表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三人殺せ  作者: 仙堂ルリコ
10/16

疑惑

「ねえ、赤い自転車買おう。おとうさんのと、同じの」

買い物の予定は無かったが、大きな声で何度も千華が言うので、店員が寄ってきた。

小柄で愛嬌の在る丸顔の三十代の男だ、

「電動自転車は置いてないですよ。普通の自転車なら、そこに並べてる以外に、中にも有りますよ。子供用の綺麗なのも」

里美に説明しながら横目で千華の顔を何度も見る。

ロリコンかと、里美は不快になる。

「そうですか、主人が前に、電動自転車を、こちらで買ってきたから、またあるかなと思って」

さっさと帰ろうとしたら、呼び止められた。

「ちょっと、ちょっと待って、それ、いつですか」

「え?いつって、四月の初めかなあ」

「此処で、買ったって、間違いないんですか。今年の四月に、」

なんで、申し訳なさそうな顔でしつこく聞くのか?

「リサイクルショップって言ってたから、だから此処かなあって。うち、旭が丘公園の上なんですけど、駅からの帰り道に、買ってきたって……」

「もしかして、トマト?」

「……そうですけど」

店員は里美のジャケットの裾を掴んで、「店長、店長」と叫ぶ。

……何?これじゃあ、まるで万引きでもしたみたいじゃない。

「ちょっと、なんなんですか、放してくださいよ」

言ってる間に、大柄で短い髪を金に染めた四十代の男が,後ろに立っていた。

「奥さん、中、入って。中で話、しよう」

 嗄れた、脅すような声、有無を言わさぬ気配だ。

 里美は理由がわからぬまま、二人の男に挟まれるようにして店の奥の、狭い事務所に連れて行かれた。

 吸い殻があふれた灰皿が二つ、たばこ臭くて、気分が悪くなる。

「痛いよお」

 千華の手を強く握っていたのだった。

「お嬢ちゃん、すぐ終わるから、ごめんね」

 店長小林、と書かれた写真入りの身分証名称をぶら下げた大男は、千華には猫撫声だ。

「これ、警察からまわってんだよ」

 ばん、とテーブルの上に置かれた書類には、「トマト」の写真があった。

「盗難届け出てるんだ。事件がらみでね、知ってるだろ、雪奈ちゃん事件。これ雪奈ちゃんがコンビニで盗まれたのと同じやつ、アンタの旦那、此処で買ったって言ったんだよな」

「ちょっと待ってください、雪奈ちゃんの自転車を盗んだのは、同じマンションに住んでる、田端って人ですよ、」

「そんな話、警察から聞いてないよ。いいか、この店でも、他の店でも、トマト はまだ一台も扱ってないんだよ。……アンタの旦那は嘘付いてるんだ。何で嘘付いたんだろうなあ。考えろよ、わかるだろ、コンビニで盗まれたんだよ、どこのコンビニか知ってるか? 旭が丘公園の向かいの店だよ、そう、この道真っ直ぐ上がっていったところ」

「そんな、あり得ません、主人は,泥棒なんかしません」

 里美の声は小さくかすれて、自分の耳にさえ届かない。

 勝也が自転車泥棒?

 しかも、雪奈ちゃんの自転車を?

 絶対違う。

 じゃあなんで話が合わないの?

 頭に血が上ってめまいがしてきた。涙がボロボロこぼれた。

 

 ぞっとした。泣いてる場合じゃ無い、何とか、切り抜けないと、

「あの、もしかしたら、新品同然、って言ってたけど、ピカピカだったんで、リサイクルショップは嘘で、新しいのを買ったかも。そうですよ、アタシが怒ると思って嘘ついたんです。あり得るでしょ?聞いて、確かめますから、だって、わかんないじゃ無いですか」

 言ってるうちに、そうかも知れないと思えてくる。

「子供の服、うちにあったやつですよ。奥さんの鞄も、そこのキズに見覚えがある」

 それまで黙っていた店員が店長に告げた。

「……お得意さん? そいじゃあ、会員登録してもらってるのかな」

 店長の目つきが若干柔らかくなった。

 里美は財布から会員カードを出した。店長は店員にナンバーと名前を控えさせた。

「じゃあ山本さん、ご主人に確かめていただきましょうか。何分警察が言ってきてる訳だから、こちらとしては聞き捨てに出来ないですよ。二三日うちに、こちらから電話しますから、おたくのトマトの出どこ、はっきりさせといて下さいよ」

 犯罪者のように拘束される理由はない、強気で、千華を抱きかかえて、店を出た。


「あのね、今日ね、リサイクルショップ、行ったんだ。いつも行くとこ。もしかしてトマトがね、安くあったらいいかなって思って。そしたらね、電動自転車は扱ってないって言われた」

 暗い部屋の中、隣でもう眠っているかも知れない夫に、里美は何気なさを装って、伝えた。

 返事が無ければ、明日にしよう。もし、「あった?」と普通に会話を続けてくれたら、警察のビラ見せられた話をしよう。

 ……夫は、勝也は泥棒などしない。わかりきってる。夫は動かない。眠っているのだ。里美にも不安に勝ってくれる眠気がやってきてくれた。


「それで?お前、何喋ってきたんだ」

 夫の声を夢だと思っていた。

「おい」と身体を揺すられた。

 目を開けると、勝也は座っていた。暗くて、顔が見えない。でも、怒っているのは分かる。嫌だ、何故?

「お前、俺を売ったのか、言えよ、おい、たかが自転車一台で、俺の人生つぶしてきたのか」

「なんの話? アタシ何にも言ってないって……もう遅いし、」

 里美は取り繕いながらも、耐えきれず涙が溢れてきた。

 なんてことだ、考えもしなかった。雪奈の自転車を盗んだのは、勝也だったのか。

 ぎしぎしと勝也は歯ぎしりしている。暗い部屋のその顔だけ闇が濃く、絶望の穴のように里美には見えた。

 何も言いたくない、聞きたくない、長い沈黙を、破ったのは、バタンとドアの開く音と明るい台所に立っている千華だった。

「お父さん、泥棒だね。犯罪者は死刑になっちゃうの」

いつから起きていたのか、どうして、台所に居るのか、何が面白くて笑ってるのか。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ