第2球目 故郷に向かう
暑い・・・あつい。
目を覚ますと体中からとめどなく汗が流れ出ていた。季節は夏。時期は学生の醍醐味夏休みにあたる。二階の一室にある俺の部屋はエアコンの設置はされていなく扇風機だけでの一夜を過ごした。
あれからは四人で小さいパーティーを行ない夜になって3人とも自宅に帰って行った。片づけのことをすっかり忘れていた俺は帰るのを渋っていた三人を思い出し一人納得して掃除を遅くまでしていた。じいちゃんもやはり俺の奇跡の回復が嬉しかったのか珍しく友達と飲みに行ったらしかった。
胡坐をかいてぼぉ~っと天井を見て思った。
「シャワー浴びよ。」
帰りがけに三人が言ったように今日はみんな用事があるようで来れないらしい。俺は冷蔵庫に入っていた麦茶をコップに注ぎ一気に飲み干す。
「・・・そうだ!何やってんだ俺!」
慌てて携帯のアドレス帳を見るが俺の思った奴らのは一つも入っていない。それもそうだ携帯までは一緒にはなれまい。
慌てて新聞紙がまとめられているところにいき目当ての日にちを呪詛のように言いながら調べていく。
「あった!!」
1か月もたっていれば埋もれていてもしょうがなかった。新聞を床に広げて隅々まで目を通していくと、小さい欄ながらも記事に乗っていた。
「晴香高校。夏体予選の前に起こった悲劇・・・か。」
事故にあったバスが写真として乗っており結構な悲惨さを醸し出している。奇跡の生還死者は一人だけ。と書かれた文章を見つめる。なんともその一人の事を思えば腹立たしいがあの事故で一人というのも確かに奇跡である。
最後の年は年々とは違って明らかに強く上まで行けた。その中でも俺とキャッチャーの明人のバッテリーは自慢じゃないが結構有名でもあった。記事には多く無念やら来年こそは・悲劇の主人公など言ってくれるが俺はまだ生きてるってんだ。
「それよりここって何県だ?」
テレビの欄を見ると地方番組の方には俺がいたところの隣の県の文字が書いてあった。しかしいけない範囲ではないということに俺は身支度を手早く済ませる。
「んどこに行くんじゃ?」
和服姿のじいちゃんが朝の鍛練を終えたのだろう軽く汗の球を額に乗せて話しかけてくる。
「おはようじいちゃん。俺これから行くところがあるんだ。もしかしたら泊まるかも知れない。」
「また急だな。そんなに急ぐことなのか?」
じいちゃんの目を見つめ強く頷く。じいちゃんは無言のままどこかに行ったかと思うと財布を手に持ちかえってくる。
「詳しくは聞かんがどこかに行くなら金が必要であろう。二万円を渡しておく。退院祝いも含めての。」
「・・・ありがとう。」
俺は記憶を頼りに駅までの道のりを走っていく。持ってきたものは携帯とお金のみ。不安ながらも早く会いたい一心で俺の故郷へと向かう。
最後の乗り換えを済ませて今はバスに揺られている。唐突だが俺にも朝倉の従兄妹のように幼馴染というものがいる。中三だったので今は受験シーズンといったところだろうか?その幼馴染を俺は結構な具合で心配をしていたりする。
笑顔を絶やさなく優しさを兼ね備えたいわゆる才色兼備の彼女だが少し俺に偏った思いを抱いていた。妹分的な感じの関係であちらも勘違いなどではなくお兄ちゃん的な目でこちらを見てくる。
ただ苛められていたのを助けただけ、それも野球のチームの奴らだったから言えただけであり感謝されることではないのだ。しかしそのことから俺の隣にはいつもいるという構図が出来上がってしまった。
兄妹として好きというような感情らしい。兄妹離れできない妹のようである。まぁ血はつながっていないが。
「〇〇〇~~~〇〇〇~~~。」
俺は通り過ぎようとしている目的地をあわてて停車させる。朝早く出たのだがもう昼を回っていた。晴香高校の野球部専用グラウンドはこのバス停から近い。今日も練習をやっているようで声がもう聞こえてきた。
外野フェンスの方から除いてみるとバッテリーは横に隣接する屋根付きブルペンで練習を行っているらしい。ベンチの所にタオルが掛けてあるということは監督はいない。暗黙のルールだ。
『パチンッ』
良いミットの音が聞こえてくる。明人は俺と一緒に引退だがいなくても後輩に聞けばいい。軽い感じで行ったが明人はピッチャーの横に立ち指導していた。
「違う。その変化球は球にさかわらず捕るんだよ。無理に力むなピッチャーに気持ち良く投げさせてやれ。」
「はい!」
相変わらずの熱血指導がさく裂している。
「明人さん。毎日来てるけど勉強大丈夫なのかな?俺たちが休みの日でも来て整備とかしてるんだろ。」
「やっぱあのことがな・・・。」
「ああ。やっぱり相場先輩がいなくなってから。」
木陰で休憩をとっていた選手からそんな声が聞こえた。その後輩も知っているが今は明人の方が優先だった。俺はどういう風に話しかけようか迷っていたが気にせず歩みを進める。
「あっき~~と君!!」
昔からからかうように呼んでいた言い方でブルペンに軽く手を振る。明人はこちらを呼ばれた瞬間に睨みつけながらきた。
「おい。誰だか知らないがその呼び方はやめろ。」
胸をドンッと押されて少し後退する。さっきの後輩の言っていた通り昔の余裕の感じはなくなっている。そこまで思われていたことに軽く感動を覚えるが今はそんな場合じゃない。
「ごめんごめん謝るよ。それより今ちょっといいかな?」
「断る。今大事な練習中なんだ。」
そういってすぐに去っていこうとする明人を呼びかける。
無視せずにこちらを振り向くのも明人らしい。俺は胸に拳を二回叩き指で4と人差し指と小指を立てたUの文字を作る。大事な場面に俺に向ける二人の合言葉。
「お・・・お前っ・・。」
明人は信じられないといった表情でこちらを見つめてくる。
「俺を小学校二年生の時にバッテリーをやろうと勧誘してきた松田あっきーと君。まだ初のウイニングボールは部屋の机の上に置いてあるかな。」
俺は笑みを作り俺たちしか知らないことを言っていくと明人はこちらにゆっくりと近づいてくる。周りでうるさく響く蝉の鳴き声などは聞こえていなく、俺の言葉だけが耳に入っているような明人。
「ほ・・本当に、お前なんだよな・・・・。嘘なんかじゃないよな。」
「あのバスの時最後喋ったこと覚えてるぜ。二人の伝説作ろうぜって盛り上がったよな。」
何かを確信したのだろう。短いなかの言葉だが俺たちには十分だったようだ。明人は堪えていた涙を流し始めた。
「馬鹿野郎・・・。なんで笑ってんだよ・・ふざけんなよ・・・・。」
俺の目の前まで来て明人は座り込んでしまう。帽子で顔を隠して泣いている姿を見せないようにして。周りの後輩たちもこちらを気にしてみているが近づこうとするやつらはいない。
「約束守れなくてごめんな。」
「いいんだ・・・お前がいるならそれでいい。」
明人の言葉に俺まで涙が出てきそうになる俺は上を向いて、青い空を見上げて涙を飲みこむ。だけど一粒の涙だけはどうしようもなく頬を伝った。
「それで朝倉夏樹になったお前が俺にまず最初に会いに来てくれたってわけか?」
「やっぱスゲーなお前は。こうも信じてくれるとは思いもしなかった。はっはっは!!!」
俺の言葉に真剣に聞いていた明人は顔を赤くさせて頭をはたいてくる。あれから場所を明人の家に変えてもらったのだ。
「馬鹿野郎!!信じるしかねーだろ。それよりもどんだけ暴露すれば気が済むんだよ。その上悪気が一切ないとか最悪すぎだろ!」
「悪い悪い。お前といると楽しくってな。」
「おいやめろよ。俺にそっちの気はないからな。」
手のひらを奥様ポーズのようにやり俺を馬鹿にしてくる明人。
「それでお前が一番気になっている琴乃ちゃんのことだが現状から言って最悪だな。お前が死んでからずっと学校休んじまってる。その上様子を見に来る友達を怖がっちまうんだってよ。対人恐怖症ってやつか?・・・っん俺今、すごい知的に見えなかったか?」
「ああそうだな。知的過ぎてやばいぞ。」
軽く相槌を打って知的踊りを踊っている明人は放っておき考える。琴乃をどうやって説得するかだ。俺が最も伝えておきたい二人はこの明人と琴乃の両名だけだが、難易度が高いような気がする。
「知的な俺が助言してやるとさっきみたいに直球勝負で言った方がいんじゃないか?下手に回り道するより効果的だと俺は思うぜ。」
「・・・」
「なんだよ?」
「いや。本当に明人が知的に見えてきて眼下に行こうかどうか迷ってるところだ。」
そこから男同士の熱いバトルが起きたわけだが結局は明人の言うとおり俺の得意だった直球ストレート作戦で行こうというわけだ。
琴乃の家は明人の家から少し遠い秋草神社という山の中にある。毎年元旦になると二人で琴乃の巫女姿を拝みに行ったのは記憶に新しい。
「なぁ乗せといてもらって悪いが男の二人乗りって暑苦しいし気持ち悪くないか?」
「本当に悪いな・・・。じゃあ降りやがれ!」
「それは嫌だ!この距離は走りたくない。」
「じゃあだまっとれい!」
と、ひと波乱ありながらも無事に秋草神社までたどり着くことができた。そこから今の俺たちには地獄の101階段を上りきって神社の裏側にある琴乃宅へと向かう。
『ピンポーン。ピンポーン』
少し待つと琴乃のお母さんが玄関を開けてくれる。
「あら明人ちゃん。琴乃に会いに来てくれたの?でも、琴乃は会わないと思うわよ。」
「それでも少しだけ挨拶してもよろしいでしょうか?」
横から入ってきた俺に琴乃のお母さんは?マークを浮かべる。慌てて明人が角の立たない紹介をしてくれた。
それから何とか入れてもらって琴乃の部屋の前に立つ俺ら二人。
「明人さん・・・悪いんですけど帰ってもらえますか?今は。」
「それでも「帰ってください!」」
明人は開始5秒で撃沈させられてしまってとぼとぼと俺の所に帰ってくる。話ができないんじゃ外見(声の質)が違う俺じゃあ相手にされないと思って考える。
「えっと朝倉夏樹です。」
「誰ですか?私の知り合いにそんな人はいません。帰ってください。」
「じゃあこっちの名前で挨拶した方がいいかな?相場一です。知ってるだろ。」
行き成りだが強行突破に出てみようと思う。だけどその行動はあたったのか部屋からこちらに向かって足音が近づいてくる。
ドアが開けられると目の周りが赤く泣きはらした後と寝ていないのかクマが際立って目立つ琴乃が睨んで立っていた。
『パチンッ』
音は似ているがこれはミットの音ではない。俺の頬が思いっきり叩かれた音だ。そのまま体勢を崩した俺はよろめき琴乃はそんな俺を倒して馬乗りになる。両方からのとめどないビンタ。
「お兄ちゃんの名前を・・・名前を・出すなぁ!!!」
なんとか明人に止められた琴乃だがまだ息は荒くこちらを殺さんとばかりの目を向けてくる。初めての表情に俺も少し気お取りしてしまうが計画していたことを実行する。
「小学4年の琴乃を俺は苛めていた安藤達から助け出す。
小学5年の琴乃がおねしょをした時も朝からの電話にもかかわらず一緒に謝ってやった。
小学6年の琴乃が持久走で一位をとった時にご褒美としてあんまんを5個も買わされた。」
「まだまだあるぞこの野郎!!
中学一年になったお前の制服姿を見て何も言わなかった俺に怒ったお前の言うことを一週間聞いた
中学二年の定期考査でカンニングの容疑をかけられたお前を必死にかばった。
中学三年になって晴香高校に行きたいといったお前に隠れながら勉強を教えた。」
はぁはぁと息を切らしながら言いあげる俺。我ながらすごい扱きの使われようだがそこは我慢しておこう。明人ならこれで信じたかもしれないが琴乃は違ったらしい。
「そんなの調べれば誰だってわかることよ!!」
「いやわかんねーよ!!馬鹿だろ。」
「じゃあお兄ちゃんが朝倉何とかに生まれ変わったのだって意味わかんないじゃないですか!!」
二人の間で見えない火花を上げている。それを見かねた明人が助け船を出してくれる。
「琴乃ちゃん。俺も初めは信じられなかったけど、この朝倉ってやつの中には確かに一がいる。俺も信じてる。だから今度は琴乃ちゃんから二人にしかわからない質問をしてみたら。」
「・・・二人にしか分からない質問?」
「そう。それが分かったらアイツは本当にあの一だって信じられるよ。」
「じゃ、じゃあ・・・私が虐めから助けられて初めてお兄ちゃんに会いに行った7月9日のときに、お兄ちゃんは私の思いになんて言った?分かりますか。分かるわけありませんよね。」
7月9日?そんなことあったけな。確かコイツが俺に纏わりついてきたのが、図書室の窓ガラスを割った時だから・・・ああ!思い出した。
「いや覚えてるぞ。まず7月9日じゃないだろ。お前がお礼を言いに来たのは7月11日だ。それで彼女にしてください。なんてマセタ事言うから妹なら良いぞって流れで言ったんだったな。」
「・・・。」
「どうなんだ琴乃ちゃん?あってるかい。」
「うっ嘘です!!なんで知ってるんですか!やめてくださいよそんな冗談。お兄ちゃんは・・・お兄ちゃんは・・・・あの日に死んじゃったんです!!」
明人を振り切って部屋に駆け込む琴乃。俺たちは何もできずにただそれを見ていることしかできなかった。
よろしくお願いしまう!!