第1章:【星雲の狭間】
『オルゥーー!アンドゥーー!』
『トーロースゥーーーのーーー』
『ワン!』
『ツーー!』
『モーニング!!スタートだぁーーー!!』
『ワン!』
『ツーー!』
ラジオから飛び出してきたのは、ワンワンと響きのある低く野太い声とツーツーとキャン高いチャラ声だ。
オル『おはようございます集灯町の皆ワン。オル&トロス、兄のオルだワン』
トロス『おっはよーーーん!起きろ集灯町のみんな!!オル&トロス、弟のトロスだツー」
オル『さぁ、オル&トロスのワンツーモーニング!今日も元気にワンワンいくワン』
トロス『ツーツー行くゼェーー!ツーツーー!』
オル『では、今日のニュースですワン』
トロス『ツーツー、ツーツー、今日最初のニュースは』
オル『トロス、それは私の原稿だ。返すワン』
トロス『良いじゃん良いじゃん。オレが読んでも良いじゃんツー!』
ガブ!
トロス『ぎゃツー!!』
オル『では、今日最初のニュースだワン』
パパがハンドルをガンガン叩きながら大笑いしている。
「ガッハッハ、今トロス噛まれたよな。」
ママはポテチを小リスの様にポリポリ食べながら、ポロポロ溢して笑ってる。
「きゃー!トロちゃんかわいそう。毎日噛まれてるよ。」
ぼくは窓を開けて冷たい風を浴びながらラジオを聴いている。
「ぼく、オル派なんだよね。あれはトロスが悪いよ。」
窓から冷たい風が吹き込んでくるけど、ぼくの体温で車内はほんのり暖かい。
「パパはトロス派だな。あのハイテンションが堪らん。」
パパは車の振動に体を任せ、カーブの度に体を揺らす。
「ママは2人共好きよ。ワンツー、ワンツーって楽しいもんね。」
ジュースとお菓子を両手に持ってパクパクモグモグ食べ続けてる。
キャンピングカーのラジオから聴こえる『オル&トロスのワンツーモーニング』は集灯町の大人気ラジオなんだ。
集灯町のみんなは、朝この番組を聴いてるんだ。
八尺様も、貧乏神の紡ぎちゃんも、狸じいちゃんもみんなだ。
オル&トロスはいつも集灯町にやってきてインタビューとかしてるんだよね。
ぼくも何回も見た事あるけど、頭が2つある犬がオル&トロスなんだ。
オル『それでは、今夜のしぶんぎ座流星群情報だワン。』
「え、しぶんぎ座流星群の情報!パパママ、もっとラジオのボリューム上げて。」
「熱っ!福大、そんなに興奮するな。」
「福大、はいアイス。冷たくて気持ちわよ。」
「ごめんごめん、ママありがとう」
トロス『流星群を読ませろ噛ませろ拝ませろツー』
オル『今はお前の番じゃないワン。黙っているワン』
トロス『黙らないとカミカミするツー』
オル『甘噛みは止めろワン。』
「「「最高!!!」」」
「良いな良いな今日も最高に面白いなオル&トロスはパパはこう言うノリ大好物だよ。」
「ママも大好き。お菓子ぐらい好き。」
「やっぱりぼくはオル派だな。」
オル『はっ!失礼したワン。今年のしぶんぎ座流星群は無数に降り注ぐ流れ星を見る事が出来るワン。新月で月明かりもなく、快晴で雲もなく、空気が澄んだ。天体観測にはもってこいの日だワン。』
トロス『そうだぜ、そうだぜ。特に集灯山からは綺麗な流れ星がこれでもかって見えるみたいだツー。今日は最高の天体観測日和だツー。』
オル『天体観測にピッタリの1曲をお届けしるワン。』
トロス『BUMP of dock 天体観察だツー』
「おー天体観察だ。懐かしいな。パパ昔よく歌ってたんだ。」
「ママもよ。みんなで星を見ながら歌ったの覚えてる。」
「ぼくはパパとママが何度も歌ってるのを聞いて覚えちゃったよ。
♪見えないものを見ようとして双眼鏡を覗き込んだ♪
ぼくたちは、てんでばらばらに歌い始めた。
パパは盛大に音程を外すし、ママはノリノリだけど歌詞を覚えてないから適当だし、ぼくはリズムに乗れず無茶苦茶だ。
みんな好き勝手歌って、ブレーメンかよって思うぐらい最高に楽しい。
本当に楽しいな。ぼくはこんなパパとママが本当に大好きなんだ。
「お、福大がどんどん興奮してきたな。顔が真っ赤じゃないか。ママ。」
「任せて。」
ママはクーラーボックスから大量の氷を取り出してぼくを包んだ。
氷がぼくに触れた瞬間。シューって音をたてて白い湯気が上がった。そして氷はあっと言う間に生温い水へと姿を変えた。
「気持ちいい。ありがとう。」
「今日は福大のためにいっぱい氷持ってきてあるからね。遠慮しないでいっぱい楽し観ましょう。」
「そうだね。ありがとうママ、パパ。」
「おー!集灯山が見えて来たぞ。」
「きゃー、今夜はキャンプ飯ね、」
「ママ、ずっと食べてるよね。」
「クーラーBOXにいっぱい冷凍食品詰め込んできたから、今日は冷凍パーティーよ。」
「え!キャンプ飯じゃないの?」
「だって火使ったら熱くなるじゃない。熱いのは福大で充分よ。」
「でもキャンプ飯って、火を使って料理するんじゃないの?」
「ガッハッハ!福大、小さい頃から常識に囚われるな。そんな常識捨てちまえ。我が家のキャンプ飯は冷凍食品パーティーなのだ。ガッハッハ。」
「そう冷凍食品パーティーなのよ。」
「そ、そうですか。まぁみんながそれで良いなら良いけど・・・」
変わったパパママだけど、それもまた楽しいんだよね。
オル『しぶんぎ座流星群は今夜からどの方向からでも見れるワン。日付をこえた深夜頃からがピークになり、放射点は北東のりゅう座の方角になりますが、どの方角からでも多くの流れ星を見る事が出来るワン。』
トロス『今夜、大切な物を盗まれるツー』
オル『大切な物ワン?』
トロス『流星群に眼を奪われ!心を奪われるツー。』
オル『どこの大泥棒の話をしてるワン。』
トロス『みんな夜空を見るツー。何も考えず流れ星を見るツー、いっぱい考え事を抱えて流れ星を見るツー。そしたら流星群が全部まとめて奪ってくれるツー。心を空っぽにしてくれるツー。そしたら絶対笑顔になるツー。笑顔だけは大泥棒でも流星群でも奪えないツー。』
オル『トロス・・・ちゃんと台本通りのセリフありがたいが、それは私の原稿だワン。勝手に奪うなワン。』
ガブガブ
ギャーア
トロス『こうしてオイラはオルに命を奪われるツー。』
「ガッハッハ、トロスが良いこと言ってると思ったら、またオルの原稿取ったのかよ。最高だなトロス。」
「トロスちゃん今日齧られ過ぎだよー。でも、それが面白いのよね。」
パパもママもお腹を抱えながら大笑いしながら聞いている。
ぼくもゲラゲラ笑っちゃった。
「パパ知ってる?流星群って、星座から星が降ってくる訳じゃないんだよ。地球が宇宙空間に漂うチリの中に突入して、沢山のチリが地球の大気と激しく衝突して、その衝突の摩擦熱で周囲の空気が光を放つんだ。つまりそれが」
「「つまりそれが?」」
パパとママの声が揃って聞いてくる。
「流星群なんだ!」
「おー、流星群凄いな。パパは沢山の流れ星が宇宙から飛んできたと思ってたぞ。」
「違うんだよ。パパが言ってるのは彗星。彗星と流星群は違うんだ。彗星の正体は氷とチリで出来た巨大な塊。その彗星が太陽の熱で溶けたりバラバラになった氷やチリが地球の軌道上に散らばるんだ。
その氷やチリの中を地球が突入すると流れ星の様に見える流星群になるんだ。
彗星は塊だから物体で、流星群は光ってるだけだから現象なんだ。
それからね。それからね。」
ぼくは図鑑で覚えた内容をここぞとばかり話した。自分が知ってる事を得意げに話して時って楽しいよね。
しかもパパもママも「うんうん」言いながら最高の相槌で聞いてくれるんだ。
話すだけで体が熱くなって興奮が止まらないよ。
パパが車の窓を全開にして、ママが話を聞きながらぼくの体を氷で冷やしてくれる。
ぼくは楽しくて嬉しくて今までで一番興奮しちゃった。
だって、パパもママもぼくがこんない興奮してるのに全然止めないんだもん。
集灯山へ向かうキャンピングカーの中。
ぼくは流れる様に宇宙を語りだし。
パパはラジオから流れる音楽を音痴に歌い上げ。
ママは流れ作業の様にぼくを冷やしてはお菓子を口に運んでいる。
道路脇に積まれた雪は、キャンピングカーが集灯山に近づくたびに高くなり道が細くなる。
山道を登れば登るほど清涼感溢れる空気が凍てつき空が澄み渡る。
車を揺らしバカ騒ぎしながら走るキャンピングカーの窓から、薄く淡い白い光が動いているのに誰も気づかなかった。
パパはいつも以上に笑い。
ママはいつもより優しく。
ぼくはいつにも増して喜んだ。
キャンピングカーが最後のカーブを曲がると、
ぼくの視界が一気に開けた。切り立った崖の向こうに見えるのは真っ白な雲。
「雲海だ。」
ぼくの呟きは強い風に飲み込まれてパパとママには届かなかったみたいだ。
パパがキャンピングカーから降り、大きく背伸びをしてから空に向かって。
「ヤッホーーーーーー」
そして耳に手を添えて顔をグイッと空に向けた。
それを見たママがすかさず同じ様に空に向かって
「ヒャァホーーーーー」
ママもパパと同じ様に、耳に手を添えて顔をグイッと空に向けている。
「パパママ、やまびこは山に声が反射して戻ってくるんだよ。山にいるからって空に向かって叫んでも声は返ってこないよ。」
固まるパパとママの顔が一瞬で赤くなった。
こんな事も知らないパパとママを持ってぼくは恥ずかしいよ。
「福大、ここが今日の天体観測ポイント【星雲の狭間】だ。」
パパが何事もなかったかの様に説明口調で話し出した。
「集灯山で一番の絶景ポイントで天体観測に打ってつけの場所だ。風が強いから吹き飛ばされない様に、しっかりパパに掴まってるんだぞ。」
ビュービューと吹く風が、キャンピングカーをグラリと揺らして吹き抜ける。
ぼくはヒョイって車から降りてパパに抱きついた。
風が強くて本当に飛ばされそうだ。
パパに掴まりながら恐る恐る雲海を見渡す。
崖の向こうに広がる雲海は、まるで巨大な白い海だ。
青い空と白い海の間にいるちっぽけなぼくたちは、息を呑み絶景に心を奪われ立ち尽くしている。
目の前の太陽がゆっくりと雲海に沈んでいく。
沈むって言うか、雲に飲み込まれていくみたいだ
雲海に飲み込まれる太陽のオレンジ色の光が雲を染めていく。
少しづつ飲み込まれる太陽は赤みを増し、雲海は真っ赤な太陽を優しく抱きかかえる。
風が吹くたびに、雲海が波の様にゆらゆらと揺蕩う。
そして太陽が完全に雲海に飲み込まれた瞬間。
青空の色が一気に深くなった。
今まで見た事もない神秘的な光景に、ぼくたちは誰も喋れなかった。
まるで世界が息を止めているみたいに静寂の中にぼくたちはいた。
太陽が飲み込まれた夜空は一気に暗くなるり、
ぽつ、ぽつ、と星が浮かび上がってくる。
最初は1つ2つと数えるほどだったのに、気付いたら空いっぱいに星が張り付いていた。
雲海の白い海の上に、もうひとつの海ができたみたいだった。
ぼくの足の下には雲の海。
ぼくの頭の上には星の海。
風が吹くたびに雲が揺れ、星が揺れて見える。
心の底から湧き上がる興奮が熱となり、ぼくの体から立ち上る。
パパもママも、
しばらく言葉を失っていた。
「・・・すごいな」
パパが小さく呟いた。
「・・・すごいわね」
ママが小さく答える。
「・・・すごいね。」
ぼくは小さく頷いた。
ぼくたちの声は誰にも届く事なく星海に吸い込まれていった。
「ガッハッハ!」
パパが突然ぼくとママを抱き抱えて笑い出し。
まぁ、パパはいつも突然なんだよね。
『パパとラブストーリーは突然だぁー』ってよく叫んでるけど、なんの事だか全然分からない。
「今夜は最高の夜になるぞ。」
「もちろんよ。最高の夜にするんだから。」
「パパ痛いよ。抱きつきすぎ。」
パパがなかなか離してくれない。
「忘れられない夜にするんだ。」
「そうよね・・・絶対忘れない。」
「苦しいよぉ、もう離してよぉ。」
ポツリ
ぼくの顔に落ちた一筋の雫。
「パパ?泣いてるの?」
うわぁーーん
「え!パパどうしたの?」
突然泣きじゃくるパパ。やっぱりパパは突然が多い、昔からだけど。
「パパはね・・・こんな綺麗な景色を家族で見れて感動して泣いてるんだよ。」
「泣きすぎじゃない?」
「パパ、泣き虫だから。」
「そうだね。パパ泣き虫だもんね。」
うわぁーん、うわぁーん
パパはぼくたちを抱きしめたまま、わんわん泣いている。
子供みたいに泣きじゃくるクマみたいに大きなパパを、子リスみたいな小柄なママがよしよししている。
確かに忘れられない夜になりそうだ。
太陽は完全に沈み、星海は無数の星達で煌めいている。
この煌めきの一つ一つが太陽みたいに光る星なんだ。
その光は何千何万光年もかかってぼくの所まで届く。
ぼくが見ているこの星の光は、遙か昔の星の光を見ているんだ。
宇宙って凄いな。本当に綺麗だな。パパとママと一緒に見れて最高に幸せだよ。
だから大丈夫だよパパ。ぼくは今夜の事を絶対に
「忘れないよ」
うわぁーーーーーん
【星雲の狭間】にパパの泣き声が響き渡る。
パパが泣いてるからかな?ぼくの胸が熱くなるのを感じる。周りの気温がグンっと下がって星空が揺れて見える。星空の端の方で星とは違う白い光が揺れている。
なんだろうあれ?遠すぎてよく見えない。何かが光ってるんだけ・・・。
うわぁーーーーん
「パパうるさいよ。」
うわぁーーーーーーーーーん
「福大、やめてあげて、パパが可哀想でしょう。」
「え!ぼくのせいなの?」
「パパ、大丈夫だからね。みんな絶対に忘れないよ。だから泣かないでね。」
「ママありがとう。パパもう泣かない。ガッハッハ。よし、準備開始だ。ママも福大も手伝え!」
「おー、準備開始だー。パパがんばれ。」
「おー頑張るぞー」
パパは泣き止み笑い出す。ママはパパの周りをぴょんぴょん跳ねながらパパを応援してる。
パパはいつもこうだ。すぐ泣いてすぐ笑う。本当に子供なんだから。
「よーし、まずは火を起こすぞ!ファイヤー。」
「パパ隊長!風が強くて火がつきません。」
「ガッハッハ、諦めるな、諦めたらそこで試合終了だ。」
「先生・・・バスケがしたいです。」
パパとママのバスケ漫才が始まったので、ぼくぼくで天体観測の準備を始めた。
「俺は最後まで諦めない男だ。」
「くそ・・・なんで私はあんな無駄な時間を・・・」
火をつけるのは諦めて欲しい。それにこの時間こそが無駄ですから。
無駄に続くバスケ漫才を無視してぼくだけが準備をしてる。
あの漫才早く終わらせてくれないかな?
ねぇ、ぼくのパパとママって普通じゃないよね?




