プロローグ
温もりを避け、優しさを避ける。
孤独を求め、冷たさを求める。
淡く小さな光は、太陽を嫌うように夜から夜へと地球を巡り続けていた。
まるで何かを探すように。
まるで何かから逃げるように。
その存在を知る者はいない。
光自身でさえ、自分が何者なのかを知らない。
ただ、無意識に漂いながら、
無意識に惹かれる【熱】だけを感じていた。
そして、光は地上のある一点から放たれるその熱へと、
ゆっくりと、確かに、落ちていく。
オープニング
玄関から飛び出したぼくは、太陽の光を全身に浴びながら思いっきり背伸びをして腕を青空に向かって伸ばした。
「気持ちいい」
ぼくの体から立ち上がる熱気が、冬の朝の冷たい空気にフワッと溶け込む感じが最高に気持ち良い。
「木の葉さん、おはようございます。」
集灯町のどこからでも見える巨大樹【木の葉】にあいさつするのも忘れない。
何千年も前からある大きな樹でずっと町を守ってくれてるんだって。
「福大、おはよう。」
向かいの家から出てきたのは、二足歩行で歩く狸だ。
「おはよう、狸じいちゃん」
「今日、遊びに来るか?ブンブク茶釜の話聞かせてやろう。」
「もう聞き飽きたよ。」
「じゃあ一緒に狸合戦でも観るか。あれは面白いぞ。」
「それも観飽きたよ。じいちゃんも変身下手だし。今日はパパとママと一緒に出かけるからまた今度ね。」
「そうかそうか、じゃあまた今度な」
狸じいちゃん、また狸のまま二足歩行で歩いてるよ。人に化けると四足歩行になるし、あれわざとやってんのかな?
集灯町の朝はいつもこんな感じで賑やかなんだよね。
「福大おはよう。」
キキィーっとブレーキ音を出しながら現れたのは爆速の神様、韋駄天様だ。
「韋駄天様、おはようございます。」
「ほら、朝刊と八尺牛乳だ。お前小さいんだからちゃんと牛乳飲んで背を伸ばすんだぞ。」
「この前、背が八尺も伸びで困ってた人いたよ。」
「おー、そうかそうか、そいつは良かったじゃないか。福大もちゃんと飲むんだぞ。じゃあな。」
「ぼく、八尺様ほどは伸びたくないかも。って、もう居なくなっちゃった。さすが韋駄天様は早すぎるな。」
本当に集灯町って朝から賑やかだよな。
「福大、寒くない?これ着る?」
ママが慌てた様子でモコモコの上着を持って玄関から出てくるけど、そんな可愛いの着るわけないじゃん。ぼく男の子だよ。今年で小学一年生になるんだよ。
ぼくのママは小柄で小動物みたいにピョンピョン跳ねるみたいに歩くのが可愛らしい。
白いマフラーと少し大きめのものポンポン付きニット帽が今日も似合ってる。
のんびり屋で抜けてるとこもあるけど大好きなママだ。
「全然寒くないから大丈夫だよ。」
「そっか、大丈夫か。福大はいつもポカポカだもんね。」
「そうそう、寒さ知らずのぼくにモコモコアウターなんかいらないんだから。ママこそ大丈夫?外寒いよ。もっと厚着した方が良いんじゃない?」
「大丈夫よ。福大がいるもんね。」
ママがギューってぼくに抱きついてくる。
「うふふふふ、あったかい。」
「うわぁ!ママ、手冷たいよ。」
「福大、あったかーい。」
「ガッハッハっ!今夜は冷え込むらしいぞ。」
玄関のドアをバタンって勢いよく開いてパパが大荷物を軽々と抱えながら出てきた。
「集灯山の深夜は氷点下まで気温が下がるんだからな。これでもかってぐらいガンガン厚着して行こう!」
今日のパパもテンション高いな。
ぼくのパパはクマみたいに大きな体で力持ちなんだけど、大雑把ですぐ泣くのがダメなとこだよね。
泣き方が「うわーーん」って、子供かよって思うよね。
ママとお揃いのマフラーとポンポン付きのニット帽がはち切れそうなのが面白い。
そんな、優しくてぼくをいっぱい笑わせてくれる最高のパパなんだ。
「まぁ、パパにはいつでも熱々福大カイロがあるから必要ないけどな。」
片手でぼくをヒョイって持ち上げて、器用に肩車してくれる。
「うん、あったかい。これぞ福大マフラーだ。はっはっは。」
「そうだね。パパとママを温めるのはぼくの仕事だもんね。どんなに寒い夜でもぼくの熱で暖めてあげるから任せてよ。なんたって今日は、待ちに待った。
「「「「天体観測!!!」」」
なんだからさ。」
「ぼく、今日のためにいっぱい星の勉強したんだ。」
今夜の事を考えただけで、ぼくの胸がドキドキして心の中からワクワクが溢れ出てくる。ぼくは溢れる思いのまま熱い想いを早口でマシンガンみたいにバババババーンって喋っていた。
「オリオン座の一等星はベテルギウスとリゲル、牡牛座のアルデバラン、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、双子座のカストルとポルックス。全部見つけるんだ。それにベテルギオウスはもうすぐ超新星爆発を起こすかもしれないって言われてるんだよ。もし今日超新星爆発が見れたら最高だよね。それからそれから。」
ぼくは覚えた星座の名前を次々に披露すると段々テンションが上がってきて体が熱くなってきた。
「福大落ち着いて、熱くなってるよ。」
「興奮し過ぎだ」
ママが素早くアイスノンを取り出してぼくの額につける。
パパは慣れた手つきで台所から氷水を作って持ってきてぼくの首と両脇に押し当てる。
パパとママのぼくの熱を覚ますのは手慣れている。
そんなに熱くなってたかな?
そう1月2日の今日は家族みんなで集灯山に流れ星を見に行くんだ。
三大流星群の一つ、しぶんぎ座流星群が今夜一番良く見えるんだ。
今日は新月だから月明かりも邪魔しないし。格好の観測日和なんだよ。
もうワクワクが止まらないよ。
今日のためにパパが友達からキャンピングカーも借りて準備万端。
「よし。最後に福大を乗せたら準備OKだな。」
「そんな訳ないでしょう。荷物全然乗ってないし、まだ誰も準備出来てないから。ママもまだ車に乗っちゃダメ。」
「えー。私は準備万端だよ。」
「そう言う言葉は、パジャマを着替えてから言ってくれないかな?」
「あらまぁ。」
「はっはっは。ママはいつも抜けてるな。パパはもう準備万端だぞ。」
「だから、そう言う言葉は、手に持ってるフライパンとフライ返しを片付けてから言ってよね。って、なんか焦げ臭いよ。」
「しまった、目玉焼きだ。」
「パパ急いで。」
「任せろ!」
はぁ、毎日こんな感じなんだよね。今日の天体観測大丈夫かな?なんだか熱が上がってきた気がするよ。
ダダダダダダーって家の中に戻るパパは、せっかく持ってきた荷物を車にも乗せずに行ってしまった。
パパって一個やると一個忘れる。でもそんなパパがぼくは大好きなんだけどね。
「さてと、ママはコーヒーでも淹れますか。」
「ママ、コーヒー豆を挽くのは止めてよね。流石にそんな時間ないよ。」
「えー、美味しいのに」
「ダメです。ママゆっくり挽くから時間かかり過ぎるんだもん。」
「はぁーい。分かりましたよ。もぉー」
プンプン言いながら家に戻るママ。いや、本当に言ってるんです。プンプンって『さとう珠緒』かって思うよ。
さてと、ぼくも着替えて準備しなくちゃ。
「ママ、ぼくの服準備してる?」
「あるわよぉ〜。Tシャツと短パンリビングに置いてあるから。」
家の中からのんびりしたママの声が聞こえる。
「わかった。ありがとう。パパぁー、ぼくの目玉焼きは半熟だよ。」
「ママはよく焼きでーす。」
「はっはっはっ、今日の目玉焼きはみんなコゲコゲだ!」
「「えーーー」」
「ガッハッハっ」
今日の我が家も平和です。




