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あめのざれこと

八雲散る国の王子さま

作者: こなゆき

ミナトという男の子がいました。

ミナトには、ミホという妹がいました。


ミナトのお母さんは、半ば攫われるようにしてとある国の王様のお妃様になったひとでした。


王様はミナトのお母さんに、豪華な召し物や飾り物をたくさん与え、領地のなかにあるお城に住まわせていました。


ミナトのお母さんは、 それらに心を動かされることはありませんでした。


そしてある日、ミナトとミホをお城に置いて、自らのふるさとへと帰ってしまいました。


折角手に入れた美しい妃に逃げられた知ったミナトのお父さんは、大変怒りました。


そして「逃げた女の子どもなんて顔も見たくない」と、ミナトとミホのことを嫌うようになりました。


それでもミナトのお父さんは、ミナトとミホを自らのお城に住まわせていました。


ミナトの腹違いの兄であるツムハが、「このふたりを手放すことは、この国の為にはならない」と言ったからです。


ツムハは、あらゆる物事を見通し、自らの言った通りにさせる力を持っていました。


ツムハは、ミナトには「蛇のごときするどい勘と戦の才がある」と、ミホのことは「巫女としての強い力を持ち、類稀なる美しい娘になる」と見抜いていました。


彼らを自らの国のために「使う」ことは、国を栄えさせることに欠かせない、と。


そうしてミナトは国の為に戦う「剣」として、ミホは他の国へ贈るための「宝物」として、大きなお城の中で、沢山の従者に囲まれて暮らしておりました。


お城には、お父さんやツムハ兄さんをはじめとして、ミナトとミホを「使う」ためのものとして見るものばかりがいました。


そんな訳でミナトとミホは、沢山のひとに囲まれていながら、ふたりきりで互いを支えあっておりました。


しかし、そんな暮らしもミホが「宝物」として他国に贈られた日、つまりはお嫁に行った日に終わりを迎えました。


+ + +


ミホを失ったミナトの隣には、彼を「使う」者以外に誰もいませんでした。


いよいよひとりぼっちになったミナトに残されたのは、彼の「持ち主」であるツムハだけでした。


ミナトは、ツムハの「剣」になることによって、ひとりぼっちの悲しみや寂しさから逃れ続けました。

「剣」であり続ける限りは、それらを感じる心を持たずに済んだからです。


ミナトはお父さんやツムハの「剣」として、ツムハの言葉のままに、彼の邪魔をするものを殺してきました。


ミナトは誰かを殺しても、心が痛むことはありませんでした。

そのことで気味悪がられても、悲しいとも、寂しいとも思いませんでした。


なぜなら「剣」に心は要らないから。


故に、ツムハによって「剣」としての役割を解かれた時、ミナトは、時々胸の奥にぽっかりと穴が空いたような暗い感じに襲われました。


しかし、その感覚の正体を掴んでだら何かが壊れてしまうような気がして、ミナトは暗闇から目を逸らすべく「剣」であり続けるようにしていました。


+ + +


しかし、ミナトはある日ツムハから「人」に戻るよう、言葉を託されました。


ツムハは、自らの父親が治める国を、天より降りてきた神様に譲ることを選んだからでした。


ツムハはミナトに「天の神様には、お前のことも話してある。

彼らについて行くのも悪くないだろうし、嫌ならこの国に囚われず、どこかに旅に出るのも悪くないだろう」と言いました。


そして、今までミナトを「剣」として「使う」ことだけを考え、ミナトの気持に寄り添わなかったことを詫びました。


最後にツムハはミナトに、兄として、家族として幸せを願う旨を口にして、海へと身を投げました。


ミナトは一振りの「剣」としてではなく、ひとりの「人」として、国に残されました。


残されたミナトは、自分がこれからどうすれば良いのか解らず、ただ呆然としていました。

そうして、今まで胸の奥にぽっかりと空いた暗闇の奥を、はじめて向き合うことになりました。


+ + +


そこにあったものは、今までなんとも思わなかった筈の酷い言葉の数々。


幼い頃に住んでいたお城で、召使いから蛇の子、忌み子、と呼ばれ、気味悪がられたこと。


寂しいそうに外を眺め、こちらを見ようともしない母の横顔。


お父さんから「お前なんかにこの国は継がせない」と言われたときのこと。


「剣」として使う分には有り余るほどの価値がある、と告げるツムハの冷たい目。


武術の腕前を上げる中で、それを妬む者から口さがなく化け物と呼ばれたこと。


そんな中で、たったひとりの大切な人だったミホと寂しさを分かち合った日々。


でも、それもいつしか終わり、自分は本当にひとりぼっちになったと感じた時のこと。


それらの辛い記憶から逃げるために、ツムハの言葉通り「剣」で有り続けたこと。


それでも戦が終わったあと、剣でなくなったあと、胸の奥にある暗闇は消えなくて。

だから、暗闇から逃れるために、心を消すために「剣」であろうとし続けて。


でも、自分を「剣」にしてくれる人はもうどこにもいない。

「人」として生きようにも、どうすれば良いのかわからない。


だからミナトは、お父さんの、ひいてはツムハの国の「剣」であることを選びました。

それが「人」として生きるように言われたミナトが、最初に選んだことでした。


そうしてミナトは、ただひとり天の神様の兵士である雷の神様に戦いを挑みました。


しかし、雷の神様はとても強く、何者も恐れぬ心の持ち主でありました。

死を恐れ、ひとりになることを恐れる「人」に戻ったミナトは、彼に勝てませんでした。


雷の神様と戦い、彼の両腕はあらぬ方向に曲がり、使い物にならないくらいに傷つきました。

雷の神様は、それでもあくまで「剣」でありたいと願うミナトを哀れに思い、彼を介錯しようとしました。


しかしミナトはそれを拒み、ツムハがそうしたように、自らと白波の中へと姿を消しました。


ミナトの血潮に染まった潮目が、蛇のように北へと伸びて行くのを、雷の神様は静かに見つめていました。


こうしてミナトは海へと姿を消し、ミナトの父親が、ないしは兄のツムハが治めていた国は、天の神様のものになりました。


+ + +


ミナトが身を投げた浜より少し北へと向かった地の海辺で、ミホは白波の中を揺蕩う大蛇を見つけました。


大蛇はしばしミホを見つめるように、波間から首を擡げていました。


しかし、大蛇を追うように雷雲が現れると、かれは再び波間へと姿を消しました。


ミホがその大蛇を見たのは、それが最初で最後でした。


その大蛇は雷雲に追われながら風を運び、北と東の狭間へと向かいました。


そうして大蛇が辿り着いたのは、天の神様の治める国の中央にある、原始の森と、湖のある、彼らにまつろわぬ一族が住まう地。


その地の名は、諏訪。


その大蛇は、ミナトは、その地で新しい名ーー虹臥(こうが)という名を授かり、その地の神様今でもそこに居ます。


+ + +


彼が神様として認められるまではまた一悶着あるのだけれど、このお話は、先ずはこれでお終いです。

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