シーン8 始まりは街から
終末都市エンドウォールの中央広場から遠くない所に建てられた、酒場兼仕事螺旋所。
それが、月夜の朧亭。
ここはいつも人が賑わっている。
元々は『ハンターギルド』として建立されたが、今やその面影は薄くなっている。
時々、様々な事情で障がい者となった存在をよく見掛ける。
それは歌姫に付き添う笛吹きだったり、月夜の朧亭の店員だったりする。たまにそのような冒険者も居るが、全体的に見ても少ない。
月夜の朧亭の構造は至って単純で、色々な機能が有る。
店内はただっ広い。
様々な紙が張った掲示版を冒険者が睨んで、自分に似合った依頼を探している。
また、酒場に癒やし薬など、冒険者専用の消費品もある程度は揃っている。
酒場の隅に旅芸人が唄う小さな専用ステージも有る。
今そこに旅芸人たちが『月夜の朧亭』から借りたリュートを弾いて、唄っていた。神秘な雰囲気を維持しつつ、英雄驒を謳う。お客さん全員、黙って静かに耳を傾ける。
月夜の朧亭の店員は仕事螺旋と酒場仕事にはっきり分かれている。たまに手が空いた時、どちらかの仕事に手伝う事も有る。
時に臨時募集し、腕の良い人に働いて貰う事も有る。店員がテキバキ手順良くこなす姿は格好いい。
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「それじゃ、ここで一旦解散だね。確か、教会へ行くんだったけ?」
「はい。一人で静かに聖女神ラギュリア様に祈りたいので」
「分かった。夕方にここで待ち合おうか」
セイラがうつなぎ、支部の教会に向かおうとした時。
「あのー。」
背後から声を掛けられた。
振り返ってみると、そこは心優しそうなお爺さんが立っていた。
「儂はベルカ。何かと噂になっている、君に話があるんだ。すまないが、二人とも時間は大丈夫かな?」
「ええ。大丈夫です。セイラさんは?」
「構いませんよ」
セイラと僕は出来る限り笑顔で対応し、酒場の隅っこの席へ移動する。
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「話というのは、至って単純。儂が管理する館に出回る魔物を倒して欲しい」
曰く、一つ玉の魔物らしく、先日館に現れたそうだ。
もし、外に出たら困るので、討伐を依頼しに来たという。
「報酬はそれなりに払おう。どうかね?」
「他の条件は?」
「あぁ、忘れていたよ。他人の冒険者達と一緒に組んで、泊まって、魔物を倒して貰いたい。既にある程度の実力を持った人達を手配してある」
「なぜそれを先に言わないんですか?」
パーディを組めば、より安全に魔物を倒せるだろうが、金銭トラブルなどの内輪揉めもあり得る。
過去に何度もそのような修羅場に遭遇してしまい、困り果てた記憶がある。
「すまない、本当に言い忘れていたんだ。もし、依頼を引き受けてくれるならば、陽が暮れた頃にここ、月夜の朧亭にて待って欲しい。依頼を辞めたいなら、その時に言ってくれ」
セイラと目を合わせ、うなづき合う。
「分かりました。引き受けましょう」
「ありがたい。それじゃ、儂はこれで失礼するよ」
ベルカが立ち去り、荒くれ者たちの罵声が響く。
セイラが立ち上がり、改めてエンドウォールに有る支部の教会へ行く。
一人になった僕はため息を吐き、腕を伸ばし、背伸びする。
「夕方まではまだ時間有るし、エンドウォールを歩き回るか」