第3章:銀世界の少女
空気が少しづつ冷えてきて、いつの間にか雪が降り始めてる。星降る夜に雪が降り積もる。
ここはもう別世界みたいだ。
星海の端から今までで一番輝く白い光が現れたのはパパとママが眠った後だ。
「すごい。大きな流れ星だ。」
その流れ星に向かって何度も願いを伝える。今までで一番強く心を込めて何度も何度も願い続けた。
あれ?
流れ星は少しづつ光を強めて消える気配がない。なんだかどんどん光が強くなってく、まるでぼくに向かってまっすぐに落ちてきてるみたいだ。
キャンピングカーの窓ガラスがだんだん白くなってる。窓ガラスが凍りついてる?
空気が凍りつくみたいに、気温もどんどん下がってる。隣で寝ているパパとママの体が小刻みに震えてる。
流れ星はどんどん光を強めてぼくに近づいてくる。
流れ星が近づく度にキィーンと空気が凍りつく音が泣き声みたいに聞こえてくる。
泣いてるの?
パパとママみたいに泣いてる流れ星がぼく目掛けて落ちてくる。
どうして泣いてるの?寂しいから?辛いから?悲しいから?
ぼくに出来る事あるかな?ぼくに何か出来ないかな?
キィィーーン
空気がどんどん凍りついていく。
ぼくもいっぱい泣くんだ。寂しくて辛くて悲しくて泣くんだ。そんな時、パパとママがそばにいてくれるんだよ。
そばにいて、泣いてるぼくを抱きしめてくれるんだ。
キィーン、キィーン
ぼくがそばにいてあげるね。泣いてる君をぼくが抱きしめてあげるよ。そう思った瞬間、ぼくの心は熱く燃え始めた。
キャンピングカーの窓から外を見ると、夜空は星海を埋め尽くす無数の流れ星でいっぱいだった。
山と草木は雪で真っ白に染まっていて、ぼくの目の前には銀世界が広がってる。
大きな流れ星はお月様みたいに輝きながらゆっくりと落ちてくる。
キィィーーン
静寂の銀世界に空気が凍りつく音がまた聞こえた。
やっぱり泣いてる。1人で泣いてる。
ぼくは心を燃やして体温を上げた。それから思い切ってドアを開けて車の外へ飛び出した。
外は空気も凍りつく極寒の世界。なのにぼくの熱った体は全然寒さを感じない。
待っててね。今行くからね。
そう思ったのに・・・。怖くて怖くて足がブルブル震え始めた。
なんでだろうあの光がとても怖い。お月様みたいに優しく光ってるだけなのに、怖くなんかないはずなのに、怖くて怖くて・・・。
この場から動けなくなるぐらい怖い。
でもぼくの心が前に進めって言ってる。抱きしめてあげなくちゃってぼくの心が言ってる。
恐る恐る震える足を一歩進めると恐怖で足がブルブルって震えた。怖い。
でも、泣いてる流れ星を見ると。心が・・・熱くなる。
流れ星から目が離れないまま、もう一歩足を前に進めたら、体がブルブルブルブル震えた。体が怖がってる。前に進んじゃダメだって言ってる。
いつもなら雪を見るだけで嬉しくなるのに、雪を踏むだけで心が躍る様にウキウキするのに、体の震えが止まらない。
でも、流れ星の涙を思うと心がメラメラって熱くなる。
もう一歩、三歩目の足が前に出ない。地面に張り付いたみたいに、重い石が乗っかってるみたいに、誰かが足にしがみついてるみたいに足が前に出ない。
それに身体中がブルブルブルブルブルブル震えておかしくなってる。
本当だったら、誰も通っていない真っ白な雪の上をミシッミシッって歩くだけで嬉しさが心の奥から込み上げてくるのに、あの流れ星に近づくだけで体が震えて行くな行くなってぼくがぼくを必死に止めてる。
なのに、あの流れ星から目が離せないんだ。
優しく光って泣いてるあの流れ星を、見れば見るほど心がメラメラメラメラ熱くなる。
ぼくはメラメラ燃える心を信じて一気に走り出した。
草木も凍りつく真冬の雪山の中を、太陽がギラつく真夏の出立で半袖短パンのぼくは走り出していた。
走った途端身体の震えは止まって、心がカッカカッカ熱くなる。
そばに行ってあげなくちゃって気持ちが早る。
そんなぼくの気持ちとは裏腹に外は別世界になってた。
流れ星がゆっくりと落ちてくると地面が凍る。
ぼくは凍った地面で何度も転びながら体が熱くなるのを感じる。
流れ星の光が強くなると草木が凍る音がパキパキと静寂の中に響き渡る。
ぼくの足に凍った草が刺さってすごく痛いけど絶対に立ち止まらない。だって流れ星が泣いてるんだもん。
流れ星がどんどん近ついてくると動物や虫達の息遣いが凍る。
ハァハァ
静寂の中でぼくの息遣いだけしか聞こえない。今まで聞こえていた虫や動物達の声が聞こえないのがすごく怖いけど、僕は走り続ける。
だってあんなに辛そうに泣いてるんだもん。流れ星に近づく度にぼくの心臓がバクバク熱く脈打ってるのが分かるんだ。
手を伸ばせば届きそうなくらい近くまで流れ星が落ちてきた。
そして流れ星がぼくに近づけば近づくほど風も空気も星空もバキバキバキって音を立てて凍る。
ぼくの体温が上がって心臓を中心に身体中が熱くなる。39.7、39.9。どんどん体温が上がるのが分かる。発作が起こりそうだ。
でもあんなに辛そうに1人で泣いてる流れ星を放っておけない。
ぼくは両手を大きく広げて流れ星を優しく受け止めた。
ふわり
ぼくの腕の中に舞い降りた流れ星は綺麗な雪の結晶だ。
「冷たくて気持ち良い。」
熱く火照るぼくの体を雪の結晶が冷ましてくれる。
雪の結晶は怖くて体が震える様に万華鏡見たく次々と美しく形を変えていく。
「もう大丈夫だよ。1人で辛かったね。」
雪の結晶は震える様にその姿を変えていく。次々と結晶の姿を変える度に冷たさが増していく。
「怖がらなくて良いよ。ぼくが一緒にいるから。」
ぼくはギュッーっと雪の結晶を抱きしめてあげた。いつもパパとママがぼくにやってくれる様に。
結晶は姿を変えながら、ぼくの腕の中から逃げ出そうとしている。でもぼくは放してあげないんだ。君を1人にしちゃいけないってぼくの心が叫んでるから。
ギュッーっと力を込めて、優しく想いを込めて、ぼくの熱い気持ちを君に届ける様に。
ぼくは君を抱きしめた。
ぼくの熱に反応する様に、腕の中で光り輝く雪の結晶は姿を変えていく。
万華鏡の様にみるみるその姿を変えていく。
そして世界が息を止めた瞬間、ぼくと同じ歳ぐらいの小さな女の子へと姿を変えていた。
死装束の様な白い着物と銀色に輝く髪。まるで昔話に出てくる雪女みたいだ。
「大丈夫、ぼくが一緒にいるから。」
ヒクヒクと体を震わせ涙を浮かべる女の子がぼくの腕の中にいる。
女の子は助けを求める様にぼくの服をギューっと掴んで、ぼくの顔を覗き込んだ。銀色に輝く大きな瞳がぼくを映した瞬間。
静寂すら凍りつき世界が凍った。
バキバキバキィーーーン
世界そのものが悲鳴を上げる音が聞こえた。
ぼくの目の前で夜空が凍りつき星々が光を失って行く。ポツポツと雨の様に降り注ぐ石ころは光を失った流れ星。
まるで世界が息を止めたみたいだ。
「全部凍っちゃうの?」
ぼくを見つめる女の子の瞳からポタポタと大粒の涙が溢れ出ている。
知ってる瞳だ。辛くて不安で怖くて寂しくて、でも何も出来ない自分を責めてる瞳。
パパとママがぼくを見る時と同じ瞳だ。
イヤァァァァァァァァ
世界を引き裂く女の子の悲鳴がぼくの体に突き刺さる。
その瞬間、体が雪みたいにフワッと浮いて、サッカーボールみたいにクルクル回転しながら吹き飛ばされた。
ドン!
背中に冷たさが突き刺さってぼくの熱が一気に奪われていくのが分かる。
グハッ!
自分でもビックリするぐらい熱く真っ白な息が飛び出す。
ぼくはキャンピングカーのドアに激突していた。
その直後、女の子の泣き声に合わせて突風が巻き起こり、大粒の猛吹雪が無数の生き物みたいに駆け出し飛び出し跳ね出し這いずりうねりながら暴れ出し世界に広がっていく。
信じられない光景に茫然となってしまった。
でもぼくの脳裏には女の子の姿が焼き付いていた。ギュッと掴んでいたぼくの服から手が離れた瞬間の泣き顔。
吹き飛ばされるぼくに向かって、顔をクシャクシャにして泣いている君は、助けを求めるみたいに必死に手を伸ばしている。
そんな君の姿を思ったら、体が痛くて辛くて苦しいけど、心が熱くなる。だから
『行かないと』
キャンピングカーのドアに叩きつけられた背中が熱くて痛い。
大粒の猛吹雪がぼくの顔にぶつかり、腕に噛みつき、足を引っ掻き、身体中に絡みつく。
猛吹雪が生き物みたいにぼくを地面に押し付ける。
グイグイ押し付けられて身体中全部痛い。大人がいっぱい乗ってるみたいに体が重い。息が上手く吸えなくて苦しい。
でもぼくの熱い体温が生き物達を跳ね除ける。だから
『行かないと』
一歩、二歩。女の子に向かって歩き出す。
イヤァァァァァァァァ!!
空気を引き裂く叫び声が聞こえた瞬間
ドン!!
ぼくの体は吹き飛びキャンピングカーに叩きつけられた。
グハッ!!
身体中が痛い。雪のせいで息が出来ないくらい苦しい。
でも、でも、泣いてる君を放っておけない。
そう思ったら、身体中が指先も足の先も髪の毛の先まで全部が熱くなる。だから
『行かないと』
一歩、二歩、三歩。ぼくは君に手を伸ばし、君も手を伸ばして近づいてくるのが見える。
イヤァァァァァァァァ!!
ドン!!
グハッ!!
痛い痛い凄く痛い。痛みで空気が上手く吸えない。頭も手も足も全部痛い。
雪に落ちる赤い雫は、ぼくが動くたびに増えていく。
流れる血が雪を溶かす。ぼくの熱が雪を溶かす。
ぼくの周りにだけは雪は残らない。こんな雪、ぼくが全部溶かしてやる。
だから大丈夫。だから、だから、だからぼくは行くんだ。絶対に
『行かないと』
その時だった。
・・・ピキッ、パキッ、パキッパキッーン
背後で何かが割れる音がした。
振り返ると、キャンピングカーの窓ガラスが凍りつきヒビ割れている。
キャンピングカー全体が真っ白な霜に覆われ凍りつきミシミシと悲鳴をあげてる。
「え・・・?」
さっきまであんなに温かかった車が、ぼくとパパとママの三人がいた温かい車が、みるみる白い世界に飲み込まれていく。
白くヒビ割れた窓の向こうで、パパが肩を震わせママを抱きしめている。パパもママも唇が紫に変わり、顔も手も足も身体中全部が霜に覆われている。
パパとママの細くて弱々しい白い息がぼくの心をグシャっと潰した。
パパとママが死んじゃう。
いつも冗談を言って、大袈裟で笑ってばっかりのパパ。
何にでも笑ってのんびり屋でだらしないママ。
それなのにぼくのいないところで泣いてばかりのパパとママ。
いつも一緒にいてくれるパパとママ真っ白になって死んじゃう。
君を助けたい。パパとママみたいに泣いてる君を助けてあげたい。なにが出来るかなんて分からないけど助けてあげたい。
でもパパとママを、大好きなパパとママを放っておくなんて出来ないよ。
分からないよ。ぼく、どうしたら良いの?
どうしたらみんな助かるの?なんでこんな事になったの?誰か助けてよ。
パパママ助けてよ。ぼく分からないよ。
胸の奥がジューって焼き付く様に痛くなってきた。熱が胸を中心にドンドン広がっていく。
内側からジュージュー焼かれる様だ。喉がカラカラになって息苦しい。口から火が出そうなぐらいに顔が熱くなってくる。顔が熱くなって頭もボォーッてしてくる。
ジューーーーー
ぼくの体がドンドン熱に支配され、周りの雪が音を立てながら溶けて白い蒸気に変わっていく。
何も考えられなくなるくらい体が熱くなる。
パパママ痛いよ苦しいよ。ぼくどうしたらいいの?
『福大、パパとママどっちが好き?』
・・・パパの声が聞こえる。
「ママが好き、パパは2番」
『なんだよそれ。なんでパパが2番なんだよ。』
「良いじゃんママが1番なの。パパは?ママとぼくどっちが好き?」
『ガッハッハ決まってるさ。2人とも一番好きだ』
「ずるいよそんなの。」
『ずるくなんかないさ。本当の事だからな。』
いつだったか、深夜にパパと一緒に病院を抜け出して公園に行った時の会話だ。
大笑いするパパは、膝の上のぼくをギュッと抱きしめてくれたんだ。
『福大もママも、パパは一番好きなんだ。』
「どっちが一番か教えてよ。」
ぼくは振り向いて、パパの顔を覗き込んでギロって睨みつけてやった。
『ガッハッハ怖い顔するなよ。2人とも一番好きなんだよ。』
「だぁーかぁーらぁー、そうじゃないでしょう!」
またパパが大笑いしてぼくの話をはぐらかす。
深夜の公園にパパの笑い声が響く。
『福大、良いんだよ一番がいっぱいあったって。』
「どうして?一番は一個だけでしょう?」
『好きなら全部大事にして全部一番にすれば良いんだ。』
「そんなの変だよ」
『変だって良いんだよ。みんなと同じじゃなくたって良いんだよ。パパは欲張りだから好きなものは全部一番なんだ。』
「変でも良いの?みんなと同じじゃなくても良いの?」
『当たり前だろう。』
「ぼくみんなと同じじゃないよ。普通じゃないよ?病気なんだよ。だからぼくよりもママを一番にして欲しいんだ。」
『嫌だね。パパが一番好きなのは福大とママだ。福大になんて言われたって絶対に変えない』
「変だよ。そんなの変だよ。」
『変でも良いんだよ。それが家族なんだから。』
「ぼく、パパもママも一番好きだよ。」
『知ってるよ。ついでに福大が泣き虫だって事もな。』
「パパもでしょう」
あの日、いっぱい泣いたんだ。2人で星を観ながら一晩中泣いた。
朝、迎えに来たママに2人して凄く怒られたけど。
ママも泣いてたっけ。
ぼくたちは、もういっぱい泣いたんだ。
キャーーーー
女の子の鳴き声で水蒸気が霧散する。
パパとママとぼくの泣き顔が煙の様に消えていく。
だったら泣いてたって仕方ないよねパパ。
そう思った瞬間、身体中の熱がギューッて体の中心に集まって今までにないくらい熱くなって心がボォーって燃え始める。
一番好きなんだから。
「守らなくちゃ」
泣きじゃくる君がぼくを呼ぶ様に近づいてくる。
ぼくの心が燃え盛る。
「絶対助けてあげるから待っててね。」
君にそう言って、ぼくはパパとママに向かって走り出した。




