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三人殺せ  作者: 仙堂ルリコ
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勝也の怒り

最初に田端真弓と会ったいきさつ、つまり今となっては雪奈の亡霊としか思えない長い髪の少女を見たこと、千華が、田端強史のせいで、雪奈が死んでいた、公園のブランコから落ちたこと、ショックで失神して(死んだと思ったとは言わなかった)それから、三人殺せと言うようになった。

そして、一番言うのが怖かったツヨシが落ちた時の事も……松村が丁寧に聞いてくれるので全てを話す事ができた。

「俺も、今初めて聞いたんで、なんて言っていいか頭混乱してますけど、嘘じゃないと思います。霊感みたいなの、あるんです。信じてくれないだろうけど、こいつ俺が働いてる工場の食堂で働いてたんですけどね、注文聞く前に、作り始めるんです。顔見たら何となくわかって、勝手に手が動くって言ってました。皆、不思議がってたんです」

「霊感ねえ」

松村は黙り込んでしまった。

勝也は今里美が話した事を自分も受け入れがたいのだから、訝るだろうとは思っていた。

松村は思い立ったようにズボンの後ろから手帖を出し、里美に質問を始めた。

「奥さんが、雪奈の亡霊が田端親子の自転車に乗ってるのを見た、それが最初で間違いないの?」

「はい。でもその時は亡霊なんて思ってませんでした」

「その次に、お嬢ちゃんが田端強史のせいでブランコから落ちて失神した。その後から、お嬢ちゃんが三人殺せって言い出したのか」

「多分、そうだと思います」

「廊下で田端真弓がわめいてたのは俺も半分聞いた。あの子が悪い、トラックの運転手が、って、……雪奈の事件と一致する。衣服に付いてた塗料は青、トラックに一番使われてるやつだから。田端が事件に関係しているとしたら、雪奈ちゃんの亡霊が奥さんを通して復讐してるわけか。なぜ関係ない赤の他人の奥さんなのかなあ」

口調は柔らかいが松村の細い目は瞬きもせず里美を捕らえていた。

「こんな話、誰も信じませんよね。でも私、田端さん親子に何もしてないんです」

里美がまた泣いた。

千華は里美の膝で眠ってしまっていた。

「でも、ブランコを押した二人の男の子のうち一人は田端の息子だったから、恨んで十一階まで行ったって、さっき言ってたよ。裸足になって、塀に上れるようにアドバイスしてしまった、のが過失か故意かはアンタしかわからない。田端真弓は奥さんに脅迫されてると思ってた。今の話だと、幽霊がお嬢ちゃんに取り憑いてるって訳だなあ。その幽霊、奥さんだけだろ、見たの。奥さんはブランコを押したツヨシを恨んで、仕返しのチャンスを待って付け回していたとする。誰もいない廊下でツヨシ君を塀に登らせた。一年生のやんちゃ盛りだ。塀に上ったら落ちるかもしれないよなあ」

勝也には里美の顔が青ざめていくのがわかった。

強志を里美が死に追いやったと松村は言いたいのだ。あり得ない。幽霊のほうがまだあり得ると、今は思う。でも何も証拠が無い。

…待てよ、不可解なコトがあるじゃないか……コレだ。

「コレを見てください、六月六日です。一月前です。同じ子って思えないでしょう?」

松村は長いこと画像と、寝てしまった千華を見比べた。

「顔がすっかり変わってるでしょう?病院へ連れて行けって言っても、聞かないんです。こいつには娘の顔が今でもひと月前の、この顔に見えてるんです」

里美は頭が混乱してはいたが、夫がまた千華の顔がどうとか言ってるのは分かった。

丸い、瞬きもしない夫の瞳が、幻覚をみているのかと疑がった。そして勝也の言動を松村がどれだけ不審に思うだろうかと心配した。

松村は腕を組んで黙り込んでしまった。

だから、里美も勝也も何も言えなくなった。

不意に、若い男、ずっと黙って枝豆を食べていたのが、喋った。

「父さん、この人達は雪奈の母親があっちの世界じゃ有名人だって知らないんだろ。教えてやれよ」

似ていないが松村の息子、亮だった。

コイツは二十四にもなってるがまだ大学生なんだ、と松村が改めて紹介した。

「母親が、何なんですか」

里美が聞いた。

「雪奈の母親は拝み屋なんですよ。表の仕事は美容院やってるんだけど。駅の北側に古い商店街あるの知ってます?カレン、って店です。店の客相手に裏で商売してるんです。呪い専門らしくて、土地の事で揉めてた相手が火事で焼け死んだ時には、呪いをかけたって、陰で云われてた」

松村親子は「カレン」の近くに去年までは住んでいたという。

駅前再開発区域で道幅を広げるのに立ち退きになり、このマンションに移った。雪奈も母親も古くからの顔見知りだった。三年前に病死した松村の妻は美容院の客でもあった。

「おばちゃんが雪奈を溺愛してたのは近所の人は皆知ってる。あの子があんな死に方して、犯人は只じゃすまないって、カレンのおばちゃんが呪い殺すって、親父も言ってたんだ」

息子に言われて松村は否定しなかった。

そして、唐突に「もう遅いから」と腰を上げた。

これ以上里美を問い詰める気も、救ってくれる気もないらしい。

でも息子の方が帰り際に

「カレンに行ってみたらどうですか。何だったら俺、案内しますよ。一緒に行きます」

と言えば

「こいつは水曜と金曜が暇だから」

と付け足した。


松村親子が帰ったあと、勝也は急に家の中が暗くなったような、ひどく陰気な気分になった。

長い間廊下に居て、ずっと視界にはいっていたから、田端真弓の姿が細部まで浮かんでくる。

青白いたるんだ腕、根元の白髪が浮き上がって見える茶色の髪、洗いざらしのボーダーのシャツ。膝までのオレンジ色のズボン、ガニ股で静止した足。うつぶせに倒れていたから顔は見えなかった。恐ろしい形相でナイフを振り回していた時、鬼のような形相だったが、どんな顔立ちだったか思い出せない、廊下に転がっていた不格好な死体は一生記憶に残りそうだ。

知らない人だから可哀想だとは思わなくていい。俺には関係ないんだ。ひどい目に会ったのは自分だ。惨めで可哀想で腹が立つ。それになんで、雪奈って子がこんな形で自分に絡んでくるのか。嫌だ。あり得ない、全部、里美の妙な力のせいなんだ、関わりたくない。

「ゴメンナサイ」

里美が涙声で言うのも、うっとおしくて耐えられない。

娘の寝顔も耐えがたく醜く見えてしまう。……俺の可愛い千華じゃないみたいだ。

松村の前では妻を信じる夫を演じたが、大切な筈の妻と娘が、今は面倒臭く感じる。

「俺が殺されそうになったり、人が死んだりしてるのに、幽霊がどうとか、馬鹿じゃないのか、千華がブランコから落ちたら、なんで病院へ連れて行かないんだ。どうしてそんな大事なこと俺に言わないんだ?頭打ってたら言動がおかしくなって、変なこと喋って、身体も変になってるかもしれないじゃないか。やるべき事をやらないで、意味不明のことはやるんだよな。もしかして千華に変な歌を唄わせてるのもお前じゃないの?田端のガキにかまって、死なせたり、わざわざ死んだ子と同じ服着せたりするんだから、なにやってるかわかったもんじゃないよなあ」

 言い過ぎているとわかっていても、止まらない。

マンションのローンを払うために、車を手放し、タバコもやめ、夜勤を増やしている、家と工場の往復だけの毎日を我慢してるのに、他にもさもしい真似をしてるのに、結果がコレじゃあ、何のための苦労か、やってられない。良いことなんて一つも無いじゃないか。

言えば言うほど、里美の泣き声は大きくなる。

 勝也は耐えられず、鞄一つに荷物を詰めて、その夜家を出た。工場の敷地内に或る独身寮に空きがあるから、と言い残して。


七月十四日、山本千華死亡まで十八日 


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