第4章:命の炎
キャンピングカーのドアを開けた瞬間、白い霧がぼくにドワってぶつかって来て顔にまとわりついてくる。
冷たくて重くて体に刺さる様な白い霧はパパとママにもまとわりついて離れない。
車の中は外と同じくらい寒くて、白い霧のせいでパパとママが今にも死にそうだ。
キィィーーン
キャンピングカーの外側が凍りつく音が響く。金属が凍えて悲鳴を上げてる。
パキパキパキ
車内の椅子やテーブルも白い霧のせいで一瞬で凍りつく。猛吹雪の外みたいにどんどん車の中が白い世界に変わってく。
「パパママ」
パパもママも白い霧に包まれて真っ白だ。
両手をブンブン振り回して霧を消そうとするけど、霧はパパとママを包んだまま離さない。
だったらこうするしかない。
ぼくは胸の中の熱を一気に解き放って、抱き合うパパとママの間にねじ込んだ。
両手をいっぱいに広げて、2人の背中をギュッーって引き寄せて抱きしめる。
今までパパとママがそうしてくれたみたいに。
ゴーーーー!
胸の熱が勢いよく燃え上がる。
燃えろ燃えろ。ドンドン燃えろ。ぼくがパパとママを暖めるんだ。
胸の中の炎がゴウっと音を立てて燃え上がるのが分かる。 ゴーゴーゴーゴー鳴りながら燃え上がる炎はぼくの体を通して熱に変わって白い世界をジリジリ溶かす。
ぼくとパパとママに絡みついてた白い霧がジュワッと音を立てて消えていった。
まだまだ、まだまだ足りない。
ぼくの熱で冷たかったパパの体がゆっくり暖かさを取り戻していく。真っ青で震えていたママの表情が少しだけ柔らかくなってる。
もっともっと熱くならないと。
車の中が少しづつ色を取り戻していく。
ドンドン!ドンドン!
車の外にいる君がドンドンとドアを叩いてる。 叩くたびにドアの隙間から冷気がスゥーッと流れ込む。
ゴォーーゴォーーー
と、吹雪が車を取り囲んで、せっかく温まってた車内がまたどんどん寒くなる。
ダメだ足りない。もっともっともっと熱くならなくちゃ。
今までは体が熱くならないでって心で叫んでたのに、今ぼくは熱くなれって叫んでる。 もっともっと熱くなれぼくの心。
燃え盛るぼくの心の炎に向かって、君の冷気が襲いかかる。
ガンガンガンガン
涙を流しながらドアを叩く君が泣けば泣くほど寒くなる。
「負けるもんか」
ぼくの炎はどんどん熱くなる。胸の奥が焼ける様に熱くて、息をするたびに空気を赤く震わせる。
イヤァァァァァァァァ
君の叫び声が響いた瞬間。
吹雪が爆発して広がり 車ごとぼくらは飛ばされた。ぼくたち3人は気付けば白い世界の中に投げ出されていた。
何が起きたか分からないまま目を開けると遮るものがない白い世界が広がっていた。
今までいた車の中じゃない。ここは猛吹雪が荒れ狂い命あるもの全部を凍らせる死の世界だ。
「パパ・・・パパ、ママ・・・ママ」
2人はぼくを守る様に抱きしめ覆い被さる様に倒れている。パパもママも半分以上体が雪に埋まったまま動かない。
「パパママ大丈夫?起きて、起きてよ。」
大声で叫んでも体を揺さぶっても目も開けてくれない。 嫌だよ、起きてよ。ぼくを1人にしないでよ。お願いだから目を覚ましてよ。
・・・ゴメン・・ナサイ・・・
君の声が猛吹雪の轟音に乗って聞こえてくる。君は泣きじゃくり声が震えている。
一歩また一歩。女の子が近づくたびに、ぼくたちの体が雪に埋もれていく。まるで真っ白な手に引き摺り込まれるみたいに。
死なせない。パパもママも絶対に死なせない。
だから!だから燃えろ!もっと燃えろ!
ぼくの中の全部!燃えろ!!
ジューー
身体中が真っ赤に染まり焼き焦げる音が体から聞こえてくる。
ぼくの皮膚が、骨が、血が、心臓が、ぼくの全部が薪となって命の炎に焚べられていくのが分かる。
パパもママも絶対に助ける。今度はぼくが救う番なんだ。
だから大丈夫だよ。そんなに悲しまないで、パパもママも凍え死んだりしないんだ。だから泣かないで。
君も
「ぼくが必ず救ってあげるから。」
目の前に立ち尽くす君をぼくはそっと抱き寄せた。
真っ白な着物を着て、綺麗な銀色の長い髪の毛の女の子。背丈はぼくと同じくらい。涙で目を真っ赤に腫らして、鼻水をズルズルすすって可愛い顔がクシャクシャになってる。
まるで大泣きしてるぼくみたいに泣いてる。
知ってるよ。
辛くて泣いてるんだよね。
苦しくて泣いてるんだよね。
悲しくて泣いてるんだよね。
分かってるよ。ぼくもそうだったから。
だからこんな時にどうすればいいか教えて貰ったんだ。大好きなパパとママに教えて貰ったんだ。
ぼくは抱き寄せた女の子を優しく、でも力強く暖かくギューって抱きしめた。
ぼくの想いが届きます様にって抱きしめた。
ぼくの温もりが届きます様にって抱きしめた。
君は1人じゃないんだよ。
ぼくがいつでも側にいるよって、君の心に届きます様にって抱きしめた。
泣いてる君がゆっくりと顔を上げてぼくを見つめる。
髪と同じくらい綺麗な銀色の眼がぼくを真っ直ぐ見つめてる。
「大丈夫だよ。ぼくが一緒にいるから。」
泣き止んでキョトンとする顔がとっても可愛い。
ぼくはポケットからハンカチを取り出して涙と鼻水をそっと拭いてあげる。
これもいつもパパとママがぼくにしてくれるんだ。
それから決まって同じ言葉を言うんだ。
満面の笑顔で、ニコニコしながら、大きな笑い声を上げながら言うんだ。
だからぼくも同じ事を言うんだ。パパとママがいつもやってるみたいに満面の笑顔で大きな声で笑いながら言うんだ。
「笑おう」
クスッ
ほらね。
君もぼくと同じだよ。笑っちゃうよね。
ぼくもそうなんだよ。あんなに泣いてたのが嘘みたいに、パパとママに抱きしめられて、ニコニコしながら笑おうって言われたら、思わず笑っちゃうんだよね。
クスクス
あー良かったぁ。本当に良かったよ。
笑ったらもう大丈夫。
君は1人じゃないんだから、ぼくが側にいるんだから。
パパとママはきっと知らないけど、ぼくは君の涙の意味を知ってるんだ。
だから伝えたいんだ。ぼくから君に。
「頑張ったね。」
その瞬間、君の腕がぼくをギュッて抱きしめた。
ぼくの胸に顔を埋めて大粒の涙を流してグッと何かを堪えてる。
君の涙が溢れて止まらない。
体を震わせ、声を押し殺して、それでも涙が次から次へと溢れ落ちる。
そんな君の顔を見たら、ぼくの心がドクンドクンって自然と熱くって来た。
心が熱くなって、体が熱くなって、顔がカァーって真っ赤に熱くなってる。
こんなこと今まで誰にもやった事ないのに、気付いたら思わず君の頭を撫でて囁いた。
「・・・泣いても・・・いいんだよ」
しどろもどろのぼくの声が君に届いた瞬間。
世界から音が消えた。
吹雪の音も風の唸りも全部消えた。
そして
ワァァァァァーーーン
泣き声が世界を満たした刹那。
君の白い冷気とぼくの赤い熱が触れ合い。
パァーーーーーン
白い世界が弾け飛んだ。
吹雪がかき消え、辺りの雪が跳ね上がり、真っ白い霧が爆発したみたいに広がった。
空に舞い上がった雪が氷の粒になってシャラシャラと降り注いでくる。
爆発からぼくらを守る様に、君とぼくを中心に淡い光にふわりと包まれてる。
パパとママも側にいて無事だ。
光の外ではさっきと同じ様に吹雪が渦巻いてる。
雪で先が全然見えないくらい真っ白で凍りついた死の世界だ。
その中心にいるぼくたちは熱くも寒くもない淡く優しい不思議な光の中にいた。
君はぼくの腕の中でわんわん泣いてる。
でもさっきまでの涙とは違う。今の涙は、嬉し涙だ。
大丈夫。
いっぱい泣いて良いんだよ。 泣き止むまでぼくが側にいるから。
ワァーン
君の涙が溢れるたびに、淡い光が弱まり寒さがます。
大丈夫。
ぼくは命の炎をさらに、さらに強く燃やして君の心を暖める。
光はぼくの炎で暖めるられる。
「福大止めて。」
「止めるんだ。」
パパとママが起きたみたいだ。
良かった。2人とも無事なんだね。
ワァーン、ワァーン
君の涙が光を冷たくするんだね。
でも大丈夫だよ。
ぼくが君を暖めてあげるから、心配しないで思う存分泣いて良いんだよ。
ぼくなら大丈夫、君の為ならもっともっと熱くなれる。
だからもっと、もっと熱くなれぼくの命。
「今すぐやめてお願い。」
「福大。止めるんだ。」
パパとママがぼくに駆け寄るけど、ぼくの体の熱さで近づけない。
ごめんね。
今までパパとママにいっぱい愛して貰ったのに、ごめんね。
ワァーン、ワァーン、ワァーン
もっともっと泣いて良いよ。
全部出しちゃって良いんだよ。
ぼくが全部受け止めてあげるから、君の全部をぼくが受け止めてあげるから。
だから燃えろぼくの命。
どんな炎よりも熱く燃えろ。
太陽よりも、もっと熱く、さらに熱く、燃え上がれ。
「死んじゃう・・・福大が・・死んじゃう。
パパ、止めて・・・お願い。」
ワァーン、ワァーン、ワァーン、ワァーン
ママ、いつも笑っててくれてありがとう。
大好きだよママ。
「福大、絶対に助けてやるからな。死んだら許さないからな!」
ワァーン、ワァーン、ワァーン、ワァーン
パパ。ぼくのわがままいっぱい聞いてくれてありがとう。いつもパパと一緒にママに怒られたよね。
あれ、嬉しかったんだよ。
パパ大好きだよ。
ワァァァァァーーーン
まだ足りない。
こんな熱じゃ君を受け止められない。
ぼくだけの熱じゃ全然足りない。
だから燃やすんだ。
パパとママから貰った大切な想いも一緒に、ぼくをいっぱいいっぱい愛してくれた二人の想いを乗せて。
ぼくとパパとママの想いの全てを燃やして君を暖める。
大丈夫だよ。
ぼくはもう君のそばを離れないから、ずっと側にいるから。
だから安心して泣いて良いんだよ。
ほら、こうやって抱きしめられると落ち着くでしょう。
安心するでしょう?
1人じゃないんだって分かるでしょう?
ぼく、全部教えて貰ったんだ。
大好きなパパとママから、沢山教えて貰ったんだ。
だから君にも教えてあげる。
ぼくがパパとママに愛して貰った様に、ぼくも君を愛してあげるね。
だから、安心して泣いて良いんだよ。
ワァァァァァーーーン ワァァァァァーーーン
ぼくの心が通じたのかな?
君は今まで以上に大きな声で泣いてる。
嬉しくて嬉しくて涙がいっぱい出てる。
ぼくもそうだったから分かるんだ。
どれぐらいそうしていたんだろう。
不安定だった淡い光は暖かくぼくたちを包み込んでる。
君が泣き止んでスヤスヤと寝息が聞こえてきた時、辺りの吹雪は止んでいた。
良かった。
もう大丈夫だね。
君はもう大丈夫。
ぼくがそうだったから、パパとママに抱きしめられていっぱい泣いたあとは元気になれるんだ。
【あんなに熱く燃えていた炎が】
だから・・・君も・・・大丈夫だよ。
【小さくなってく】
だから・・・もう良いよね。
【あんなに熱かった体が】
「ダメ、ダメ。福大行かない。」
「福大、福大。」
【冷めていく】
パパ、ママもう寝るね。
ぼく、眠くなっちゃったよ。 ぼく、もう寝て良いよね。
【小さく小さく、冷たく冷たく】
さようならパパママ。
君も・・・さようなら。
初めて会った瞬間に君を好きになったみたい。
【淡く薄く溶ける様に】
だからかな。
君にも幸せになって欲しいな。ぼくみたいに。
【ぼくの炎が】
さようなら。
一緒にいられなくて ごめんね。
【消えて】
『いや』
【灰となる】
『もう一人は嫌』




