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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Antidote─アンチドート─「新たな出逢い」

作者: しげ


───デウェル、デウェル。私の可愛い────






目を覚ました彼は建物の隙間から暁の光が入っていることに気が付く。




伸びかけた髪をかきむしり舌打ちをする。


「──あれから、どれだけ経ったと思ってんだ──」




「あの事件」から二ヶ月経った。デウェルは屋敷から程遠い街に居た。

あの屋敷の凄惨な事件は、一人の奴隷が自由を欲して起こした──そういう事になっているらしい。しかし、主人の惨たらしい死に様や、金品があらかた無くなっていたことから怨恨があったのではとも噂されていた。




デウェルはクッと笑い、煙草を口に運ぶ。

デウェルの居るジエマという街には平穏などという言葉は程遠い場所だった。犯罪が日常茶飯事の、何処の街でも上手くやれない人間が体よく押し込められているだけの。

政府がこの街の存在を黙認しているのは、そうでもしていないと所謂「上流階級」の人間の圧力があるからだった。

それもそうだろう。自分の住む街に犯罪者共が犇めいていては危険以外の何者でもない。





デウェルもそんな爪弾き者の一人に違いは無かった。──ここならわざわざ探される事もない。




煙草に火を着け、煙を吐く。自分の髪と同じような煙を眺める。




デウェルはこの二ヶ月で大体のこの街での生き方を学んだ。

酒、煙草、女──デウェルは金に困れば女に買われていた。

女共もこの顔に惹かれて馬鹿らしいくらいに釣れる。お陰様でデウェルは楽な暮らしをしていた。




三本目の煙草を吸おうとしたら箱の中は空になっていた。箱を捻り潰し投げ捨てる。

煙草屋への道で三人の男たちに囲まれた。手にはナイフや鉄の棒を持っている。


「オニーチャン、そんな可愛いお顔で煙草かよ?俺らにも恵んでくれよ〜」


そう言って下卑た笑いを起こす男達にデウェルはニコリと笑って通りすぎようとする。だがやはり男達がデウェルを逃がす訳も無い。


「おいテメェ聞いてんのか!?この──」


デウェルの肩を掴んで男は凄む──筈だった。

男の右手の人差し指から薬指まで、突如として地面に落ちた。


「はっ…?いっ……ぎゃぁああああああ!!」


その様子を理解する前に、残りの二人も武器を持った手首から下が切り落とされる。


悲鳴にどよめく人混みを尻目にデウェルは隠し持っていたナイフを仕舞う。

この二ヶ月でナイフの扱いにも長けた。──それもそうだ。「初めて」の相手も刺し殺したのだ、今更人を斬り刻む事に恐れも迷いもない。



まるで何もなかった様に煙草屋で煙草を二箱買った。そろそろこの地区からも離れないとな…



ジエマの街は四つの地区から出来ている。大まかに東西南北なのだが、東のヘンカー地区、西のムラク地区、南のマーリニヤ地区、北のモウト地区である。デウェルは今は北のモウト地区に居る。


「──次は西でも行くかな──…」


そう呟き露店で買ったサンドイッチを食べる。肉が入っている食事は久しぶりだった。噛みしめて居ると鼻の奥に血の匂いを感じ、吐き出す──これはデウェルにとっては当たり前だった。一週間人肉を貪った──あの感覚がデウェルに肉を食べさせない。

金をかけた割に腹は膨らまなかったのに苛々しながら歩く。




面倒事が多い大通りを歩かなくなったのも、ある意味ではこの街での生き方なのだろう。

気配を消して細い路地を行く。



「おっと、ごめんなさい」



路地でぶつかった男の言葉に顔を上げる。

ここではぶつかった相手に謝罪する人間など居ないに等しい。


「──ん?君は──」


何だか妙に背の高い男だった。──それに黒いスーツに整った黒い髪──右の頬から耳に架けて古い傷があった。

身なりのいい男だな、因縁を着ければ金を落として行くだろうか。


「おいオッサン、そんなもんで謝ったつもりかよ?ここを何処で、俺が誰だかわかってんのか?」


すると男はきょとんとした様にこう言った。


「ジエマの街のモウト地区…ですよね?えっえっ私道間違えてました?!ここ何処ですか?!」


とおろおろし出した。

──こいつ、馬鹿なのか?まぁいい。金さえ掴めたらどうでもいい。


「それで合ってる。オッサン、人にぶつかったらお詫びをするもんだろ?」


デウェルはナイフを取り出す。男はビクッと身を縮めた。


「うわっ、何てことを!」


もういい手指の二、三本落として手っ取り早く金を──

そう思ったかどうか早く、デウェルのナイフが、いや、デウェルの右の手首が落ちた。

男は先程までとはうって代わり冷たい目をしていた。


「──私の前で、そんな玩具を出すなんて。」


手から血が止まらない。男が近づいてくる。


「来るんじゃねぇ!」


そう叫んで拳を振るうデウェルだが、男は飄々としながらそれを避け近付く。


「くっ…そ…」


出血でふらりとその場にへたりこむ。男はデウェルの脇にしゃがみこむ。


「──あぁ、あぁ。貴方です。良かった、見付かって。」


「……?……」


なんの事だ、俺を知ってるのか……?

不審だが、もし警察や政府の人間なら、俺を──「事件」の犯人を、捕まえに──?そう思ったが、どのみちこの出血では────そう考えていると、男は切り落としたデウェルの手首からナイフを剥ぎ取り、手首だけをデウェルの方へ投げた。


「早くくっつけなさい。血が止まらないですよ。」


「……はぁ?切れた手がくっつく訳……」


「いいですからホラ」


デウェルの言葉を遮り男がデウェルの手首をデウェルの腕に押し付ける。────すると手首と腕がみるみるうちに接合されていった。


「……──はぁ……?」


「やっぱり貴方ですね。いやぁ、異端だ。君は実に異端です。」


デウェルは接合された右手を見る。──動く。斬り落とされ、その後接合された手が、動く。


「私の息子が貴方を見つけてなければ危ないところでした。貴方のその異端を放っておくといけないんですよ。」


漸く回り始めた頭で言葉を紡ぐ。


「何だよあんた……警察……か?」


すると男はニコニコと笑って答える。


「いやいや、私の名前はアルギント。──ただの何でも屋です。」


「何でも屋…?俺を、放って置かないってどういう事だよ…殺すのか…?」


ニコニコ笑っていた男が吹き出す。


「──ブハッ!ちょっ、それならわざわざ手首返さないんですけど──!!」


苛々する男だ。なんなんだこいつ。


「じゃあ───」


「家族になって貰います。」


「あ?」


訳が解らない男の提案に思わず聞き返す。


「だから、私の家族になって貰いま〜す!いやいや、ヤッタネ!」


「…はぁ!?」


「断る権利はありませ〜ん!はいはい!人が集まって来るんじゃないですか?早く行きましょう早く!」



そう言うと男はふらふらしているデウェルを小脇に抱えて歩き出す。


「っちょ、なん、おい!離せ!離せ──!」




デウェルの声が宵闇に吸われて行った。





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