第97話 やるべき事だったから
バタバタと過ごしている内に時は流れ、新年を迎えて2月に入った。そして迎えた12日、再び訪れたリサ姉の誕生日。
平日だったが有給を取得し、リサ姉と共に懐かしのマリンパークへやって来た。初めて2人でデートをした場所。
セフレの関係となって、リサ姉が俺を男性扱いし始めてくれた頃の記憶。あの頃は、本当に不思議な関係だった。
傷の舐め合いをしつつ、何となくお互いに求め合っていた。あの頃はまだ、微妙な関係だったと思う。
リサ姉もあの頃はまだ、好きと言える程では無かったそう。惹かれてはいたらしいけど。
「何や懐かしいなぁ。ほぼ2年ぶりぐらい?」
「去年は忙しかったからね。次は杏奈ちゃんも連れて来よう」
今では心因性蕁麻疹が完治した杏奈ちゃんだが、ここまで来るのは長かった。完全に症状が消えたのは先月の話だ。
お陰で連れて行く場所も、気を遣わねばならなかった。トリガーとなる地雷系女子が、なるべく居ない場所である必要があった。
水着になるプールや海、そもそも来ないであろう山。あとは温泉旅館などを選んで出掛けて来た。
こう言ったテーマパークは、あまりにも遭遇リスクが高い。去年の内は、杏奈ちゃんを連れては来られなかった。
受験勉強が本格化する前に、1回ぐらい来られれば良いと思っている。ただ今日ばかりは、2人で過ごさせて貰う。
「あの子もなぁ、もうちょっと落ち着いてくれへんかなぁ?」
「言っている間に高校生だよ? 大丈夫だって」
自分で言っておいて何だが、もう今年で杏奈ちゃんは中学2年生だ。来年にはもう受験生である。時間の流れは早いな。
それだけじゃなく、今年からはリサ姉との妊活が始まる。遂に俺達の間にも子供が出来る。まだ少し先の話だけど。
ただ来週から産婦人科に通い始めて、前準備を整える予定だ。32歳になったリサ姉は、高齢出産に片足を突っ込んでいる。
妊娠の境目は33歳らしく、不妊治療をしながらでも確率は3割まで落ちる。だが32歳までなら、4割を維持出来る。
その数字は20代とそう変わらない確率で、確実性は十分にあると言える。後は俺次第だろう。
精子の検査キットでは、今年に入ってからも問題は無し。ならば残るは、働きながらどれだけ頑張れるかだ。
後輩もまた4月になれば増えるだろう。仕事を教える立場に回って貰うと、高嶺部長から既に言われている。
副業も間に挟みつつ、どれだけ回数をこなせるか。全てはそこに掛かっている。俺の体力勝負となって来るだろう。
だがそれよりも先に、やっておかねばならない事がある。それはリサ姉へのプロポーズだ。
以前この日に決めると誓い、今日まで準備を進めて来た。有給取得についても、前もって高嶺部長に相談済みだ。
2月12日がリサ姉の誕生日なのは、言うまでもなく高嶺部長は知っている。全てを口にしなくても、すぐに察してくれた。
頑張りなさいと背中まで押して貰い、今日という日を迎えた。婚約指輪だって、しっかり買ってある。
杏奈ちゃんの件もあるから、リサ姉が結婚する気なのは分かっている。今更確認するまでもない事だ。
でもプロポーズをせずに結婚するのと、した上で結婚するのは違うだろう。やはり筋は通すべきだと思う。
緊張しながら、リサ姉と懐かしい光景を見て回る。約2年前のGWに、2人で来た初デートのままだ。
「流石にお客さんは減ったね」
「あん時はぎゅうぎゅうやったもんなぁ」
あの時と同じように、腕を組んで水槽を泳ぐ魚達を見る。当時はリサ姉との密着具合に、かなり意識を持っていかれた。
まだそんなにリサ姉と肌を重ねておらず、殆ど童貞みたいな反応をしてしまった。実際、あの時は圧倒的な経験不足だった。
ちょっと初恋のお姉さんに筆おろしをして貰っただけの、女性を知らない男でしかなかった。でも今はもう違う。
以前のように、リサ姉にリードされねばならない男ではない。胸を張って、リサ姉と共に歩いていける。
幸せになって欲しいと願うのではなく、俺が幸せにする側へと回った。何もかもが、当時とは違っている。
「懐かしいよね。ここでナンパされてたよね」
昼食時にリサ姉が、ナンパされた広場へとやって来た。あの男達の見る目だけは確かだったよな。
リサ姉の大人の魅力を見抜いていたのだから。とはいえ、許すつもりなんて無かったけどね。
「あったなぁ……」
「リサ姉って、ちょいちょいナンパされるよね」
高嶺部長と行った海でもそうだし、未だに声を掛けられている。見た目だけならまだ、20代後半で通じるしな。
少しキツそうに見えても、美人である事に変わりはない。今日だって、たまに視線が飛んで来る。
芸能人だと思われても、不思議ではないオーラがあるからな。本人にそのつもりは無いけれど。
「今日はあそこ、行けるんじゃない?」
「え? ああ、アザラシの観られるレストランか? ちょうどエエし行ってみよか」
前回来た時は人が多過ぎて、入れなかったパーク内のレストラン。アザラシの水槽に囲まれたここの目玉だ。
2人で行ってみれば、少し並ぶだけで入る事が出来た。入場ゲートを潜ると、周囲には綺麗な水槽が配置されている。
客席のどこに座っても、アザラシの水槽が見えるようになっている。女性客や家族連れが楽しそうに食事をしていた。
写真撮影が許可されているので、様々な人達が食事中や食後に写真を撮っている。外国人観光客も居るみたいだ。
「へ~ええやんコレ」
「杏奈ちゃんが喜びそうだね」
杏奈ちゃんはリサ姉に似て、可愛い動物が好きだ。母娘らしく似ている面は結構多い。違うのは不良生徒ではない事ぐらいか。
まだ中学生だから、将来ヤンキー化する可能性は残っているけどね。でも今のところは、そうなるとは思えないけど。
平成のギャルじゃなく、令和のギャルはヤンキーじゃない。ヤンキーはあんまり流行っていないからね。
多少なりとも居るみたいだけど、杏奈ちゃんはそのタイプではない。ただオシャレなだけの女の子だ。
「料理が来るまで、写真撮ろうや」
「良いよ」
注文した料理が届くまで、2人で記念撮影をする。それからもリサ姉は、アザラシの写真を撮り続けた。
相変わらず可愛い人だよな本当に。動物達を前にしたリサ姉は、毎回少女のように喜ぶ。見た目とのギャップが凄い。
黙っていれば、意思の強そうな平成のギャルなのにな。中身はお茶目で女性らしく、同時に立派な母でもある。
だから俺は憧れたし、今もこうして愛している。約14年前に出会って、今ではこうして付き合っている。
目の前で笑っているリサ姉を、俺はこれからも見続ける事が出来る。その為に俺は、リサ姉と結婚をする。
「美味しかったなぁ。また来ようや」
「そうだね」
昼食を済ませた俺達は、マリンパークを満喫した。一度目と違って、恋人として夕方まで過ごした。
今でも忘れていない。イルカショーの会場で、リサ姉は俺に杏奈ちゃんとの結婚を勧めた。
そこで俺は、リサ姉に恋愛対象として見て貰えていないと思った。だけどそれは勘違いで、俺が良く分かっていなかっただけ。
リサ姉への理解が、あの時は足りていなかった。これからも俺はまた、間違えるかもしれない。
足りない部分はあるだろう。俺は自分を完璧だなんて思っていない。だけど、それでも俺はリサ姉と共に歩む道を選ぶ。
「ねぇリサ姉。今日はさ、誕生日でしょ?」
「? だからデートなんちゃの?」
今日ここに来た本当の目的を、リサ姉には教えていない。知っているのは高嶺部長と、杏奈ちゃんだけだ。
サプライズにする意図も多少はあったけど、それだけが全てではない。出来るだけ自然な形で、伝えたかったから。
事前に伝えておくと、上手く伝えられないかもしれないから。それだけは避けたくて、こんな形を取った。
マリンパークの広場にある噴水の前で、俺はポケットに入れていた婚約指輪を手に取る。夕日が周囲を紅く染めている。
「誕生日に俺からお願いがあるんだけどさ。残りのリサ姉の人生を、全部俺にくれないかな?」
「……なっ!? もう……良いに決まっているやんか」
照れながら笑うリサ姉は、今までの人生で見て来た中で一番可愛い姿だった。




