別れのあいさつ
「……そうです。秋田です。主人の実家なんです。お義父さんが帰ってこいって。千華は秋田の墓に入るんです。だから四十九日までに引っ越すことにしの……大丈夫です。リサイクルショップの人が来て、ゴミも全部持っていってくれるから。必要なものは先に送ってるし」
亮は引っ越しの手伝いを申し出たが、里美は丁寧だが素っ気なかった。
これが最後にしては物足りない。
出ていくのを喜んでるくせに勝手なことを思った。
別れの挨拶以外に、もっと、濃い会話があってもいいんじゃないか。
「あの、えーと俺、」
切り出したが、なんと話を続ければいいのかわからない。
里美も半開きのドアをどうしていいのか戸惑っている。
「誰?」
勝也が顔を出した。
大きな箱を抱えている。
黒い漆の、里美が雪奈の母から貰った、例の箱だ。
「うあ」
亮は一歩下がった。
里美も反射的に箱から逃げ、結果廊下に出た。
勝也は箱を廊下の床に置いて、二人のリアクションを気に留めず、箱の蓋を開けた。中身は空だった。
「これ、里美のか? 中にゴミが入ってたらしい。値打ちの在る骨董品じゃないのかって。持って行っていいのか、後で揉めたくないから、確認してくれってさ」
「持って行ってもらって。私は、いらないから」
里美の声が震えている。
箱の素性を聞いていないのか、勝也は惜しそうに箱を撫で、
「ネットオークションで高く売れるかも知れないよ」
亮に、いらないかと聞く。
「あ、俺も全然、欲しくありません」
それなら、と勝也は家の中に入った。
里美は黙って、彼方を見ている。
「……大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないけど、諦めなきゃね。アタシ、娘が可愛い盛りにいなくなるなんて、まだ受け入れてない。だって、小学校行って、中学行って、おしゃれして、親ばかだけど、可愛いから高校生になったらモテて、彼氏連れてきてって、まだ思ってる。病気とか事故で早くに子供を亡くした人は皆同じだと思う。そして、あの時病院に行ってたら、とか、出かけるのがあと一秒ずれてたら、生きてるのにって、ずっと思うんだ……」
独り言のように、淡々と話していたが、不意に堪えきれぬように涙を流した。
「アタシ、あと一人死ねば終わるって、心のどこかで待っていた。三人死なないと、千華が死んでしまうと思っていた。カミサマ、千華だけは助けてください、って心の奥でずっと祈ってた。でも、どう?千華が死んじゃったのよ。カミサマなんていないんでしょうね。カミサマも鬼もいないのよ。そんなこと知ってた。千華が死んでしまうのも知ってた気がする。此処へ引っ越してきた時から、悪い予感があった。千華が儚げに見えて、ずっと不安だったの」
その予感は、霊感なんだろうかと亮は考えた。
霊感なんて思い込みだと今は否定できない。
里美だけが娘の醜さ知らないのは精神の病なんだろうと思っていた。
それだって、里美が持っている特殊な力のせいだと、漠然と思った。
現実の醜い娘を見なくて良いように里美は無意識に自分を守ったのかもしれない。
「千華ちゃんのこと、忘れませんから」
月並みな言葉で、亮は里美と別れた。
「ああ、怖かった」
亮は怖い映画を見終わった後のように声に出していた。
伸び伸びした気分を取り戻したところで、心に余裕が出来た。
「あの子、可哀想だったなあ」
醜い顔は気味が悪かったけど、自分は気にせず普通に接した。
死んでしまった子に優しくしてあげといて良かったと、まず思った。
「始まりが死体の血の始末だろ、それからカレンに連れてって……」
一連の出来事が、安心しきった今では、随分昔のことの気がする。
誰も褒めてくれないが、自分は結構、力になってあげたんだ。
里美から結局感謝の言葉は無かったが。
「オサメ伝説も調べてやったんだ」
三人死んで結局女の子も殺される、だっけ。
何となく思い出して手帳の走り書きを見る。
千華の喋ったオサメ伝説に、頁をめくる指が止まる。
「オサメさまは、どうか私を食べないで、って鬼にお願いしたの。そうしたら鬼が言ったの。お前の代わりに、村人の心臓を三つ持ってこいって。それでね、二人殺したんだけど、三人目の人は可哀想でオサメ様は自分が死んじゃったの」
自分が死んじゃった、と千華は言っていた。
それで、あの夜に、死んだ。
……また恐怖が襲ってきた。
考えるな、俺は関係ない。
忘れてしまえばいい。
亮はメモをちぎって灰皿で焼いた。
「……確か箱の中身を写真に撮ってた、どこだ、」
スマホで撮った、消してしまおうと、オサメ様を探した。
コレだ。
髪の毛の固まりと板のヒトガタ、
ただのゴミだ。
忌々しく見つめる目に、実際手にした時には気付かなかったことが見えた。
オサメ様は一枚の板じゃ無い。薄っぺらいのが三枚重ねてあった。
「これは、おばちゃんが、作ったんだっけ」
最初は雪奈の身代わりの人型だと思っていた。
髪の毛で、ぐるぐる巻きにして箱に入れて、守っているのだと。
しかし、三体、だ。
これは誰の身代わりなのか?
考えたくもないが、守るためではなさそうだ。
祐子はオサメ様に祈ったと言った。
でも、祈る相手はオサメじゃない、鬼ではないのか。
そして箱の中は鬼への捧げ物、人の肝三つでなければいけない。
三体の人形は,三人の身代わりか。
溺れて死にかけた雪奈、雪奈の生還、地主一家三人焼け死、雪奈の死。
と、事実を時系列に並べてみた。
反魂術で雪奈を蘇らせるために、三人呪い殺した。
雪奈が「三人殺せ」と言い出したと言っていた。
だけど本当にそうか?
目的は雪菜の生還かなのか……逆じゃ無いのか。
やっぱり、地主一家を殺すための呪術であったような気がする。
雪菜は呪術に必要な道具……かも
また考えてしまったが、(忘れろ)と自分に言い聞かせる。
疑ってるのを知られたら、俺だって呪い殺されるかも知れないじゃないか、と。
「おっかねえ」
亮は父親の口ぶりを真似て、ぶるっと身体を震わせた。




