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結局、スピカが父に一撃を与えられたのはあれから9年後。スピカが15歳になったときだった。
父オリオンはとにかく強かった。一撃を入れられず、やさぐれることもあった。自棄になりながらやっても駄目。装備品を見直しても、武器を見直しても、一撃入れるためなら俊敏性を上げてみるかと試しても駄目だった。とにかくスピカの攻撃の前に父の一撃が入って戦闘不能寸前まで削られるのだ。
ようやく一撃を与え、それまで触れることすら出来なかった父の体力をたった1だけ削った。この1は何にも比べられないダメージだ。
「やったわ!」
母が喜びのあまり立ち上がり、感動に声を震わせた。
父は娘に与えられたダメージ1を信じられないといったように呆然としている。
スピカは息が上がっており、顔も真っ赤だった。そして、自分でもやっぱり信じられなかった。
でも事実は事実。
スピカは父に一撃を与えたのだ。
「そうか。ついになんだな……」
父はその一撃を認め、剣を鞘に収めた。
「よくやったな、スピカ。お父様は嬉しいよ」
「私もよ、お父様。今までありがとう」
こうしてスピカはアルシュティナーの外に行くことが認められたのだ。
父との手合わせは年に数回。5回もあればいいほうだった。そして、日夜王国中を駆け巡り、モンスター狩りをしている父は今も成長中。スピカとの手合わせをしながらも、レベルは上がっていた。
スピカはふと父のステータスを、アイテムを使って確認してみると、思わず目を疑った。
父のレベルは356となっていたのだ。いくらモンスター狩りをしているからと言って、これだけレベルが上がっているのはおかしい。
そんなスピカに気付いてか、父がいたずらっぽく白状した。
「いやー、スピカに負けられないからさ。友人のヨハネスやスティードに付き合ってもらったんだよ」
ヨハネスは神殿騎士団の団長で、スティードは王国騎士団の団長。この国の二大騎士団のトップであり、父と母のかつての旅の仲間である。父と母のことを考えてみても、この二人も化け物なんだろう。そうなると、父のレベルが異常なまでに上がっているのも納得だ。
さて、この9年でスピカも大きく変わった。
背もぐんと伸びて母と同じくらい。公式本ではヒロイン・シャーリィは162センチとあったから、それぐらいだろう。紅茶色の髪を編み上げて、体つきも女性らしくなった。日々アルシュティナー領内を走り回っているからか、母と比べるとがっちりしているし、どちらかというとスレンダー。
ショートソードを振り回し、回復魔法を駆使する悪くないキャラクター。
この世界には基本4属性、上位3属性、さらに無属性、光と闇と現在確認されているだけで11の属性がある。
基本4属性と上位4属性は精霊魔法と呼ばれ、それぞれ統括する精霊王が存在する。
無属性は魔法のセンスさえあれば扱えるらしい。回復魔法もここに分類されるが、スピカは回復魔法以外の魔法を扱ったことはなかった。
そして光と闇である。
光属性は女神を崇める清い心からその力が生まれるとされる。だから光魔法といえば女神の神官などが扱う。元聖女の母が使い手なのもそういうわけだ。
そして闇は光の逆、女神と、女神が作ったこの世界を憎む心から生まれるという。
だから闇はこの世界で忌み嫌われており、使い手は表に出られないのだ。
スピカは回復魔法以外の魔法を扱えなかった。一度母が光の魔法を教えようとしたのだが、残念ながらスピカには女神を想う心はないようだった。
「きっとお父様に似たのね」
と母は苦笑い。父は回復魔法どころか魔法そのものと無縁の人だ。母はそう自分に言い聞かせているようだった。
父に一撃を与えたその日の夜、スピカは早速荷造りをしていた。
荷造りと言っても普段からアルシュティナーの中を駆け回っているから屋敷においてある荷物なんてほとんどないのだけれど。正確に言うならアイテムボックスの中の整頓だ。
明日、アルシュティナーを出るつもりだ。
アルシュティナーの中はこの9年で遊びつくした。領内の地理なら、一番詳しい自信がある。
荷物の整頓をあらかた終え、スピカはマップと念じる。
すると目の前に王国マップが広がった。
セイサガの物語はすべて王国の中で繰り広げられた。だからセイサガを遊びつくしたスピカには王国の地理について詳しいが、王国の外については全くだ。人々から伝え聞く程度のことしか分からない。
どこに行こうか?
アルシュティナーの外に行ってみたいとは常々願っていた。
だが、具体的にどうしようとはまるで考えていなかったのだ。
そういえば、あの人ってどうなったんだっけ?
セイサガのキャラはお気に入りが特に多い。だがぶっちぎりで大好きなキャラが一人いた。もう彼のお嫁さんになりたいぐらいに好きだった。
その人は物語中盤のボスで、前王国騎士団の団長だった。強い信念を持った人で、敵であっても憎みきれない。彼は王国の体制を変えようと物語の中盤でクーデターを起こす。そのクーデターは主人公オリオンと聖女シャーリィの手によって阻止され、彼は自らの部下だった王国騎士に捕らえられる。クーデターなんて起こせば当然死罪も免れないのだが、彼を兄のように慕っていたシャーリィの懇願により、死罪は免れ、流刑となったという。
思えば母がこうして王国の外れにいるのはこれが原因かもしれない。
15になるスピカも王都どころかアルシュティナーを出たこともないんだから、おかしな話である。一応スピカは公爵令嬢の上に国王の姪なのだから。
だからって、社交界なるものにはまるで興味ないから別にいいのだけれど。
あの人の後を追ってみよう。
流刑になったなら生きているはず。王都に行けばそのときの裁判記録とかがあるだろうし、行方を知ることができるだろう。
スピカはアルスティナーから王都までの道を確認してマップを閉じた。