おさめ様
「お姫様、いらっしゃい。また来てくれるんじゃ無いかと思ってたよ。おいで、」
祐子は千華を抱き上げて、頬ずりまでした。千華はしっかり抱きついている。実の祖母にあっても、ここまでの愛情表現は無い。
「おばちゃん、犯人自首したな」
亮があっさり云うと、祐子は屈託のない笑顔を返す。
雪奈のことなど忘れていた里美も、つられて笑みが浮かんだ。
「この写真、可愛いなあ。なんか懐かしい。おばちゃん、これって、去年の、入院する前だよな」
亮は鏡の前に置いてあった写真立てを持ってきた。
雪奈の写真だ。
……これが雪奈ちゃん?
事件の時に新聞に載ったであろう写真も里美は覚えていなかった。
初めて雪奈の顔を、ちゃんと見た。
ストレートのロングヘア。前髪だけ眉が隠れる長さでウエーブがかかっている。切れ長で一重の横に長い目で細い顎の綺麗な子だ。
胸から上のアップで、白い半袖のブラウスを着ている。
こんな綺麗な子が、と里美は初めて雪奈のための涙を流した。
「雪奈ちゃん、きれいですね」
でも……丸い目で頬が出ている千華と似てはいない。
強史の葬式の帰りに知らない人が雪奈にそっくりだと言っていたのは、なぜだろう。
不気味な顔の髪長い……アレとも、似ても似つかない。アレは雪奈の幽霊ではなかったのか?
千華と祐子は、ひそひそ声で二人だけの会話を楽しんでる。
「おばちゃん、テレビ付けるよ」
亮は里美だけに話す為に、テレビを付けた。
「俺、あれから色々調べて考えたんだけど」
顔を近づけ小声で言うと、手帳を開く。
「ネットで、オサメ様、三人殺せ、って検索したんだ。そうしたら、いくつか、民話とか、伝説とか出てきた。いろんなバージョンがあるんだけど、基本は、女の子が鬼に食べられそうになって命乞いをするんだ。鬼は助けてやるが、と条件を出す」
「条件?」
「その条件は、どれも同じでね、助けてやったから三人殺せと鬼が云う。女の子は家に帰って、泣いて家族に話す。そして三人死ぬ。死に方は色々だけど、三人、は同じなんだ。」
そんな話があるのなら、千華が知っていた可能性はある。と里美は興味を持った。
「結末は、どうなるんですか?」
亮は里美の問には答えず、喋り続けた。
「おばちゃんは雪奈を助けたくてオサメ様に願った。雪奈は奇跡的に生きて、地主一家三人が死んだ。でも、千華ちゃんは、何故二人で終了なんだろう?……千華ちゃん、あの、黒い箱に入ったオサメ様を貰って帰ってから、三人殺せって、まだ言ってた?」
亮が何を言いたいのか、里美はまだわからなかった。
「確か、そうです、あの箱を貰ってから、一回も言ってませんよ。」
三人殺す、だけは、ずっと今でも気にしているから、里美の記憶に間違いはない。
「なるほどね」
満足げに、亮は手帳を閉じた。
「結末は、どうなるんですか? 出てくるのは鬼と女の子、オサメ様は、カミサマなんですか?」
里美の問いに祐子が答えた。
「身代わりオサメサマ、知らないのかい?鬼に捕まったオサメは後生だから助けてくださいと命乞いした、鬼は助けてやるから代わりに三人殺して胆を持ってこいと云って箱を渡すんだ。女の子は、泣く泣く家に帰って、云われた通りを家の者に伝えた。父親は、娘の為ならと、隣の家に火を付けた。夫婦と幼い子供が焼け死んだ。火の通った心臓を箱に入れて持って行った。家に帰ると娘は死んでいた」
気味の悪い話だと里美は思った……今まできいた覚えが無い。
「チカ、知ってるよ」
千華が、唐突に話に入ってきた。
「オサメさまは、どうか私を食べないで、って鬼にお願いしたの。そうしたら鬼が言ったの。お前の代わりに、キモを三つ持ってこいって。オサメ様は家に帰って、お母さんに云ったの。それでね、お母さんは村の人を二人殺したの。三人目を殺そうとしたんだけど、オサメ様は可哀想になって自分が死んじゃったの」
……知らない、千華が言ってる話は聞いたことが無い。
どこで聞いたかは分からないが、千華はオサメ伝説を知っていた。だから三人殺せと云っていたのだ。
謎が解けた気がした。
里美の胸苦しくさせていた不安の固まりが一瞬で身体から抜け落ちた。
それにしても、幼い千華が、あんなにしっかりした口調で語るのを初めて聞いた。
「姫はかしこいねえ」と祐子が褒める。
「お兄ちゃん、用事があるんでしょう、帰ろう」
千華は、なぜか、勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。
「おじょうちゃん、さようなら、ね」
祐子が鏡越しに千華に手を振った。
「オサメ様は、どの話でも死ぬんだ。助かったのは一つも無かった。神様との約束を果たしても果たせなくても死んじゃうルールみたいだな」
「ルール?」
里美は亮がゲームの話でもするように面白がっている気がしてきた。
千華が聞いているのに、お構いなし。里美は腹が立った。亮を殴ってやりたい。ハンドルを握っているから我慢するしかない。
もうオサメ伝説を聞きたくない。とても怖い。
この話でいちばん恐ろしいのは鬼だ。鬼など空想の世界の存在と誰思っていた。
だけど、もし本当に鬼がいたとして、見た人は鬼と分かるのだろうか……。赤い身体でもなく角も無か ったとしたら、どうだろう?
思い出したくない、モノが、細部までまぶたに浮かんできた。死んだ山田親子の自転車に乗っていたモノ。
真の雪奈と似ても似つかない醜い顔だった。
「次の信号のリサイクルショップで下ろしてください。ちょっと買いたい物があるんです」
いたたまれない雰囲気に、里美は、歩いて帰れるギリギリで降りた。
「俺、千華ちゃん、好きだから、雪奈みたいに死んだら可哀想って、色々考えたんだ。迷惑だったら、謝ります。済みません」
亮の人の良さそうな顔に、悪意は無いと分かっていても、里美は、顔を背け逃げるように車を降りた。




