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 八月三日、午前十時。

 うだるような暑さの中、校舎の端のコンピュータルームで、(あお)(くも)飛翔(ひしょう)はパソコンと睨み合いを続けていた。表示されているのは、同じ高校の文化部のチラシだ。八月末に控えた文化祭に向けて、コンピューター部で分担して全ての部活のチラシを作ることになり、その一枚を任されていたのだ。一年生は文化部、二年生は運動部、三年生は有志のバンドや生徒会を担当している。

 割り当てられた部活に実際に赴き、露店の内容や部員のコメントなどの素材を集め、編集して、既定の用紙に詰め込む。それだけの作業だが、後回しにしていたこともあり、休日返上で登校を強いられていた。学生服の胸元のボタンを開き、弱い冷房の下で黙々とキーボードを叩く。

「あとどれくらい?」

「三十分もすれば終わる」

 そう、と傍らで携帯を弄っている少女―――白羽(しらは)深雪(みゆき)は椅子の背もたれに顎を乗せる。飛翔の中学からの同級生で、先日めでたく交際を開始したばかりだ。

「終わったら、先輩に提出だっけ」

「ああ」

「分かった。じゃあちょっと図書室に行ってるね」

「悪いな、付き合わせて」

「ううん」

 深雪はひらひらと手を振ってコンピューター室を出て行く。飛翔は溜息を吐いた。



 無事部長にチラシの原案を提出し、飛翔は再びコンピューター室へ向かっていた。どうやらUSBを忘れてきたらしい。今から取って走れば、次の電車には間に合うだろうか―――

 近くの教会の鐘が、十二時を告げる。それを聞きながら、がららっ、と些か乱暴に入り口の戸を開いた。上履きを脱いで部屋に踏み込むと、奥の窓際に座っている生徒が目に入る。

「……?」

 職員室に鍵が無かったので、誰かがいることは分かっていた。だがきっとコンピューター部の誰かだろうと思っていたのだが―――窓際の席で何かを弄っている女子生徒は、飛翔に見覚えは無かった。

「……あら?」

 女子生徒は飛翔に気付き、顔を上げる。そして、持っていたもの―――鈍い銀色の、ブレスレットのようなものを机に置いた。

「コンピューター部の子?」

「えっ、あ、はい。一年の、蒼雲です」

「そう。私、三年生の赤井(あかい)(かえで)。コンピューター部よ。といっても、幽霊部員なんだけどね」

 そう言って、女子生徒は……楓は笑った。

「幽霊部員……ですか」

「ええ」

 どうりで、と飛翔は頷く。名前も顔も、まるで覚えがなかった。楓は机の上のブレスレットを取ると、その表面を撫でながら、目を細める。

「幽霊部員になったのはちょっと理由があってね。これの研究をしていたの」

 楓はブレスレットを軽く掲げる。

「……ええと、健康器具とか……ですか?」

「ふふっ、違うわ。そうね……出来も確かめたいし、あなたにちょっと貸してあげる」

 楓は飛翔に近付き、その左手首にブレスレットをはめる。

「えっ、ちょ、何の器具かも分からないのに」

「大丈夫。防水だし、ちょっとの衝撃で壊れやしないわ。そうね……もしかしたら、あなたの命を救ってくれるかもしれないものよ」

 楓が笑い、飛翔は困惑顔になる。

「三日後。八月六日のこの鐘が終わるときに、返しに来てね」

 楓に押し出されるようにして、コンピューター室を出る。

「……何なんだよ」

 呟く飛翔の背を押すように、教会の鐘が十二度目を打ち鳴らした。電車に遅れる、と慌てて走り出し、階段を下る。

 USBを回収するのを忘れていたことを思い出したのは、深雪と共に昇降口を出てからだった。



 八月六日、午前七時。先輩に突然の呼び出しを喰らって飛翔はのろのろと制服に着替えていた。シャツを着た時にふと、左手首にはめられたブレスレットのことを思い出す。

「……あの先輩、もしかしなくても変人……?」

 幽霊部員になるほど熱心に研究していた謎の器具は、結局この三日ほど音沙汰がない。

 階下から、学校に行くなら早く朝食を食べろ、と母親の声がかかった。飛翔は生返事をして部屋を出る。

 だが、駆け下りようとした階段の一段目を踏み外し、飛翔の体は大きく前に傾いだ。

「えっ……」

 咄嗟に手が出る。だがすぐに足が浮く。顔面が角に叩き付けられて―――――


「―――どあっ!」

 腰を強かに打って、飛翔は呻いた。

「……はえ?」

 思わず間の抜けた声が出る。自分の左腕はベッドに乗っていた。どうやら転がり落ちたらしい。寝間着にしているジャージ姿で、制服はハンガーにかけて壁に吊るしてある。

 夢か、と汗を拭おうとして―――その左腕から、銀のブレスレットが無くなっていることに気付いて飛翔は戦慄した。

「えっ……嘘、うっそだろ!? 借りモンなのに!」

 タオルケットを引っぺがし、ベッドと壁の隙間を覗き込む。勿論ベッドの下、鞄の中も探り、それから雑多なもので溢れている机の引き出しに手をかける。

「い……いや、待て、落ち着け、落ち着け……外した記憶は無い……」

 額に手を当てて頭を振り、飛翔は充電していた携帯を掴む。

「……ん?」

 見間違いか、と目を擦り、飛翔はもう一度画面を見る。

 表示されていた日付は、「8月3日(月)」となっていた。

「………………」

 飛翔はすぐさま、鞄からファイルを取り出す。そこには、提出したはずの文化祭のチラシの資料、原案などが挟まっていた。貼りつけられている付箋には「明日まで!」と自分の字で書かれている。

 付箋は剥がして捨てた。原案は赤い修正を深雪にいれられていたし、資料はホチキスで綴じていた。この状態は紛れもなく、八月三日の朝に自分が苦々しい顔で鞄に放り込んだ、その状態だ。

 目覚ましが鳴って、飛翔はようやく硬直から復帰した。

「……俺……タイムリープした……?」

 映画やアニメで見た言葉を呟き、まさか、と否定しようとする。だが現状、自分には八月六日の朝まで過ごした記憶が鮮明にあり、それなのに日付は八月三日を示している。

 だとしたら―――原因は、一つだろう。

「赤井先輩……」

 あの銀のブレスレットだ。

 本人に確かめるのが一番早い。飛翔は鞄を掴んで立ち上がり、階段をゆっくりと降りて行った。



「終わったら、先輩に提出だっけ」

「ああ」

「分かった。じゃあちょっと図書室に行ってるね」

「悪いな、付き合わせて」

「ううん」

 深雪が出て行って、飛翔はそれを見送ってからキーを叩いた。見覚えのあるチラシが一枚完成する。

「……ここもうちょい……」

 再びマウスとキーを操作して、少しだけデザインを変えた。それを印刷して、忘れないようにUSBを鞄にしまう。

 擦れ違う人間も、深雪の言葉も、全て記憶通りだ。だが、記憶をなぞるだけで多少早く仕上がったからか、時計はまだ十時をやや過ぎた程度だった。記憶の中では、十時四十分程度にチラシを完成させて先輩に提出し、そこで押し付けられた仕事の為に、部活をやっている運動部に取材に行かされた。

 ここが本当に八月三日だとすると、またあの一連のことをやるのだろうか。

「……めんどくせ」

 飛翔は先輩にチラシ案を提出すると、案の定押し付けられた仕事を受け取って溜息を吐いた。

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