第95話 夏休みの思い出に
まだ正式な家族ではないけれど、実質的には家族となった俺達はプールへとやって来た。
杏奈ちゃんに夏休み中の思い出を、何か作ってあげようと思って。夏だからプールは少し安直かもしれないけど。
ただ杏奈ちゃんは喜んでいるから、そう悪い選択では無かっただろう。水着を買うのも楽しかったみたいだ。
どんな水着にするかで、リサ姉と結構揉めていたけどね。まだ大人なデザインは早いとか、そんな事ないとかで。
中学生という絶妙な年齢は、女の子にとって色々とあるだろう。子供と思われたくないとか、そういう感じの。
思い返してみれば、中学生ぐらいから同級生もそうだったな。俺達男子よりも、少し大人びていた印象がある。
メイクに挑戦する子が増えたからだろうか? それとも女子の方が、思春期の到来が早いからだろうか?
どうであれ杏奈ちゃんも、やはり子供っぽさは少し薄れた。少女から女性に変わる途中と言えば良いのかな?
今時の高校生はかなり大人びているし、言っている間に杏奈ちゃんもそうなるのだろう。
ただリサ姉の言い分も分かるんだよな。どれだけ外見が大人びていようが、未成年である事は変わらない。
人生経験が20年もなく、知らない事の方が多い。分からない事だらけで、大人とは言えない。
俺だって23年しか生きていないから、未経験な事が沢山ある。俺でもそうなのだから、子供はもっと知らない。
いくら成長したと言っても、杏奈ちゃんはまだ中学1年生だ。子供扱いするのも理解出来る。
認めたくないのではなく、リサ姉はただ心配なだけだ。悪い大人に目をつけられたら、実際に困るのは杏奈ちゃんだ。
長い話し合いの結果、落ち着いたデザインの水着に決まった。へそは出るけど布地が多めの可愛らしい水着だ。
「ほら見てみぃな。アンタぐらいの子は、ビキニなんて着てへんやん」
「……ホントだ」
杏奈ちゃんが来ているのは、スポーツウェアっぽいデザインの水着だ。下はハーフパンツタイプで、明るいライトグリーンの生地。
上は同じ色のスポーツブラタイプで、その上から羽織れる薄いTシャツも付属している。Tシャツも水着なので、そのまま水に入れる。
身長が高めの杏奈ちゃんが着ていると、韓流アイドルっぽく見える。派手過ぎず可愛さもあって丁度良い。
最初杏奈ちゃんは、ビキニを着ると主張した。体型的には着られるけど、流石に露出が多過ぎる。
母親に似てスタイルが良いから、似合うとは思うけれど。だけどせめて、高校生になってからで良い。
「今の水着で十分可愛いと思うよ。全然変じゃないし」
「そっかぁ……皆こんな感じなんだ」
時代の変化もあるのだろうね。今の子達は体型がハッキリ出る水着を好まない。杏奈ちゃんみたいに、好きな子も居るけどね。
ただそれはスタイルが良くて、自信を持っているからだ。自分に自信がないと、ビキニみたいな水着は着られない。
学校指定の水着だって、今は男女共通の所も多いみたいだし。水泳の授業自体がない学校も増えていると聞いた。
でも一切無しってのもどうなんだ? 泳げる子供に育てたければ、スイミングスクールが必須になってしまう。
本来は貧富の差に関係なく、最低限のスキルを得られるのが学校では? こう考える事こそが時代遅れなのかな?
「アンタはまだ子供なんやから、大人ぶるのはもう少し大きくなってからや」
「子供扱いはしないでよ。お母さんだって、18歳で私を生んだんでしょ? もうあと3年ぐらいだよ」
ああ……それを言うとリサ姉の立つ瀬がなくなる。実際言い返せなくて、イラッとしているのが分かる。
こればかりは難しいよなぁ。早くに子供を作って産んだのは本当なのだから。子供ってストレートに図星を突くよなぁ。
わざとじゃないから余計に強いというか。ただ純粋に思った事を言っているだけ。嫌味で言っているのではない。
「でもまだ3年あるからね? 成人するまでは子供なんだよ」
「お父さんはお母さんに甘すぎない?」
「甘いんとちゃう。お父さんの言う通りやんか」
難しい話だよなぁ。思春期だからこそ、子供と思われたくない気持ちがある。仕方ない事なんだよな。
子供と大人の境目に今、杏奈ちゃんは立っている。成人扱いの18歳まで、もうそんなに掛からない。
来年には中2となり、その次は高校受験だ。そこまで行けば、18歳なんてあっという間だ。
ただ俺が警察官の息子だからか、18歳もまだ大人というのは違和感がある。18歳と19歳は、法律上『特定少年』という扱いだ。
犯罪で捕まれば実名報道をされる。しかし刑法上ではまだ17歳以下と扱いが同じ。少年法の適用範囲内を出ていない。
「はいはい、分かりましたよ」
「素直に最初からそう言うたらエエやんか」
本当にこう、大人になるって難しいよなぁ。どこからが大人なんだって、明確に決まってはいない。
法律上は18歳で成人、20歳から大人の刑罰。じゃあ20歳なら大人かと言えば、正直微妙だと俺は思う。
普通ならまだ大学生で、社会には出ていない。高卒で働いていれば、18歳でも社会に出ているわけで。
どっちが大人なのかと言えば、高卒の方じゃないか? そう考えたら、大人ってなんだろうなって。
こうして杏奈ちゃんを見ていると、改めて考えさせられる。大人とは何か、親とは何か。俺にはまだ分からない。
セックスをしていれば大人なら、小学生でもやる奴はいる。だけどそれは、どう考えても大人じゃない。
社会に出ていても、子供みたいな理由で犯罪をする奴もいる。こうなれば大人だって、決定づける判断基準はない。
俺はもう大人なのか、大学生気分がまだ抜けていないのか。他人からどう見えるかは、正直分からない。
大人になったとリサ姉は思ってくれた。高嶺部長からも認めて貰った。他者に認められて、初めて大人と言えるのか?
結局俺も、まだ社会人経験の浅い未熟者という事か。まだリサ姉程に、社会というモノを理解出来ていないな。
「ほら2人とも、その辺にしよ。遊びに来たんだから」
「お母さんがしつこいよ~」
「あっ、こらアンタ! またそうやって!」
俺の後ろに隠れた杏奈ちゃんを背に、お怒り中のリサ姉を宥める。本当に最近は忙しいな。
杏奈ちゃんは別に、リサ姉の気持ちが分からないのではない。ただ反抗期特有の心の動きがあるだけだ。
母親として、リサ姉を認めていないわけじゃない。どうしても素直に従えないだけだろう。
育児というのは難しいものだな。幸い俺にはそこまで反抗的じゃない。どちらかと言えば、素直に聞いてくれる方だ。
同性の親ではないからかな? 他にも理由はあるだろうけど、何であれ俺が役に立てるなら何でもやるさ。
「さあ、行こうよ。流石に立っているだけじゃ暑いし」
「はぁ……しゃーないなぁ」
考えようによっては、このタイミングで思春期の相手を出来たのはプラスだ。子供を作った後で、再び同じ時期が来る。
先に杏奈ちゃんで、受験前の空気も経験出来る。弟になるのか、それとも妹になるのかは分からないけど。
どっちだったとしても、今の経験は未来に繋がる。結構大変だけど、知っておけるのは大きいだろう。
幼い子供の相手だって、昔の杏奈ちゃんで経験している。出産に関しては、手伝える事が限られるだろうけど。
「ねぇあそこ、アイス食べない?」
「アンタ、プールに来て最初にやる事がアイスかいな」
この暑さだ、アイスを食べるのも悪くない。呆れているリサ姉と共に、前を歩く杏奈ちゃんを追いかける。
大きくなっても、こういうところは変わっていない。奔放な杏奈ちゃんを相手に、リサ姉と2人で付き合う。
懐かしい気持ちに包まれながら、楽しそうな背中を追う。その背中には、もう傷跡は1つも残っていない。




