本の長者番付上位ランカー常連のお袋は、自分の持っている財産が八鳳家の外に流出することを何よりも恐れていて、そのために、自分の死後何代先にも渡って、八鳳の直系家族の範囲内だけで相続が行われることを切に願っているのだ。
まずは手始めに自分の実の息子と娘に子作りをさせたい、というのがお袋の要望。
もちろん、兄妹間の婚姻は法律上不可能だ。
しかし、たとえ事実婚であったとしても、たとえ生まれる子が非嫡出子であったとしても、八鳳家以外の人間が外から入ってこない限りは、八鳳家以外の人間が相続の対象になることはありえない。
しかも、親父までもがお袋の計画に賛同しているというのだから、両親して頭がオカシイ。
狂った人その3。八鳳和生。俺。
何を隠そう、この俺も完全に狂っている。
なぜなら、俺は真白のことが大好きだからだ。
変な意味で。性的な意味で。
ちゃんとした大きい病院にはそのうち行こうと思っている。
実は真白が高校に進学し、俺と2人暮らしを始めてから真白のブラコンが急激に進行したのは、俺が真白と男女の関係を持ってしまったからである。
肌を重ねた具体的な回数については伏せさせてもらう。ただ、想像してみてほしい。高校生など、性欲が制服を着ているだけのようなものである。その高校生の男女が一つ屋根の下で暮らすのである。サッカーで例えるならば、一試合一ゴールでは済まない状況だ。◯ッシとク◯ロナとのバロンドール争いにも加われる状況だ。
しかし、俺はある日を境に真白との関係を考え直した。
一線を越えた関係から、一線を画す関係へとシフトチェンジした。
それはなぜか。
俺が真白を本気で愛し始めたからである。
愛する真白の幸せについて本気を出して考えてみたところ、肉欲に負け、快楽に耽ることは間違いだと思うようになった。
実世界はラノベではない。兄妹愛が好意的に見られることは断じてないのである。
先入観で形作られた実社会の中で偏見を浴びながら生きることは、真白にとって決して幸せな生き方ではない。真白は普通に遺伝子の共通していない男性と結婚し、普通に遺伝子が半分しか共通していない子供を産むことによって、普通の幸せを掴むべきだ。
そのために、本意ではないものの、俺は真白から身を引こう。
そう決意した。
この決意に基づき、今の俺は断腸の思いで泣く泣く真白に冷たく接しているのである。
前作で俺は、この複雑な胸中を真白とお袋に対して正直に打ち明けた。
俺は真白を愛しているがゆえに真白を愛することができないのだ、と。
しかし、悲しいことに俺の決死のカミングアウトは重力波のように二人の耳をすり抜けていった。
まとめよう。
真白は俺のことが好き。
俺も真白のことが好き。
両親も俺と真白の恋愛を応援している。
つまり、この物語において、俺と真白のラブ・アフェアを止められるのは、唯一、俺の理性だけなのである。最後の砦である俺の理性が決壊すれば、この物語は単なる官能小説へと変貌する。
そして、今作はまさに、俺の理性を如何にして決壊させるかという、真白とお袋との怪しげな作戦会議から始まる。