明日、婚約破棄される私が今夜やるべきたった一つのこと
「お嬢様。どうか、落ち着いてお聞きくださいませ」
侍女のメイが、燭台の火をひとつだけ残して私の私室の扉を閉めた。
夜も更けて、王宮の廊下から人の気配が消えたころだった。
「明日の卒業記念夜会で……殿下は、お嬢様を断罪なさるおつもりです」
「断罪」
私は繰り返した。ペンを持つ手は止めなかった。
翌日の外交文書に、いつものように目を通していたところだった。
「罪状は」
「ボードワン男爵令嬢を……リリ様を、お嬢様が長らく虐げてきた、と。その証人まで用意されているそうです。夜会の場で婚約を破棄し、お嬢様を王家から放逐する、と」
インクが一滴、紙の上に落ちた。私はそれを吸い取り紙でそっと押さえた。
虐げた? 私が……あの男爵令嬢を?
七年だった。十四歳で王太子ジェラルド殿下の婚約者となってから、私は一日も休んでいない。王妃教育。社交。そして――名目上は殿下のもの、実際には私が担ってきた――この国の政務のほとんど。
政策案を練り、予算の数字を検め、貴族同士のいがみ合いを裏で調停した。他国へ送る外交文書に何度も筆を入れ、水害の年には夜を徹して支援計画を書いた。夜会も式典も、私が段取りをした。殿下が席で失言をすれば、翌朝には私がその後始末に走った。殿下が「面倒だ」と放り出した書類の山を、私が一枚ずつ片づけた。
それを、私は誇りにすら思っていた。役に立っている。必要とされている。だから――きっといつか、報われると。
リリ・ボードワンと個人的に言葉を交わしたことすら、数えるほどしかない。虐げる暇など、どこにあっただろう。
「メイ。ありがとう。よく知らせてくれたわ」
「お嬢様……」
「大丈夫よ。殿下に、きちんとお話しすればいい」
そう言って立ち上がったとき、自分の声がひどく静かなことに私は少しだけ驚いた。まだ、間に合うと思っていた。誤解を解けば、殿下は分かってくれると。七年分の信頼が、そこにあるはずだと。
そう思ってしまうくらいには、私はまだ……愚かだった。
殿下の執務室は夜も明かりが灯っていた。けれど、殿下の姿はなかった。今ごろリリと過ごしているのだろう。
私は迷わず、書棚の間を進んだ。この部屋の書類の在り処を、私以上に知る者はいない。整理したのも、分類したのも、私だ。
北方交易協定の控え。今期の国家予算案。飢饉に備えた食糧備蓄計画。三年前の水害のときの支援計画。貴族間の係争を調停した裁定書。数えきれない政策案。
そのすべてを、私は一枚ずつ、燭台の下に並べた。
そして、気づいた。
どの書類にも、署名は一つしかない。
ジェラルド・レイフォード。殿下の名だけが、堂々と記されている。
立案の欄も、起草の欄も、すべて殿下の名。私の名は、どこにもなかった。
条文を練ったのは私だ。数字の穴を毎年埋めたのも私だ。他国の大使と何十通も文を交わし、言葉を選び、譲れる一線と譲れない一線を見極めたのも、私だ。
それなのに。
――私の名前は、どこにもない。
不思議と、涙は出なかった。ただ、胸の奥がすうっと冷えていくのを感じた。
私は今まで、何を守ってきたのだろう。
殿下ではない。この国ですら、たぶん、違う。
私が守ってきたのは――「ここまで努力したのだから、いつか報われるはずだ」と信じていた、《《過去の私自身》》だった。
いつか。いつか、と。その「いつか」を担保に、私は自分を差し出し続けてきた。担保は、明日、公衆の面前で焼き捨てられる。
それが分かった瞬間、私の中で、長いあいだ張りつめていた糸が、音もなく切れた。
泣くのはやめよう、と思った。恨むのも、あとでいい。
今夜、私がやるべきことは、たった一つだ。
逃げることではない。復讐でもない。
私が、この王家に与えてきたすべてを――《《正式に、引き上げること》》。
私の名は、どの書類にも残っていない。ならば、その書類を生かしているものだけは、まだ私の手の中にある。
魔力保証。
この国の最も重い文書は、発令者の署名だけでは効力を持たない。生まれつき 盟約紋 を宿す高位貴族の魔力が、その文書を「保証」して、初めて生きる。
殿下に、盟約紋はない。だから七年間、殿下名義の協定も予算も政策も、すべて婚約者である私の魔力が保証してきた。
保証の前提は、婚約という盟約の関係。
その関係を、殿下自らが、明日、断ち切る。
ならば――保証の根拠も、明日、消える。
私は机に向かい、白紙を一枚引き寄せた。そして、一枚ずつ、正式な撤回の書面を綴り始めた。混乱を最小限にするためではない。私がもう二度と、この人たちのために働かないと、自分の手で、はっきり刻んでおくためだ。
盟約紋が、指先で淡く光る。私が保証してきた文書の紋が、遠く、王宮のあちこちで静かに消えていくのが分かった。
夜が明けるまでに、私は七年分の業務記録と、自分が起草した原本の写しを革の鞄に詰めた。それだけが、私がこの国で本当に生み出したものの、たった一つの証だった。
宝石も、ドレスも、何も持たなかった。それらは王太子妃になるための道具で、もう私には要らない。持って出るのは、私が私の手で作ったものだけでいい。
最後に、婚約指輪を外した。七年間、私の指にあったものだ。机の上に、そっと置いた。不思議と、名残惜しさはなかった。この指輪も、結局は「務め」の一部でしかなかったのだと、今なら分かる。
「メイ。あなたはどうする」
「お供いたします。どこまでも」
私は、少しだけ笑った。七年で初めて、誰かが私のために選んでくれた気がした。
夜明け前。私は、生まれ育った王都を――振り返らずに出た。
北へ。ガーランド帝国の、辺境へ向かって。
王都を出て三日目。私たちは街道沿いの宿場町で、思いがけない客を迎えた。
宰相コンラート閣下の、早馬の使者だった。老宰相はよほど慌てたらしい。息を切らした使者は、封蝋も乱れた書簡を私に差し出した。
書簡と、使者の口から聞いた話をつなぎ合わせて、私は王都で起きたことを知った。
夜会は、私が思っていたよりもずっと滑稽な結末を迎えていたらしい。
その夜、殿下は大広間の中央で、満を持して声を張り上げたそうだ。
「――モンフォール公爵令嬢、アリーゼ! 前へ!」
けれど、前へ出る者はいなかった。
私が、そこにいなかったからだ。
殿下は待った。二度、三度と私の名を呼んだ。楽団は困り、貴族たちはざわめいた。隣に立ったリリ・ボードワンは、用意していたはずの涙をどう流せばいいのか分からず、扇の陰でうろたえていたという。
普通なら、そこで中止すればよかった。婚約者が不在なのだから。
けれど殿下は、引っ込みがつかなかった。
「よい! 本人がおらずとも、罪は罪だ! 私はここに、アリーゼ・ディ・モンフォールとの婚約を破棄する!」
主役のいない断罪劇。誰もいない被告席に向かって、殿下は高らかに婚約破棄を宣言した。
――どうぞ、ご自由に。
私は書簡を読みながら、そう思っただけだった。恨みも、痛みも、もう不思議なほど遠かった。
けれど、話はそこで終わらなかった。
宣言の余韻が消えるより早く、大広間の扉が、外から乱暴に叩かれた。
飛び込んできたのは、外務府の官吏だった。顔を真っ青にして。
「殿下! 大変です! 北方交易協定が――協定の保証紋が、消えております! ガーランド帝国側が、協定は失効したものとみなす、と!」
続いて財務府の役人が転がり込んだ。
「予算が! 今期の予算案が、承認の紋ごと空白に! このままでは月末の支払いが、何ひとつ通りません!」
その後ろから、騎士団の伝令が。
「魔物討伐の共同分担が停止しました! 北方の砦への補給計画も、根拠の書類がすべて無効に!」
宰相の書簡によれば、それからは雪崩のようだったという。
叙爵を予定していた貴族の任命書が失効した。翌週の隣国大使との会談は、根拠となる協定が消えて取り消しになった。そして――誰かが古い帳簿を引っ張り出して、殿下がこの数年、公費から私的に流用していた額の穴に気づいた。私が毎年、他の項目で帳尻を合わせて、そっと埋めていた穴だ。埋める者がいなくなれば、穴はただの穴として、そこにある。
大広間は、断罪劇の会場からそのまま国家の危機の対策本部に変わった。着飾った貴族たちは呆然と立ち尽くし、青ざめた役人たちが書類を抱えて駆け回る。祝いの楽団は、いつのまにか演奏をやめていた。
役人たちは口々に言ったそうだ。
「この協定は、どなたが起草を?」
「この予算の補正は、毎年どなたが?」
「この災害計画の判断は――」
答えは、いつも同じだった。
――すべて、モンフォール公爵令嬢が。
殿下が、震える声で「代わりの者はいないのか」と叫んだとき、その場にいた老練な宰相コンラート閣下が、静かに首を振ったという。
「殿下。あの方お一人で回していた仕事です。代わりなど、十人集めてもすぐには埋まりませぬ」
その一言で、大広間は水を打ったように静まりかえった。誰もが、ようやく理解し始めていたのだ。今夜この国が失ったものは、婚約者一人などという小さなものではなかったことを。
殿下の名の下で、殿下の名だけを記して。実際に手を動かしていたのは、ただ一人。
殿下は、その夜になって初めて、自分の婚約者が七年間、何をしていたのかを知ったのだという。
宰相の書簡の末尾には、震える字でこう書かれていた。
『どうか、お戻りいただけないか。せめて、協定の保証だけでも』
私は宿の窓辺で、しばらくその一文を見つめた。
「お嬢様。いかがなさいますか」
メイが小声で尋ねた。
私は書簡を、静かに畳んだ。
「お返事はいらないわ」
戻る理由がひとつもなかった。私が戻れば、また同じことが繰り返される。私の名は書類に残らず、私の時間は誰かの手柄になり、そして「いつか報われる」という担保だけがまた積み上がっていく。
もう、いい。
「メイ。北へ急ぎましょう」
窓の外は、見たことのない土地の朝だった。空気が冷たく澄んでいて、私はなぜか、ずいぶん久しぶりに深く息を吸えた気がした。
宰相の書簡には、もう一つ、短い後日談が添えられていた。ボードワン男爵令嬢が、王太子妃の代わりにと執務机に着いたものの、積まれた書類の一枚も裁けず、半日で泣き出したのだという。着飾って微笑むだけで王太子妃になれると思っていたのなら、無理もない。
けれど、それはもう――私の心配することではない。私の物語ではないのだ。
倒れたのは、ガーランド帝国の北方辺境、グラーフェン大公領の関所を越えた直後だった。
自分でも、驚くほどあっけなかった。馬車を降りて、役人に旅券を渡そうとした。その手が、ふいに霞んだ。地面が傾いだ。メイの叫ぶ声が、ずいぶん遠くから聞こえた。
七年間、私は一度も倒れなかった。倒れる暇がなかった、と言うほうが正しい。張りつめていたものが切れて、王都を出て、緊張がほどけて――そうして初めて、体は溜め込んだ疲れを、全部いっぺんに私に返してきた。
目を覚ましたのは、見知らぬ砦の一室だった。石造りの、簡素だが清潔な部屋。窓の外に、雪をかぶった山並みが見えた。
枕元に革の鞄が置かれていた。私の鞄だ。中身を検められた形跡がある。当然だろう。国境を越えてきた、身元のはっきりしない女の荷物なのだから。
そして、扉のそばに大きな男が一人、ポツリ立っていた。
黒い外套。無駄のない体つき。片目の下に、古い傷。感情の読めない、灰色の目。
「起きたか」
低い声だった。それだけで、部屋の空気が引き締まるような、そういう声。
「あなたは」
「レオンハルト・フォン・グラーフェン。この辺境を預かっている」
大公。この地の統治者。それも――噂に聞いたことがある。
――戦場の狼。
――北の狼。
そんな、冷徹で無愛想で、部下すら震え上がる男だ――と。
私は身を起こそうとして、まだ体が言うことを聞かないことに気づいた。
「無理をするな。丸二日、眠っていた」
大公は、私の鞄を指し示した。
「勝手に中を検めた。無礼は詫びる。だが、おかげで一つ聞きたいことができた」
彼は、鞄から一冊の綴りを取り出した。私が王都から持ち出した、業務記録の写しの一つだった。
「この、災害時の避難計画。それに、備蓄の割り当て表。……これは、誰が作った」
「……私です」
「代筆ではなく?」
「私が、立案しました。全部」
大公の灰色の目が、わずかに細くなった。値踏みするような目ではなかった。むしろ、思いがけないものを見つけた、というような。
「この避難路の引き方は、机上の理屈じゃない。実際に人がどう動くかを分かっている者の設計だ。備蓄の配分も、飢饉の年を一度でもくぐった者の数字だ。……レイフォード王国の令嬢が、なぜこんなものを持っている」
私は、少しだけ迷った。けれど、隠す理由もなかった。
「作っていたからです。七年間。王太子の名の下で、名前も残さずに」
部屋が、静かになった。
大公は、しばらく私を見ていた。それから初めて、ほんの少しだけ口の端を動かした。笑ったのかもしれない。
「妙な話だ」
「妙、ですか」
「王家は、これほどの働きをする者を、みすみす手放した。……国境で行き倒れていた女が、実は敵国の頭脳だった、というわけだ。おとぎ話でも、もう少しましな筋を書くだろうな」
その言い方に、私はふっと、肩の力が抜けるのを感じた。噂に聞いた「戦場の狼」は、もっと恐ろしい男だと思っていた。目の前の人は確かに無愛想で鋭い目をしていたけれど、その言葉の底には乾いた、けれど嫌みのない、静かなおかしみがあった。
「私は、敵国の頭脳になった覚えは、まだありませんが」
「そうか。なら、これからなればいい」
大公はそう言って、資料の綴りを私の枕元にきちんと戻した。乱暴に検めたわりに、その手つきはひどく丁寧だった。人の持ち物を大切に扱う人なのだと、それだけで分かった。
その日の夜、体が動くようになってから私は大公の執務室に呼ばれた。
机の上に、一枚の書面が置かれていた。
「読んでくれ」
私は目を落とした。そしてしばらく、言葉が出なかった。
それは、雇用の契約書だった。
私を、この大公領の再建に関わる文官として雇いたい、と書かれていた。任される仕事の範囲。支払われる報酬。そして――休日の日数。裁量として与えられる権限。守秘の義務と、その対価。
一つひとつが、明確な文字で、そこにあった。
「報酬、ですか」
「当然だろう」
大公は、当たり前のことのように言った。
「働けば、対価が出る。休みが要る。権限がなければ仕事はできん。……何を驚いている」
私は、うまく答えられなかった。
七年間、私は一度も対価を受け取ったことがなかった。休日を数えたこともなかった。私の仕事は「婚約者として当然の務め」で、報われるのは「いつか」で、その「いつか」は結局、来なかった。
だから、目の前の紙に「報酬」と書かれていることが、うまく飲み込めなかった。
「……私の仕事に、対価を払うのですか」
「君の仕事には、価値がある」
大公は、まっすぐに私を見た。
「価値のあるものには、正当な対価を払う。それだけのことだ。ただし――」
彼は、少し声を落とした。
「勘違いするな。私は君の《《成果》》を買いたいんじゃない。君の力を、正しく扱える場所を用意したいだけだ。無償で使い潰すためじゃない。それがこの契約書の意味だ」
私は、契約書の上に置かれた自分の手が、かすかに震えているのに気づいた。
情けない、と思った。断罪されても泣かなかったのに。
名前がどこにもないと知っても、涙は出なかったのに。
「正当な対価」という、たったそれだけの言葉に……私は泣きそうになっていた。
「返事は、急がなくていい」
大公は、そう言って背を向けた。
「体が戻るまで、ここにいろ。それも報酬のうちだ」
窓の外で、雪が静かに降り始めていた。私はその夜、契約書を胸に抱いたまま、久しぶりに夢も見ずに眠った。
――契約書に署名して、私の新しい日々が始まった。
グラーフェン大公領は、豊かな土地ではなかった。北に寄りすぎて冬が長く、魔物の出る山を背負い、王国の交易にも帝都の政にも遠い。歴代の大公が兵を鍛えることで辺境を守ってきた、質実な土地だった。
裏を返せば、戦のこと以外は後回しにされてきた土地でもあった。
私は、まず帳簿から手をつけた。
七年間、王国の財務を裏で回してきたこの目には、辺境の会計は穴だらけに見えた。悪意ではない。ただ、誰も専門に見ていなかっただけだ。
「大公閣下。この、南街道の石材の仕入れですが」
私は、三年分の出納簿を広げた。
「同じ石を、同じ商会から買っています。けれど、年ごとに単価が違います。しかも、毎年少しずつ上がっている。相場は、この三年で下がっているのに」
大公の副官、リオネルという軽口の男が、帳簿を覗き込んで口笛を吹いた。
「うわ。……これ、水増しされてますね」
「はい。おそらく、検める者がいないと踏んで。契約書の書式を統一して複数の商会から見積もりを取る形に変えれば、この分は浮きます。浮いた金で、砦の補修が二つは進みます」
大公は、腕を組んで帳簿を見下ろしていた。
「……何年、抜かれていた」
「少なくとも三年。金額は、ここに」
私が示した数字に、リオネルが「げっ」と喉を鳴らした。大公は、低く唸っただけだった。
「よくやった」
たった、それだけ。けれどその一言は、七年間で聞いたどんな賛辞よりも、まっすぐに私に届いた。
食糧の備蓄も、私の仕事になった。
辺境は冬が長い。雪で街道が閉ざされれば、麓の村は孤立する。それなのに、備蓄の割り当ては村の人口を反映しておらず、いざというときに足りない村と、余る村が出る計算になっていた。
私は王国でやっていたのと同じように、村ごとの人口と雪で孤立する日数を掛け合わせて備蓄の配分を引き直した。避難路も引いた。魔物が出たとき、村人がどこへ、どの順で逃げるか。誰が最初に動くか。机上ではなく、実際に人が動く順序で。
「なあ」
図面を覗き込んでいたリオネルが、感心とも呆れともつかない声を出した。
「あんた、ほんとに令嬢なのか? 王都で舞踏会だけやってたような手つきじゃないぞ、これ」
「舞踏会もやっていましたよ。まあ、運営のほうですが」
私が真顔で答えると、リオネルは声を上げて笑った。
魔物討伐の防衛シフトも、少しだけ手を入れた。
兵たちは真面目すぎるほど真面目に、切れ目なく警戒に立っていた。けれど、疲れた兵は判断を誤る。私は討伐の記録を洗い、魔物が実際に降りてくる時季と時刻に偏りがあることを見つけた。
「この時季の、この時間帯だけ厚くすれば、他は薄くできます。全員が休みなく立つ必要はありません。むしろ、交代で休ませたほうがいざというときに動けます」
「兵を、休ませる」
大公が、私の引いたシフト表を見つめた。その声には、責めるでも疑うでもない、確かめるような響きがあった。
「休ませて、いいのですか」
思わず、私のほうが聞き返してしまった。王都では、休むことは怠けることだった。誰かが手を抜けば、そのぶん私が働いた。それが当たり前だった。
「疲れた兵は死ぬ」
大公は、短く言った。
「休ませて守れる命を、休ませずに散らすのは、指揮官の罪だ。……お前の国では、違ったのか」
私は、答えられなかった。違った、とは言えなかった。ただ、私自身が、七年間、一度も休ませてもらえなかった兵のようなものだったと、そのとき初めて、思い至った。
「これで、各隊に月三日の休暇が出せます。士気にも、ちょうどいいかと」
大公はしばらく黙っていた。それから、静かに言った。
「……お前も、休め」
「え」
「シフトを組んだ本人が、休んでいないだろう。今日は、もう部屋に戻れ。これは命令だ」
私は、思わず言い返してしまった。
「まだ、やることが」
「アリーゼ」
初めて、名を呼ばれた。
「成果を出さない日の君にも、報酬は支払われる。契約書に書いてある。読んだだろう」
読んだ。確かに読んだ。けれどその意味を、その真意を私はまだ本当には分かっていなかったのだと思う。
働いた日にだけ、価値がある。役に立った分だけ、そこにいていい。ずっと、そう思って生きてきた。
そうでない日の自分に、価値があるなんて。そんなこと、誰も教えてくれなかった。
「……はい」
私は素直に部屋へ戻った。まだ日は高かった。何もしていい時間が、目の前に、ぽっかりと空いていた。
窓辺に座って、雪の残る山をただ眺めた。役に立っていない自分が、少しだけ怖かった。けれど、その怖さの底で何か固く縮こまっていたものがゆっくりとほどけていくのも、確かに感じていた。
その日の夕方、大公が温かい茶を一杯、自分で運んできた。無言で机に置いて、無言で出て行った。
不器用な人だ、と思った。
その不器用さに、私の胸が少しだけあたたかくなったことは――まだ、誰にも言わずにおいた。
それからも、大公は、時々ふらりと私の執務室に現れた。
用があるわけでもないらしい。窓辺に立って、少し外を眺めて、二言三言辺境のことを話して、帰っていく。最初は、監督されているのかと思った。けれど、そうではないと、じきに分かった。
「王都の話は、しなくていい」
一度、そう言われた。
「思い出したくないことは、思い出さなくていい。ここでは、お前は、お前の仕事をして、お前の飯を食って、お前の分だけ眠ればいい。それ以上のことを、誰も求めない」
そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。
役に立たなくていい、とは言われなかった。役に立つことを、当たり前に期待もされなかった。ただ、私が私の分だけをこなせば、それでいいのだと。多くも、少なくもなく。
リオネルがあるとき、こっそり教えてくれた。
「閣下はな、あんたが来る前は、あんな顔で人と喋る人じゃなかったんだよ。……まあ、俺の口からは、これ以上言わないけどな」
にやにやと笑うリオネルを、私は追い払った。けれど、頬が熱くなるのは、止められなかった。
――辺境で三度目の雪が降る前に、王国からの手紙が届いた。
差出人の紋を見て、私は一瞬、手が止まった。レイフォード王家の紋。ジェラルド殿下の、直筆だった。
メイが、心配そうに私を見た。私は封を切り、目を通した。
そして、思わず乾いた笑いがこぼれた。
そこに書かれていたのは、謝罪ではなかった。
『特別の温情をもって、そなたの帰国を許す。速やかに王都へ戻り、これまで通り務めを果たすように。過ぎたことは不問に付す』
――不問に付す。
過ぎたこと。まるで、悪いことをしたのは私のほうで、殿下がそれを寛大に赦してやる、とでも言うように。
婚約破棄を宣言したのは殿下だ。私の名を、七年間、一枚の書類にも残さなかったのも殿下だ。それなのに、この手紙には詫びの一文もない。
ただ「戻って、また働け」と、それだけが書かれていた。
――なるほど。この人は、何も分かっていない。
私が泣いて戻ってくると、まだ本気で信じている。私がいなくなって困っているのは自分のほうなのに、それを「温情」で覆い隠せると思っている。
私は、机に向かった。返事はすぐに書けた。長く悩む必要もなかった。
『お手紙、拝受いたしました。
業務のご依頼でしたら、正式な依頼書と、報酬および契約条件をご提示ください。
条件を拝見のうえ、お受けするか否か検討いたします。
なお、私はすでにガーランド帝国と雇用契約を結んでおり、他国の公務を無償で引き受けることはございません。
アリーゼ・ディ・モンフォール』
書き終えて、読み返して、私はほんの少し、清々しい気持ちになった。
これは復讐ではない。ただ、当たり前のことを、当たり前に書いただけだ。仕事には、対価がいる。それを教えてくれたのは、皮肉にも、私を捨てた国ではなく、私を拾った土地だった。
「お嬢様。よろしいのですか。……その、あちらへは、二度と戻れなくなります」
封をする私の手元を、メイが案じるように見ていた。生まれた国だ。案じる気持ちも、分かる。
「戻る場所は、もう王都じゃないの」
私は、窓の外に目をやった。雪をかぶった辺境の山と、麓に散らばる村々の灯りが見えた。私が備蓄を引き直した村。私が避難路を引いた村。私の名は、そこには一枚の書類にも刻まれていないけれど。
……けれど、そこで暮らす人たちは、私の顔を知っている。冬を越せるかどうかを、私に尋ねに来る。
七年間、王都で欲しかったものが、ここにはふつうにあった。
「メイ。あなたには、苦労をかけるわね」
「とんでもございません。……お嬢様が、笑うようになられました。王都にいたころは、一度も」
そう言われて、初めて気づいた。私は、この一年でずいぶん笑うようになっていた。
その手紙が王都でどう読まれたかは、後になって、宰相コンラート閣下の書簡で知った。
殿下は、私の返事を握りつぶして激昂したという。恩知らずだ、と。けれど、その怒りは長くは続かなかった。続けられなかった、と言うべきだろう。
王国の混乱は、私が去ったあと、いよいよ深刻になっていた。
北方交易協定が止まったままで、王国は北からの安い食糧を失った。冬を前に、市場の物価が跳ね上がった。予算の穴は、私という埋め手を失ってもう誰にも塞げなかった。殿下の公費流用も、隠していた私がいなくなればただの記録として貴族院に晒された。
そして――止めを刺したのは、噂だった。
レイフォード王国が手放した令嬢が、隣国ガーランドの辺境で傾いた領地を立て直しているらしい。帳簿の不正を暴き、飢饉に備えを作り、戦場の狼と呼ばれる大公にすら一目置かれているらしい、と。
その噂が王都に届いたとき、殿下がどんな顔をしたのか。私は知らない、知りたいとも思わない。
ただ、宰相の書簡には、こう書かれていた。
『殿下は、あなたを手放したことの意味を、ようやく理解し始めておられる。だが、遅すぎた。取り返しは、つかぬだろう』
取り返しはつかない。その通りだ。
けれど私は、殿下の後悔に、もう何の関心もなかった。私はただ、次の冬に備えて、麓の村の備蓄をもう一度見直さなければ、と考えていた。
私の毎日は、遠い王都の混乱よりも、目の前の、この辺境の暮らしのほうに、しっかりと根を張り始めていた。
――年が明けて、レイフォード王国とガーランド帝国の、外交会議が開かれることになった。
止まったままの北方交易協定を、どうするか。困っているのは、明らかに王国のほうだった。帝国は辺境の再建が進んだこの一年で、無理に王国と結び直す必要をもう感じていなかった。
その会議に――私は帝国側の実務担当として、大公に同行することになった。
「気は進むか」
出発の朝、大公が短く尋ねた。
「いいえ。でも、逃げる理由もありません」
私は、七年分の業務記録を綴じた革の鞄を抱え直した。もう震えはしなかった。
「そばにいる」
大公は、それだけ言った。それだけで、十分だった。
会議の席は、王国の迎賓館だった。
長い机を挟んで、帝国側と王国側が向かい合う。私は大公の隣に、資料を手に着席した。
王国側の扉が開いて――ジェラルド殿下が、入ってきた。
一年ぶりに見る元婚約者は、記憶より少しやつれて、けれど、そのまなざしだけは、変わらず尊大だった。私を見つけると、殿下は、あろうことか、ふっと表情をゆるめた。
「アリーゼ。久しいな」
まるで、少し喧嘩をしただけの恋人にでも話しかけるような口調だった。
「あの夜のことは、私も少し、言葉が過ぎた。だが、もういいだろう。お前も、もう気は済んだはずだ。国へ帰ってこい。すべて、元通りにしてやる」
会議の場で。他国の大公を前にして。この人は、婚約破棄という国家の醜聞を、恋人同士のいさかい程度のことに、すり替えようとしていた。
私は、静かに立ち上がった。
「殿下。今日この場は、北方交易協定の再締結について話し合う場とうかがっております。私事を持ち込むおつもりでしたら、議事を進められません」
「私事だと? 我々のことが――」
「私事です」
私は、鞄から、綴りを一冊、机の上に置いた。
「その前に。協定の話をするなら、まず、はっきりさせておくべきことがございます。前回の協定を、誰が起草し、誰が保証していたのか」
私は、七年分の記録を、一冊ずつ、机に並べていった。
北方交易協定の草案。私の筆跡の下書き。何十通もの、大使との往復書簡。予算の補正の計算。災害計画。すべて、殿下の名で発令され、けれど、その裏に私の手が残した痕跡が、確かにそこにあった。
「これらは、すべて私が起草いたしました。殿下のお名前で。そして、私の 魔力保証 で発効させておりました。……昨年、その保証が一斉に消えたのは、婚約破棄によって保証の根拠たる盟約関係が失われたからです。制度が定めた、正規の帰結にすぎません」
王国側の席が、ざわめいた。宰相コンラート閣下が、静かに目を伏せるのが見えた。閣下は、とうに全部を知っている。
「で……でたらめだ! それは私が――」
「では、殿下」
私は、机の上の一枚を指し示した。
「この協定の、第七条の但し書き。飢饉の年の関税減免の条件です。これを、なぜこう定めたのか。ご説明いただけますか。お書きになったのは、殿下だとおっしゃるなら」
殿下は、答えられなかった。水を失った金魚のように口を開いて……閉じた。条文の意味を、そもそも知らないのだから、答えようがなかった。
沈黙が、すべてを語っていた。
「では、もう一枚」
私は、別の綴りを開いた。
「三年前の水害の折、被災地への支援を、どの順で行うと定めたか。なぜ、下流の村を先にしたのか。……これも、お答えいただけますか」
殿下の額に、汗がにじんだ。
「あの……あれは、その、状況を鑑みて」
「下流を先にしたのは、上流の堤が持つと私が判断したからです。持たなければ、順序は逆でした。その判断の根拠は、この、三年分の水位の記録にございます」
私は、記録をそっと机に重ねた。責め立てる口調ではなかった。ただ、事実を、事実として並べただけだ。けれど、並べれば並べるほど殿下の「私がやった」という言葉が、薄く透けていった。
隣で、レオンハルトが、静かに私を見ているのが分かった。何も言わない。ただ、そこにいてくれる。それだけで、私の声は少しも震えなかった。
そこから先は、私が何かをするまでもなかった。
王国側の実務官たちが、恐る恐る、けれど堰を切ったように、口を開き始めた。予算の穴のこと。埋めていたのが誰だったか。公費の流用の記録。そして――ボードワン男爵令嬢が、かつて「モンフォール公爵令嬢に虐げられた」と証言した件が、まったくの偽りだったこと。
その偽りは、もう誰の役にも立たなかった。リリ・ボードワンは、王太子妃の務めを一日も果たせず、着飾ることしか望んでいなかったと、周囲の誰もが知ってしまっていたからだ。彼女は、豪華な暮らしと愛情だけを夢見て、見通しの甘さで、自分の足元を掘り崩していた。
私は、暴いてなどいない。ただ、手を離しただけだ。私が支えるのをやめたとき、支えられていたものは、自分の重さで、勝手に崩れていった。それだけのことだった。
会議は、その日のうちには終わらなかった。けれど、大勢は決していた。
後に伝え聞いたところでは、殿下は廃嫡された。しばらくの謹慎ののち、遠い領地へ送られたという。国王陛下と王妃陛下は、貴族院の場で息子を甘やかし、他家の令嬢一人に国政を背負わせ続けた責を、自ら認められたそうだ。ボードワン男爵令嬢も、王家の庇護を失い、実家へ戻された。
過度な処罰は、私も望まなかった。
処刑だの、追放だの――そういうものを求める気持ちは、不思議なほど、私の中になかった。
会議の終わりに、殿下が最後にもう一度、私を呼び止めた。
もう尊大さは、どこにもなかった。ただ、途方に暮れた、幼い顔だけがそこにあった。
「アリーゼ……頼む。戻って、くれないか。私には、お前が」
私は殿下を、まっすぐに見た。恨みも、怒りも、もうなかった。ただ、静かな一線だけが、私の中にあった。
「殿下。私はもう、《《あなたの人生に責任を持ちません》》」
その言葉を口にしたとき……七年間、私の背にのしかかっていた重さが、すっと消えたのが分かった。
「どうか、ご自分の足で、お立ちください。それが、私が最後にお伝えできる、たった一つのことです」
私は一礼して、背を向けた。二度と、振り返らなかった。
――辺境に戻ると、雪は溶け始めていた。
麓の村では、川べりに小さな花が咲いていた。私が備蓄と避難計画を引き直した村だ。冬を、誰一人欠けることなく越せた村だった。村の子どもが、私を見つけて手を振った。私は、手を振り返した。
私が確かに、ここにいる。役に立ったからではなく、ただ、ここに。そう思えるようになるまで、ずいぶん時間がかかった。
その夜、大公に執務室へ呼ばれた。
机の上には、また一枚、書面が置かれていた。
「読んでくれ」
一年前と、同じ言葉だった。私は、あのときと同じように、目を落とした。
けれど、そこに書かれていたのは、雇用の契約書ではなかった。
婚姻の、契約書だった。
「――閣下」
「レオンハルトだ。もう、そう呼べ」
彼は、いつもの無愛想な顔で……けれど、その耳が少しだけ赤いことに、私は気づいてしまった。
「君を、妻に迎えたい」
私は、すぐには返事ができなかった。嫌だったからではない。むしろ、逆だった。
「……私は」
言葉を選ぶのに、時間がかかった。
「私は……また、誰かの〝婚約者〟や〝妻〟という役目に縛られるのが、怖いのだと思います。役に立たなければ、そばにいる資格がない。そう思って、七年間、自分をすり減らしてきました。あなたを疑っているのではなく――私が、また同じことを、してしまいそうで」
レオンハルトは、うなずいた。責めるでも、慰めるでもなく。
ただ、私の言葉を、最後まで聞いてくれた。
「だから、契約書にした」
彼は、書面の一項を指し示した。
「君の意思を尊重する。君の仕事を、君のものとして残す。君の財産も、君の自由も、王家に差し出したように差し出す必要はない。これは、君を縛る紙じゃない。君を守る紙だ」
そして、彼の指は、最後の一項で止まった。私は、そこを読んで、息を呑んだ。
『――両者は、いずれかが何ら成果を上げられぬ日にあっても、互いの尊厳を等しく重んじ、その価値を損なわぬものとする』
「君が何かを成し遂げたから、そばに置くんじゃない」
レオンハルトの声は、低く、けれど、ひどく優しかった。
「何もできない日の君も、疲れて動けない日の君も、私の隣にいていい。君の価値は、君がどれだけ役に立ったかで、決まるものじゃない。……そんなことは、とうに分かっていると思っていたが。君は、まだ分かっていないようだから、紙に書いた」
私は、書面の上にぽたりと、しずくが落ちるのを見た。
自分が泣いていることに、少し遅れて気づいた。
断罪の前夜も、名前がどこにもないと知った夜も、私は泣かなかった。強いからではない。泣き方を、忘れていたのだ。役に立つことだけを考えて生きているうちに、自分のために涙を流すやり方を、どこかに置いてきてしまっていた。
――そんな……その涙が、今、戻ってきた。
「――私で、いいのですか?」
「あぁ……君が、いい」
迷いのない声だった。
「君の成果でも、君の力でもない。アリーゼ、君自身が、いい」
私は、ペンを取った。手は、もう震えていなかった。
婚姻の契約書に、私は、私の名を書いた。
アリーゼ・ディ・モンフォール。
七年間、どの書類にも残らなかった名前。この一年で、少しずつ取り戻してきた名前。それを、今度は、誰かの手柄のためではなく、私自身の幸福のために。今ここにはっきりと、記した。
私の盟約紋が、指先で、あたたかく光った。その光が、契約書の上で静かに紋を結ぶのを、私は見た。この力はもう、無償で使い潰されるためのものではない。私が選んだ人と、私が選んだ土地の、未来のために使うものだ。
「一つ、条件があります」
私は、涙を拭いて、顔を上げた。
「なんだ」
「あなたも、休んでください。シフトを組んだ本人が休んでいないと、叱ってくれた人がいました。あなたも、そうです。戦場の狼だか、北の狼だか知りませんが――時々は、ただの人になって、私と、お茶を飲んでください」
レオンハルトは、一瞬、きょとんとした顔をした。
それから、初めて、声を出して笑った。
「……ああ。約束する」
そして彼は、少し身をかがめて、私の額に、そっと唇を寄せた。ほんの一瞬の、羽根のように軽い口づけだった。戦場の狼と呼ばれる男の、驚くほど不器用で……そして、優しい仕草だった。
「言っておくが」
耳元で、低い声がした。
「私は、一度手に入れたものは、二度と手放さん。……覚悟しておけ」
その言葉は、脅しのようでいて、どこまでも甘かった。私の頬が熱くなるのを見て、レオンハルトは、また少しだけ笑った。無愛想な男が見せる、その稀な笑顔を、私は、この先ずっとそばで見ていくのだ。
後で聞いた話では、この日の夜、副官のリオネルが「とうとうやりましたね!」と部屋に飛び込んできて、大公に叩き出されたらしい。辺境の砦はその晩、ちょっとしたお祭り騒ぎだったという。
窓の外で、雪解けの水が、光を弾いて流れていた。
明日、私は誰かに断罪されることもない。明日、私の名は、私のものだ。
取り戻すべきだったのは、殿下でも、王家でも、失った日々でもなかった。
《《私自身》》だった。
そして今、私は、ようやく、それを取り戻したのだ。
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