2
スピカの母こと、ヒロイン・シャーリィは光魔法と回復魔法を駆使するバリバリ後衛の女神官だった。そして聖女であるために、彼女しか使えない超強力な魔法もいくつもあった。その超強力な魔法こそ女神から託された力であり、聖女の証、女神の御力である。
さて、彼女の武器は杖である。
近接攻撃法としてはその杖で叩くぐらいで、これもレベルが低ければダメージは1桁。だがレベル100、カンストするとようやく雑魚敵を一人で叩き倒せるぐらいである。あえてシャーリィの杖たたきで倒そうとしなければ、彼女は後衛で詠唱させていた方がいい。
前衛でまるで駄目な子シャーリィのレベル100の段階での話である。
目の前の母シャーリィのレベルは200越え。攻撃力も恐ろしく高い。いや、彼女の専門である魔法攻撃力は、もっと怖いことになっている。
そして成長しているのはレベルだけではない。回復魔法の方もゲームではなかったものを多数習得している。
日中アルシュティナーの領主代行として忙しい母は、朝と夕方、スピカに回復術の稽古をつけてくれた。
先に言っておこう。
看護師の女性が優しいというのは幻想である。
「それじゃあスピカちゃん、まずは自分を回復していくことからはじめましょう」
母はスピカに初歩中の初歩である“癒しの瞬き”を教えた。
スピカも回復術の素質があるのか、すんなりと覚えられた。
考えてみれば父はこの国一番と言ってもいいほどの剣士で、母は元聖女で王女、血筋は恵まれている。
母はスピカが“癒しの瞬き”を習得したのを確かめると、次に魔法をかけた。
「“耐久の気力”」
その魔法は大ダメージを受けても必ず最後体力が1だけ残るという魔法だった。
それでどうするのかと思いきや、母はスピカを杖で殴りつけた。
「ふべっぅ!?」
突然のことでスピカの頭は混乱した。
母はいつもの調子で言った。
「さ、自分で治しなさい」
母の一撃でスピカの少ない体力はごっそりと削られ、1しか残らない。レベル差を考えれば当然である。しかし殴られれば痛いのである。戦闘不能になっていないだけで、痛いのである。
スピカの目に涙がたまる。
「自分で治しなさい」
母はさらに強い口調で命じた。
回復魔法の師匠として、母シャーリィは鬼と化した。
スピカは泣きながら自分を癒し、体力を回復させていくが、満タンになるとすぐに母が殴り、1に戻る。それの繰り返しだった。途中で魔力が尽きれば母が持っている魔力を回復させる薬草を使い、1日に何度も、何十度も回復術を使い、そしてまずい薬草を食べた。
荒療治のような母子の稽古は大きな成果を上げた。
一月経つころにはスピカのレベルは30も上がり、上級回復術をかじるようになっていた。やり方はともかく、人選は間違っていなかった。
「スピカちゃんは筋が良くてお母様も鼻が高いわ」
愛用の杖(ゲーム中で手に入るシャーリィ専用の最高の武器)を片手に母は嬉しそうに目を細めた。その杖で何度殴られたことか。恐ろしいのは当人が最高に等しい回復魔法の使い手で、決して娘を死なせないという揺ぎ無い自信があるから、この稽古を成り立たせていた。
そして、この稽古では回復魔法だけでなく、薬や薬草の知識を得た。
セイサガには製造というシステムがある。薬草や石、鉱石などの素材を加工してアイテムや装備品を作り出すというものだ。素材はモンスターなどエネミーキャラを倒して手に入ったり、盗んだり、または採取ポイントから採取する。
この製造はセイサガに醍醐味の一つ。
その気になれば町で買い物せずに、製造を駆使してゲームをクリアすることもできる。そんなことをするのは物好きとか玄人とか、こだわりプレイをする人だ。
前世では一度挑戦したが、途中で挫折してしまった。
そして製造には専門のレベルがあり、これを上げることで製造できるアイテムや装備品が増えていくというわけだ。このレベルが上がることで、レアな素材が手に入ったりして、上げないメリットはない。
日中、母が領地の仕事をしていて、稽古ができないとき、スピカは屋敷の隣にある薬草園でひたすら薬を作っていた。こうしてスピカ自身のレベルだけでなく、製造レベルも上がっていった。
そしてスピカが6歳になる頃には、どこに出しても恥ずかしくない、立派な回復術師になっていた。
回復術を選んだのは正解だった。
回復術は癒した体力の数だけ経験値になる。戦わずして経験値を稼いだのだ。
そしてそんなときだった。
「ねぇ、スピカちゃん。治療院でバイトしてみない?」
と母が言った。
「治療院? いいの?」
スピカたちが住むこの屋敷(スピカたちは屋敷と呼んでいるが、アルシュティナーには他に大きな家がないので城と呼ばれることがある)の下にはアルシュティナーの中心街が広がっている。そこには前世で言う病院、治療院がある。母は領民の健康維持のためにこの治療院を無料で開放していた。
スピカが聞き返したのは、自分の腕でお金を稼げるほどなのかいまいち自信がなかったからだ。いくら上級回復術までかじっているとはいえ、治療院にはプロの回復術師が常駐しているわけだし、化け物である母もいる。自分がやっても足手まといになるんじゃない?
「もちろんよ。治療院も助けてくれると嬉しいわ」
こうして、スピカは週二で治療院で働くことになった。
治療院での給料は母が払ってくれ、ゲームにおいても、6歳の少女にしては多すぎる額のお金が手に入った。
前世の記憶がよみがえったから分かるのだけれど、母シャーリィは母としても立派だなと思った。六歳の子ども相手に必要以上に甘やかさず、しかし認めてくれる。母の鑑のような人だった。
美貌を持って、回復術の天才で、おまけに母として、領主代行としても優秀とはさすがヒロインである。
今もしスピカが就職面接でもなんでも受けて、尊敬する人は誰ですか? と尋ねられたらすかさず母ですと答えるだろう。
治療院での仕事ではさすがに面接なんてなかったけど。