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夜が明けるころ魔術師団執務室にはカイルが疲れの見える顔で未だに書類の処理をしていた。

団員は先に帰らせたため、室内は静まりかえっている。


久しぶりに疲れましたね。


普段は一瞬の気のゆるみも見せないカイルだが昨日は流石に堪えたのか、疲労感がうかがえる。

食事もとれていなかった上に一睡もせずに仕事をこなしていたが、そんなことは特別珍しくもない。

こんなに疲弊した原因は明らかに精神的なものだった。


一昨日、新たな穢れが発見され対応に向かった魔術師の半数が《殉職》した。


緊急事態だと魔術師団副団長のロウエルから招集を受け、執務室で聞かされた言葉はあまりにも残酷だった。


ダンっつ!


カイルは握りこぶしをつくった腕を振り上げ机に叩きつけた。

元々本音で話をするのを避けていたため、特別親しい団員がいたわけではないが、一緒に働いてきた仲間にはそれなりに情はわいていた。



そして、1枚の用紙を手にとると険しい顔が更に深まる。

それは国魔連からの【女神召喚命令】だった。


通常、魔術師では手に終えない事態と判断された場合、

この国が国魔連に女神の召喚を申請し行っていた。

だが、今回はイレギュラーが起きた。理由は定かではないが、異世界からカエデが召喚されやってきたのだ。女神の可能性があるため様子をみたいとカイルが国魔連にかけあい、しばらくの猶予をもらっていたのだった。

それと同時に異世界から召喚された女性がこの国で保護されている旨も既に国魔連を通して各国に通知してもらっている。

第三者が私欲でカエデを召喚したのであれば必ずカエデを奪いにくると予想してのことだったが、それに関しては未だに動きはない。


本来ならまだ1週間程猶予があったのだが、、、

もう時間切れのようだ。

周辺各国にも急激に穢れの数が増えていると報告が上がってきたが、カエデに女神の力が目覚める気配はない。


もしかすると、カエデの中に力が眠っており、まだ発動できないだけかもしれない。

真実は誰にも分からないが、カイル自身もこれ以上は待てないと腹を括った。

元々、カエデが女神だったらと自分が勝手に期待していただけ。

昔、祖父から聞かされた物語に出てくる女神はカイルにとって憧れの女性だった。

魔術師団に入団し、念願の女神召喚に携われるようになって初めて召喚されたのがサクラだ。

サクラの女神としての力は確かに強大で、4年前、確かにこの世界はサクラによって救われたが、人間性という意味でカイルはサクラを女神だとは認めたくなかった。


そして、カエデが現れた。

カエデはカイルが思い描いていた女神そのものだった。





団員が帰宅し、少し気が抜けたのか1日何も食べていない身体には力が入らなくなってきた。

さすがに一度食事をして、入浴も済ませてしまいましょうか。 


4年前にサクラを召喚した際は魔力の強い魔術師が少なく一人当たりの負担が大きかったが、ここ2、3年で若手に強い力を持つ者が多く前回よりは負担も少ないだろう。

それでも万全の状態で儀式に挑んだ方が良い。

儀式は明日。

今回は急遽召喚が執り行われる為、各国の魔術師も召喚に力添えするようにとの国魔連からの指示があり、今日の昼には他国の魔術師が転移魔法で入国してくる予定になっている。


まだまだ寝れなそうですね。



思ったよりも長い時間考えこんでしまったのか、すっかり外は明るく、時計の針は7時をすぎたところだった。


今からテラスに向かえばまだカエデさんがいるかもしれませんね。


カエデは雨の日以外は庭を眺めながらテラスで朝食をとるのが日課だった。明日も召喚儀できっと彼女には会えない。

召喚の義はカイルが全て指揮をとらねばならないからだ。

そう思うとどうしようもなく彼女に会いたくなってしまった。


1日会えないだけでこんなに会いたいだなんて。

初めての感情に戸惑いつつも、カイルはその感覚が嫌いではないことを知った。


そして、執務室を後にするとゆっくりとした足どりで居住棟へと向かったのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーー




カエデはいつものようにテラスで朝食を食べていると

昨日ぶりのアレンがやって来てカエデの向かいの席に座った。


「おはよう。アレン。」


「おはよう!あー、腹へった!」


今朝も変わらず元気いっぱいなアレンを見てカエデは思わず笑みがこぼれる。


「っ!、、、不意討ちかよ。」


「何か言った?」


アレンの声が小さすぎて聞き返すも何でもないと言われ、顔をそらされた。

カエデはそう?と軽く流し、アレンと共に朝食の続きをとる。


楽しく会話をしていたが、カエデは忘れないうちにとアレンに昨日作ったクッキーを渡した。


受け取ったアレンはしばらく自身の手のひらの上に置かれた包みを凝視したまま固まっていたが、

おもむろに中をあけると、クッキーを一つ口に含んだ。


「ど、どうかな?味見はちゃんとしたつもりなんだけど。」


「うまい。。。うまいよ!めっちゃくちゃうまい!!」


「ぃや~、そこまでではないとは思うんだけども、、」


「そんなことない!今まで食べたクッキーの中で一番うまい!俺、こんな手作りの物もらったの初めてだ。すんげー嬉しい。もったいなくてもう食べれない。保存しとく!」


「保存!?そんなのでよければいつでも作るよから!気にせず食べて!でも、そんなに喜んでくれるなんて嬉しいよ。」


「いや、嬉しいのはこっちだし。いつでも作るって言ったよな!?約束だぞ!」


アレンはそう言うと残りのクッキーを大事に包んだ。

そして、突然真剣な顔になると、楓の右手を両手で握りしめた。


「俺、お前が好きだ。カエデが好きだ、、、。」


「えっ、、、!?」


「こんなところでいきなり言われても困るよな?

俺も今はまだ言うつもりはなかったんだけど、、、ダメだ。

カエデが好きだって気持ち、どんどん大きくなって、今、どうしても言いたくなった!」


「ぅ、うん、、、。わ、私は、、、」


「へ、返事はすぐじゃなくていい!!カエデが自分の世界に帰りたいことも知ってるし。でも、俺との未来を少しでも考えてくれるなら、、、嬉しい。」


それだけ言うとアレンはじゃあなと言って去っていった。


やばい、、、心臓が、壊れる。

アレンが、あのアレンが私のことを好きだなんて。




その時の私は一杯一杯で全く気づいていなかった。

今のやり取りをカイルに見られていたことを。

そして、カイルとの間に亀裂が入ってしまったことを。








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