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スピカとユールはその日の内にアルシュティナーの屋敷を発った。
スピカは密かに出発する気でいたから準備が整っており、それが母に疑われた。また王都に行くつもりだったと誤魔化したけど。
屋敷を発ったはいいけど、その日の内にドンオートルにつけるわけが無い。しばらくはアルシュティナー領をただひたすら南東に歩くのだ。
日が暮れて、その日は野宿をすることにした。
焚き火を間に、スピカとユールは無言で夕食を口にした。作ったのではなく、お互いに持っていた食料だ。
スピカは製作で作ったサンドウィッチをかじる。
このサンドウィッチ、原価が全くかかっていない。採取した素材を加工して、調理したもの。製作システムは、素材を加工することもできるし、製造レベルが上がれば加工法も増えるし、レシピを開発する事だってできる。極めれば極めるほどお得なシステムだった。
ふとユールを見やると、彼も手軽に食べられる料理を口にしていた。
植物の葉に包まれた混ぜ込みご飯のおにぎりみたいだった。見ても料理が分からないということはスピカも持っていない料理のレシピということ。あれだけ手の込んだ料理ならきっと彼の製造レベルも高いはず。
「それで、ユールさんだっけ」
「ユールでいい。その代わりに俺もお前のことを呼び捨てる」
「分かった」
屋敷を発ってから、スピカと二人きりになってから、ユールの機嫌が悪くなったような気がする。それもそうか。彼の目的はアルシュティナー兵を借りることで、成果がこの小娘一人だし。そして、あの場では了承もしていない。母が勝手に決めたのだ。それにただの市民であるユールが反論できるはずも無く、さぞ理不尽を味わっていることだろう。
ユールはスピカより3つ年上の男性だった。
美しい顔立ちを3割損なう無愛想で、たいていは口を無一文に引き結んでつまらなそうなご様子である。
そして、一緒にドンオートルに行くとなったが、パーティを組むことは無かった。つまりただの同伴者。
それでもスピカは親交を深めようと話しかけたが、返事はするものの答えない。だから早々に断念した。ユールは会話が苦手なのかするつもりが無いのか、親しくもなりたくないのか。ともかくスピカとユールはただ黙々とアルシュティナー領を南東へと歩いていた。
屋敷を発って五日目、ひたすら歩いたためか、予定より早く国境に着いた。
スピカは王国の外を知らない。楽しみでもあったが、不安もあった。その不安からか、ついユールに話かけた。
「ねぇ、ユール。ドンオートルってどんなところ?」
「深い森や、荒地だ。生息するモンスターが危険だから、覚悟するんだな」
「大丈夫よ。私強いから」
ユールは鼻で笑った。
「そういうやつは後で泣くことになる」
「あっそ」
ユールはスピカのことが嫌いなのだろうか。
スピカも無愛想な彼と共にいるのは少々辛い。さっさと巨大モンスターを倒してロイを探そう。
彼にロイのことを尋ねてみようか。でもきっと返事だけで答えは返ってこないだろう。
そして、ついに国境を越えるときがきた。アルシュティナー領内は歩きつくしたスピカだが、国境から一定の距離を保って近づかなかった。だから地図は真っ黒に塗りつぶされ、周りに何があるかほとんど分からなかった。
国境を越えると、地図が切り替わった。
それまで王国の地図であったが、地図の名前がドンオートルに変わる。当然真っ黒に塗りつぶされた地図で、今いる周辺しか明らかにされていない。
「村まであとどれくらい?」
「5日ぐらいだ」
「結構近いんだね」
「ああ」
会話はそれきり。でも少し歩くとスピカはあるものを見つけた。
「あっ、ちょっとごめん!」
途端に駆け出し、見つけた採取ポイントにしゃがみこむ。
森の中の緑の採取ポイント。回収できる素材は木の実とか、葉っぱとか、植物系。知っている素材もあるし、初めて目にする素材もある。
そして、初めて目にする素材はレシピが無いために活用できそうに無かった。
今はそれでいい。そのうちレシピを手に入れるなり、開発でもして、活用してやる。
採取を終えて、ユールのところに戻る。
ユールはスピカが戻ってくると、無言でまた歩き出した。
スピカとユールの間にはちょっとした間があった。スピカの斜め少し前、大体3,4人ほど人が入れそうな距離にユールがいて、彼が道案内なり、先導なりしてくれる。振り返ることはたまにある。ちゃんと付いてきているか、確認しているようだった。
そして、ユール先導の元、今度はドンオートルの中にあるという村に向かっているわけだが、スピカは道中採取ポイントを見つけたらすぐに飛び出した。ユールはその度足を止め、待ってくれる。
もしかして、案外悪い人でもないのかもしれない。
会話がほとんど無いまま、次の日には村に着くだろうというところまでやってきた。
焚き火を挟んでの夕食。もちろんお互いに別々のものを食べている。スピカはふと気になって尋ねてみた。
「ユール、村を離れて大丈夫だったの? 巨大モンスターに襲われない?」
「俺一人なら問題ない。だが、村の人にも強いのはいるが、俺より弱い。長くは持たないだろう」
「そうなんだ。あのさ、パーティ組まなくてもいいからさ、せめてステータスだけ確認させてよ。私も見ていいから」
「断る」
ユールは即座に拒絶した。
あまりの反応にスピカは息が詰まる。
それきりその日の会話は終わり、二人はそれぞれ持っていた野宿用テントを設置して別々に休んだ。
はじめに比べれば、ユールは大分態度をやわらげてくれたように感じる。しかし、パーティを組むことを拒むので、少々不便を感じてもいた。
パーティを組めば、相手のステータスはもちろん、保有アイテムを確認できたり、相手の持っている製造レシピを統一することができるのだ。
レシピが統一できれば、お互いに損は無いはず。
そう思っていたが、ユールはそうじゃないらしい。
そして、戦闘においても不便だった。
ユールの武器はスピカと同じく剣で、魔法は使わない。そして、自分で言っていたように、彼は強かった。レベルはきっと40を超えているだろうが、正確なことはわからない。
そして、お互いが同伴者のためか、戦闘では経験値や獲得できるお金や素材が共有されない。
これは実に大きな損害だ。
だって、モンスターを協力して倒しているのに止めを刺したほうにそのモンスターを倒した報酬が入ってしまうのだから。
巨大モンスター討伐の際には必ずパーティを組まなければ。
スピカはそう心に誓って眠りについた。




