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三人殺せ  作者: 仙堂ルリコ
2/16

千華の『死』

六月一日、 田端強史死亡まで十九日


里美が公園に行けないまま六月になった。

 田端親子にマンションの前でまた会った。

 頭を下げたが露骨に無視された。赤い電動自転車、トマトに乗っていた。後ろには、この前も一緒だった男の子が逆向きに乗ってる。落ち着きの無い、ちょっと乱暴そうな子で、足をぶらぶらさせて、千華を蹴るような仕草をする。

この子を髪の長い女の子と見間違える筈はない。母親の服装が似ていたから早合点したのか。でもマンションに入っていくのを見なかったか……だんだん自分の記憶にも自身が無くなってきた。

(母親なんだから、しっかりしろよ)

今日も公園に行かなかったとバレたら、勝也に本当に嫌われそうだ。勝也に疎まれるのは何より怖い。千華は滑り台もブランコも大好きなのに、娘の楽しみをこれ以上奪えない……。

里美は久しぶりに公園に入っていった。千華は嬉しそうだった。

里美も楽しみたかった。

でも、背中に寒気がする。胃が痛い。膝も力が抜けてきた。視界が妙に暗く感じる。急に曇ってきて、今にも降り出しそうだったから、そのせいだ、そう自分に言い聞かせた。

だが公園の駐輪所に立っている看板が目に入ったとたん、一瞬呼吸が止まった。

野閒雪奈ちゃん死体遺棄事件、その目撃情報を求める看板だった。

腰まである長い髪、水色のノースリーブのワンピース。黒いサンダル……。イラストと自分が見た気味の悪い女の子と全てが同じだった……。

「化け物か幽霊だろ?」

勝也の言葉が頭に浮かぶ。自分が観たのは、雪奈ちゃんの亡霊?

あんなにはっきり、一度では無い、三回見たのに……同じ姿勢で寝ているのを三回も見るなんて、変だと今更に気がついた。

「かえろ、かえろ、千華」

「何で?ちか、あそぶ」

「おかあさん、お腹痛くなっちゃった、だからかえろ」

「ちか、一人であそぶ」

千華は里美の手を振りほどき、遊具のほうへ駆けていった。

娘は笑っている。滅多に無い上機嫌だった。

仕方なく、あとを追った。

桜と銀杏の大木が大きな影を落としていた。風にざわめく青葉が心地よいクールな香りを運ぶ。子供達は走り回り、若い母親達のおしゃべりは途切れない。穏やかな明るい風景は里美の恐怖心を少し緩めた。

……ただの偶然だよ、ロングヘアの子多いし、水色のワンピースも黒いサンダルも珍しくない。それに、そそっかしいから、ちらっと目に入っただけで、実は違っているのに同じだと早とちりしたかも知れない、それは絶対無いと言えない。

いくつかのグループが木陰と幼児用の砂場を占領していた。引っ越してきて日が浅い里美に友達はいない。千華にも遊び友達はいなかった。一人で遊ばせるには不安なので、千華のそばを付いて歩く。午後三時、小学生が増えてくる時間帯だ。

低学年の男子数人が遊具を使って鬼ごっこを始めた。滑り台も、ジャングルジムも危なくて近寄れない。遊べないから帰ろうと言っても千華は嫌だという。

「オカアたん、あれ」

ブランコを指さす。

一番左端が開いている。水色のブランコだ。他の三つ、ピンクと黄色とペーパーミントグリーンは順番を待つ列ができているのに、それだけが空いている。

何故?

分かりきった理由に気がつく前に、千華が座っていた。椅子型で幼児でも一人で乗れる。

「オカアたん、押して」

つま先が届かない。


「あー座っちまったよ」

「やばいよ」

ブランコの周りにいた低学年らしい男の子達が、面白いモノを見つけたように言い合ってる。

降りなさい、耳元に言った。千華は従わない。

「どうして?どうして、だめなの」

しつこく大きな声で聞く。皆の視線が集まった。仕方ない、少し乗ったら気が済むだろう。得体の知れない、ひどく嫌な感じを我慢する。千華はご機嫌で大きな声で歌う

「もう、おしまいね」

さりげなく、終わらせたい。でも、

「いやだ、もっと」

 いつになく娘は言う事を聞かない。

「疲れちゃった。押すの、もう無理たから、ね」

正面にまわった。これで終わり、の筈だった。

ところが……男の子二人が頼みもしないのに、入れ替わって押し始めた。一人は見覚えがある。田端さんだっけ、あの子だ。……余計な事を。

「ありがとう、でも、いいからね、構わないで」

聞かない。強く押す。強すぎる。千華の笑顔に不安が混じる。

「とめて」

里美の金切り声に男の子二人は「ちえっ」と言い捨てて、最後に、あり得ないほど勢いよく押した。

「おかあたん」

恐怖から、千華の両手は前に立ってる母親を求めて鎖から離れ、顔はこっちに向かってきた。

ひい、落ちる、頭から落ちる……里美は恐怖に掴まれた。だから、娘が足から無事に着地したのに安堵し、次の危険を見逃した。

千華はこっちに来なかった。

よろめき後ずさりしたが体勢を持ち直して姿勢良く目の前に居る。

ピンクに白いウサギのプリントのTシャツにグリーンのハーフパンツ、どっちもリサイクルショップで買った色あせたブランドもの、やっぱり、お古丸出し、丸い目で茶色がかった髪がカールして、こんなに可愛い子なのに、公園にいる他の子に見劣りする……瞬間、ふと、いらぬ事に頭が回り、戻ってきたブランコを見逃した。

水色のブランコは、丁度、千華の後頭部に届いた。

 ごん、と鈍い音がして、小さな身体は前に倒れた。

「うっわ、これは痛いよ、」

里美は、転んで膝を打った程度のリアクションで、ブランコを自分の身体で止め千華を抱き起こした。

「千華、大丈夫?」

わーっつ、と泣く、筈だ。

頭を打ってもすぐに泣けば大丈夫、だから。

千華は泣かない。眼を閉じている。

「何眠ってるのよ、起きてよ、ほら」

抱きかかえたまま揺さぶる。目を開けない。動かない。

里美は千華が、すぐ目を覚ますに決まってる。だから喋り続けた。

「眠かったんだ、家に帰ったら寝ていいからね。さあ、起きて、家に帰ろうよ、ね」

 ずっと、ずっと話しかけた。

 遠巻きの好奇な眼差のも気付かない。

「病院へ連れてった方がいいよ」

「ぐったりしてるから」

数人の子連れの母親が見かねて声を掛けた。

里美は千華しか見ていない。自分の声だけ聞いている。

腕が痺れる。ベンチに座る。千華は動かない。また立ち上がって、「起きて」 と言い続けた。

暫く前から雨が降っている。

公園にはもう誰もいない。

「起きなさい」娘を激しく揺する。

鼓動は無い。息をしていない。里美は、事実をごまかせるかのように、娘を揺らす……。

そのうちに力尽き果て、千華を抱いたまま倒れそうになった。

だから公園に来たくなかった、わるい事が起こるのを何かが教えてくれてたのに……。

ねえ、教えてくれたのなら、助けてよ、この子助けてよ、何でもするから。なんでもするから、約束するから……。

同じ言葉を延々と繰り返した。天に向かって祈るように……ついには脅すように激しく、「何でもするから助けろ」と。

一瞬めまいがし、足元がふらついた。もう力尽きて立っていられなかった。このままでは後ろむきに倒れそうだ……頭を打ってアタシが死ぬかも……でもいいか。これが悪夢なら、次の瞬間はベットで目覚めるんだ……意識が薄れ掛けた瞬間、千華の声がした。

「オカアたん、寒いよ」

目を開けている。ぎゅっと、確かにしがみつく。

「ああ、神様」

里美は歓喜の涙を流した。

「どうして泣いてるの?」

「嬉しいからだよ。千華が、死んだみたいに動かないから、怖かったんだよ、助けてくれるなら、何でもしますって祈ってたんだよ」

「それは知ってるよ」

母親の腕から逃れ、スクッと立った。

いち、に、さん、小さな指を折って数え、

「あのね、三人殺せって言ってたよ」

にっこり笑って言う。

「何、それ?怖い夢でも見てたんだ」

娘がいつも通りなのが嬉しくて、

千華の言葉を聞き流した。


千華はどこも痛くないと言う。ネットで調べ、痛み、嘔吐が無ければ心配しなくていい、と解釈した。安堵した。だから病院に連れて行かなかった。落ちたショックで気を失っていたか、丁度昼寝の時間帯で眠ってしまっただけ、アタシが勘違いしたんだ、死んでしまったなどと早合点した自分が可笑しかった。

その夜は念のため風呂に入れなかった。勝也には叱られるのが嫌で黙っていた。


暫くは千華の様子に注意した。

変わったところは無く過ぎた。

公園には行かなかった。雨が続くせいもあるが、自分の悪い予感が当たってしまったので、どこであれ禍々しい気配を感じる場所には行かないと決めたのだ。

梅雨が開け、元気な千華にすっかり安心した頃、千華をブランコから落とした男の子に無性に腹が立ってきた。二人居た。一人は知っている。一人は此処の田端、十一階と言っていた。


六月二十日、 田端強史死亡。享年七歳


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