怨霊
「岩ちゃん、殆どうちにあったモノだな」
店長の小林は呆れたように呟いた。
「ホワイトレジデンスの山本って、やっぱ、この前来た、顔面老婆の子連れてた、アレでしたよ、」
店員の岩田は面白い話をするように小林に報告を始めた。
「ふうん。それで、なんで女の子の服がたくさんあンの?」
「死んだらしいですよ。それがね、どうも、あの日の夜に」
小林は指からタバコを落とした。
「やだねえ、勘弁してくれよ。ゲンが悪いよ」
「すぐ売れますよ。女の子のブランドモノは回転早いから」
「でも高値で売れる物はないぞ」
言われて岩田は毛布でくるんだ大きな黒い木箱を引きずってきた。
「これはどうです?」
小林は、眼鏡を掛け丹念に調べた。
「この蓮は素人が彫ったモンじゃないな。元は蓋に蝶つがいが取り付けてあったみたいだな。底に近いところに細長い穴が四つ。元々は相当古い物っじゃねえか。何回も漆を重ねてる……でも、なんか、コレ、見覚えある」
盗難届が出ている美術工芸品のファイルを開けてみた。
「あった、これだ。奈良県の三上神社から盗まれたモノだ」
盗難届けが出されたのは15年前だ。
「盗難品なんですか。じゃあ、儲けにならないじゃないですか」
「残念だが仕方ねえな。しっかし、なんか気になるなあ。一体何に使ったのかな。……どうみても、赤ん坊の棺に見える。けど、死人を入れるのに穴を開ける必要はないよな」
小林は箱を引きずって事務所に移動し、パソコンで三上神社を検索した。
人身御供の儀式が伝承されている神社として有名だと、わかった。
「岩ちゃん、人食いのカミサマへの捧げ物を入れる箱だったらしい」
「人食いですか」
岩田も作業の手を止め、パソコンの画面を覗きにきた。
画像を検索すれば、足下の黒い箱がでてきた。
指定文化財だった。
由緒正しきモノらしい。
箱の中に団子を三個、山のカミサマに奉納し,巫女が神楽を踊る。
年の初めの行事に使われている箱だった。
「行事の起源が、おっそろしい話だぞ。カミサマは毎年里へ下りてきて、村人を喰ったんだってさ」
村人は無差別に襲われるのはたまらないから、先手を打つことにした。
「この箱に、娘を入れてカミサマにお供えしたんだ」
「娘って、この箱に入るんだから、まだ子供ですよね」
「うん。女の子は、カミサマに納める供え物だから、オサメと呼ばれたんだって」
「オサメ? オサメ伝説のオサメと関係あるんですか? 鬼に喰われそうになったけど、命乞いして代わりに三人殺すっていう、昔話」
「オサメ伝説? 何だそれ?……おう、コレか。あったぞ。
三上神社の儀式が、オサメ伝説の起源だという論説だ。三上村のオサメは貧しい家の娘が選ばれた。隔離して大切に育てられた。ある寒い年のこと。カミに喰われたはずのオサメが村に帰ってきそして3人の村人を殺した……何でもするから命は助けて下さいとカミに命乞いしたところ、お前の替わりに村人3人の肝を持って来いと……」
小林は大きなため息をついて,新しいタバコに火を付けた。
岩田は店長の見慣れない暗い表情に戸惑う。
常に軽口を叩いてる人が、こんな風に黙り込むのも初めてだ。
「すまん、マジになっちまった。時代の流れでリサイクルショップだけど俺んちは曾祖父の代から骨董品屋なんだ。古いモノは信仰と関係あるだろ。そいでもって、大学で民俗学、かじったわけ。
この箱、穴が空いてるだろう。これは中のオサメが息が出来るように細工したのかな。同時にこの穴なら虫か、ネズミでも中に入れそうだ。俺の推理では、多分放置しといてオサメは餓死して腐敗してウジがわいて……一年後には骨になってたんじゃ無いか。山のカミサマがお食べになったと解釈できるだろう」
「そ、その方が残酷じゃ無いですか。いっそひと思いに殺された方がましですよ」
岩田は箱から逃げるように後ずさった。
「難しい話は分かんないけど、この箱、出何処考えると、その話気味が悪すぎますよ。顔面老婆の、ちょっと思い出すのも怖いけど,あの子が店に来た日に,死んじゃったらしくって、そいで、葬儀屋の田中さんの紹介で後始末がうちに,廻ってきて……」
「俺も、さっきから、それが、気になってるんだ。こんなのも出てきたぞ。この箱で三人殺せるって、どっかの拝屋のブログがある」
「三人、殺せる?……この箱で三人殺すって、オサメの怨霊を呼び出すってことですか」
「マニュアルが書いてある。必要なアイテムは、」
一、新しい死体。女子に限る。座って頭を膝に押しつけて箱に入る大きさ。髪は長い方がいい。死体は、できれば美しい方がいい。
二、札。貴方が殺したい三人の名前を書いたヒトガタ三枚。たとえば、もし殺したいのが一人の場合、あと二人、ついでに殺す人を決めなくてはいけません。
※二を怠るとオサメは貴女の身近で適当に3人殺すかも
三、三上神社の箱。
三の中に一、と二をいれます。
三の中に一を入れるのが無理なら一を三の中に入っている形にすればOKですよ。
体育座りさせて頭を押さえてて下さい。
抱きかかえても同じような格好になりますね。
そして呪文を唱えます。簡単です。
「カミサマ、助けて下さい、なんでもします」です。
オサメ達が箱の中で最後に唱えたことばですね。
一が蘇生したように見えたら、術は成功です。
箱に憑いているオサメの怨霊が一に宿りました。
貴方が何もしなくても三人は死にます。一は死体にもどります。
注意事項:一は徐々に死体に戻るので、醜くなっていきます。そのせいで術がバレないように一を隠すとかの工夫が必要です。
「軽いですね。コレ冗談でしょ。まさか、真に受ける奴いないでしょう」
「そうならいいけど。実際誰かが盗んで、まわりまわって此所にあるわけだろ。こんなデカい箱、何のために盗んだのかって不思議じゃないか。金の仏像とかなら闇で高くうれるけどな」
「山本の旦那が盗んだんですかね。子供が死んで例の電動自転車の一件、うやむやになっちゃったけど。プロの泥棒だったりして」
「プロの泥棒がだよ、面が割れてる店に盗品は流さないよ。それに不要品の処理で受けた仕事で、こっちが金貰ったんじゃ無いか、」
話の途中で岩田は、「いらっしゃいませ」と店先へ出た。
「客が入って来るわけないだろ、」
シャッターはとっくに下ろしていたのだ。
「あれ、……確かにいたんだよな」
岩田はまだ店の中をうろついている。
「おい、また猫が入り込んでんじゃ無いの。捕まえて追い出してよ」
気になって小林も見に行った。
「違いますよ。女の子です。此処に立ってた。変ですね。でもはきり見たんです。ピンクのシャツ着てた。ウサギのプリントに見覚えがあります。店に同じのがあったのかな」
「ピンクで、ウサギって……」
口を開けた段ボール箱の一番上に、ここに在るではないか。
うわーと小林は叫んだ。
岩田も同じモノをみて、女子のように、きゃーっと悲鳴をあげた。
「……も、もしかして、」
男二人、抱き合っいた。
「お、おい、落ち着け、いいか俺たちリサイクル屋じゃないか。死人が使ってたモノなんて珍しくもない、よな。幽霊怖がってるようじゃあ、プロといえないんじゃないか」
「は、はい。自殺した人の遺品とか、最初は感じが悪いとか思ったけど、もう慣れました。血が付いてたって何とも思いません。でもね、怖い。……いるんですよ、あの死んだ女の子が」
「そうか。そうか、わかった。お、俺も何でだか、無性に怖い。こんなに恐ろしいのは、ただの幽霊じゃないかもしれない」
「だから、あれでしょ、箱に取り憑いてるオサメの、……オサメたち、かな。何人もこの箱の中で……」
「言うな、その先は言うな」
二人は、黙って見つめ合った後、山本家から引き上げたモノをせっせと店の外に運び、
「ご自由にお持ち帰り下さい」と札を立てた。
次の日、開店時刻の十一時には、段ボール箱七個と電化製品、家具、綺麗さっぱり消えていた。
同業者が全部引いていったと店長の小林は喜んだ。
黒い箱は
朝一番に警察に連絡し、
無事に
元在った神社に戻った。
了
最後まで読んでいただきありがとうございました。
仙堂ルリコ




