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 カフェで、向かいに座っている深雪をじっと見詰める。その視線に気付いたのか、深雪はメニューから顔を上げて苦笑を零した。

「どうしたの、飛翔君」

「えっ……あ、いや……」

 誤魔化すように笑い、飛翔は視線をテーブルに落とした。

 中学の成長期から、高校に入って半年の今まで。深雪は恋人以前に、親友として、絶対に失いたくない存在だ。

 少し癖のある、櫛のみで整えられた黒髪。化粧はしていないが、頬は程よく紅色が差している。恋人としての贔屓目もあるだろうが、深雪は美人だ。

 だがあの瞬間、肌は冗談のように青白くなり、床には――――

 飛翔はぶんぶんと首を振ってその映像を頭から振り払う。あれは明後日の光景だ。それを変える為に、自分はこの時間に飛んできたのだ。

「聞いてる?」

「えっ、ああ、うん。聞いてる聞いてる」

「嘘」

 もう、と呆れたように深雪が息を吐く。

「その銀のブレスレット、どうしたのって聞いたの」

「あ……ああこれ」

 飛翔は、左手首のブレスレットを撫でる。

「部活の先輩に貰ったんだ。肩こり防止だってさ」

「確かに飛翔君猫背だもんね」

 深雪が笑う。

「なあ、深雪」

「うん?」

 カフェラテのカップを両手で包み、深雪は首を傾げる。

「……明日は部活だっけ?」

「うん。久し振りに活動だよ」

「明後日は?」

「特にないなあ。学校で、宿題終わらせようと思ってるけど」

「それ、俺も一緒に行っていいか?」

「いいけど……珍しいね、飛翔君が勉強に積極的だなんて」

 深雪の言葉に、飛翔は苦笑いを返した。



 コンピューター室で、楓を待つ。もうすぐ昼の鐘が鳴るころだ。

 飛翔は椅子に座り、握った両手に額を当てた。

 明日、深雪は死ぬ。それを食い止めるためには、その事を知っている自分が動くのが確実だろう。だが、楓に与えられたリープ装置で飛ぶことはできても、自分がタイムトラベルの理論を理解しているわけではない。

 約束の時間に、楓はコンピューター室にやってきた。相変わらず涼しい顔で、まさかタイムリープ装置を開発しているなど誰も信じないような、普通の学生だ。

「待ったかしら、蒼雲君」

「いいえ。……いや、ちょっと待ちましたけど」

「正直でいいわね。それで、話って?」

「タイムリープのことなんすけど」

 前置き無しに切り出しても、楓は驚いた顔はしなかった。

「飛んできたのね、あなたは」

「はい。……明日から来ました……もしかして、記憶あったりするんすか?」

「まさか。でも、何の説明もなしに器具を押し付けて、それがタイムリープ装置だって分かる人はいないわ。使った人間でなければね」

 教会の鐘が鳴り始め、楓は鞄を置いて椅子に座った。

「明日のこの鐘が鳴り終わる前に、何かあったのかしらね」

「……深雪が死にました」

 絞り出すように、それだけ言った。

「……そう」

 しばらく沈黙してから、楓もそれだけ言う。それ以上の詮索も慰めもないことが、むしろ飛翔にはありがたかった。

「あいつに死んでほしくないんです」

「それで、リープしてきたのね」

「はい」

「……そう」

 楓は頬杖を付き、ふう、と息を吐く。

「時間に干渉するタイムリープを開発した時に、世界への干渉を勿論考えたわ」

「あ……やっぱりあるんすか?」

「分からない。実証されていないもの。それに、例えば未来から来た誰かが、過去の何がしかを変えたとしたらそれは過去干渉よね。でも、あなたは今ここにいる人間なの。ちょっと予知能力を持っている程度のね」

 聞き覚えのある言葉に、飛翔は乾いた笑いを漏らす。

「だから、あなたは今の人間。今の人間が今を変えることに、何か問題があるというのかしらね。……とにかく、あなたは彼女のそばにいてあげて。それで防げる事故なら、それに越したことはないわ」

「そっすか……」

 図書室での深雪の姿が生々しく蘇り、飛翔は俯く。楓はその様子を見て立ち上がった。

「蒼雲君」

「……?」

 ぱんっ、と楓は両手で飛翔の顔を掴んだ。

「いひゃいっす!」

「そんな顔しちゃ駄目。彼女は生きているのよ。あなたが未来で何を見てきたか分からないし、私が言うのは無責任かもしれないけれど。生きている彼女を、ああこの人は死ぬんだって思いながら見ちゃ駄目」

「……でも、」

「大丈夫よ。あなたに出来ることはとにかく行動すること。諦めないこと。あなたの手には、今を変えることができる装置があるの。あなたの今は、昨日のあなたの未来で、明日のあなたの過去よ。あなたが今を変えるということは、未来を、そして過去を変えることと同じなの。今が変われば未来も変わるわ」

 楓はにっこりと笑って見せた。

「だから、ね。振り返っちゃ駄目。あなたが見た未来は、変えられるんだから」

「……はい!」

 飛翔は力強く頷いて立ち上がった。



 八月六日。先輩からの呼び出しを確認して、既に内容を知っているそれを適当にこなす。図書室に行けば、深雪は既にそこで待っていた。時計は午前の九時を指している。

「宿題、頑張ろっか」

「ああ」

 向かい合って座り、飛翔は教科書を開いた。深雪は問題集とノートを開き、シャープペンシルの尻を唇に当てている。

 宿題へと視線を落としても、意識は深雪へと向いていた。あの時まで、あと三時間。

「……何? じろじろ見てさ」

「は? あ……いや、ごめん」

「飛翔君宿題溜めるんだから。今年は手伝ってあげないからね」

「大丈夫だって」

 深雪は、飛翔の適当な返事に頬を膨らます。飛翔がそれを見て笑うと、深雪はますます頬を膨らませた。

 飛翔が深雪の頬をつつく。ぽひゅっ、と口から空気が抜けて、飛翔と深雪は顔を見合わせて笑った。

「もう。ほら宿題やって。先生にまた怒られても知らないよ?」

「分かった分かった」

 飛翔はシャープペンシルを持ち、ノートへと視線を落とす。

 このまま時間が経ってくれれば、どれほどいいだろう。あれはただの悪夢だったのだと、きっと忘れていられる。

「……何、にやにやしちゃって」

「うん?」

 ああ、自分は笑っていただろうか。飛翔は口元に手を当てて、ぐにぐにと自分の頬をこね回した。

「別に」

「そ。ちょっと資料探してくるね。すぐそこだし」

 深雪が立ちあがって、飛翔は「ああ」とそれを見送った。腕時計を見遣って、時間を確認する。あと二時間五十分――――

 落下音がした。

「……?」

 ごとん、と何かが落ちる音がして、それから本が落ちるばさばさという音がして、それから――――

「っ!」

 飛翔は椅子を蹴って立ちあがり、棚の向こうにいるはずの深雪を確認しに行った。放りだされたシャープペンシルが机の上を転がり、机の端から落下する。かつーん、と乾いた音が響いた。

「……深雪?」

 白い二本の足が、床に投げ出されていた。倒れた脚立と落ちた本の間に、深雪の体が横たわっている。顔には開かれた本が乗っており、半開きの口元だけが見えていた。その下に広がる液体が何かは分かっている。目元が見えないのは、偶然の慈悲か、神の悪意か。

「………………」

 眩暈がして、飛翔は数歩後ずさった。

 視界の端を何かが横切った気がして、机の方を振り返る。ほんの少し前まで確かにそこで勉強していた様子が、そのまま残っていた。開きっ放しの教科書も、書きかけのノートも、その上を転がるシャープペンシルも。自分と深雪が勉強していた時間そのままで。

「……助けるよ」

 震える声で言い、飛翔は図書室から飛び出した。

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