第92話 近況報告と家族の時間
杏奈ちゃんの件でドタバタしてから暫く、高嶺部長も誘って4人で繁華街の猫カフェに来ている。
高嶺部長も当然ながら杏奈ちゃんと面識がある。親権が戻った話も含めて、事前に報告はしていた。
一旦周囲が落ち着いたのもあり、杏奈ちゃんの元気な姿を見せる目的で高嶺部長を誘った。
元々心配はしてくれていたので、こうして会って貰うのが良いだろうと思いリサ姉と2人で招待した。
「良かったわね、杏奈ちゃんが元気そうで」
猫と戯れている杏奈ちゃんを遠目に見ながら、大人3人で話している。ドリンクバーの飲み物を片手にソファで寛ぐ。
そこそこ広い猫カフェで、沢山の子猫が自由に過ごしている。客用のスペースもその分広く、多くの座席が用意されている。
「ホンマにな。こんな形になるとは思ってへんかったけど」
リサ姉が苦笑しながら高嶺部長に返答した。親権が戻った事は喜ばしいが、状況的に手放しでは喜べない。
杏奈ちゃんが背負った心因性蕁麻疹は、保護してから2ヶ月が経っても完治していなかった。
1年ほどの虐待で積み重なった心的ストレスが、まだ抜けていないのだろう。時間を掛けて治療するしかない。
「病気の方が少し厄介ですけど、学校は楽しめているみたいです」
「殆ど学校が生活の中心なのだから、楽しめているなら安心ね」
杏奈ちゃんの友人達は優しい子達らしく、腫れもののような扱いはしていないそう。以前と変わらない関係が続いている。
父親と義母が逮捕されたとは言っても、杏奈ちゃんは一方的な被害者でしかない。それにリサ姉はまともな母親だ。
新しく父親となる俺も、後ろ指を指されるような事は一切していない。杏奈ちゃんへのマイナスイメージに繋がらない。
特に嫌がらせを受ける事もなく、平和に過ごせているそうだ。元々人気があったというのもあるのだろう。
穏やかな家庭が殆どであるという点もある。何の罪もない杏奈ちゃんを、揶揄する大人達もいない。
「でもまさか、こんなに早く間島君が父親になるなんてね」
「いやぁ、もう毎日が大変ですよ」
結局俺の呼び方は、お父さんに決定した。パパ呼びだった実父と被るのが嫌だという。合わせてリサ姉の呼び方も、お母さんに変わった。
年齢的にも呼び方を変えても不自然ではない。これを良い機会として利用するようだ。リサ姉もそのまま受け入れている。
「ねぇねぇ見て雫さん! この子達、凄く可愛いよ」
杏奈ちゃんがを子猫たちを連れて戻って来た。杏奈ちゃんが手に持っているお菓子に釣られている様子だ。
「あら、可愛いわね。一緒に写真を撮ってあげるわ」
数匹の子猫に群がられた杏奈ちゃんを、高嶺部長がスマートフォンで写真に収める。微笑ましい写真が撮れた。
こうして杏奈ちゃんが、楽しそうに過ごせていて本当に良かった。もし元のままだったら、まだ暴力を受けていただろう。
いつかは警察や児童相談所へ行ったかもしれない。だけど俺が思っているより、自分からどうにか出来る子は少ないらしい。
子供にとって親というのは特別だ。少々暴力を振るわれたとしても、我慢して耐える子は少なくないらしい。
今回の件で、児童虐待の現実を知る事となった。DVやネグレクト等も含めると、大変な家庭は結構多い。
子供が犠牲になるというのは、とても酷い話だ。良くそんな事を出来るなと思うが、俺の母親も似たような人だった。
同じ血が半分流れていると思うと、少し嫌な気分になる。小さな楔が心の奥底に刺さっているような感覚がある。
だからこそ俺は、絶対に親として踏み間違えない。やっちゃいけない事は、嫌という程知っている。
子供を大切にしない生き方は、子供を傷付けると知っている。悪い見本を見て来たから、良く分かるのだ。
俺は母親と違って、リサ姉と結婚する事だけが目的じゃない。幸せな家庭を築くことが目的なのだから。
「ニャー」
1匹の子猫が、高嶺部長の足下で寝転ぶ。確かあの種類は、アメリカンショートヘアか。気分良さそうに寛いでいる。
「高嶺部長って、妙に猫から好かれません?」
猫カフェに入ってから、何度か高嶺部長の周囲に猫がやって来る。何か猫に好かれる要素でもあるのだろうか?
「雫は昔からそうやんなぁ。野良ネコとか懐いてたし」
「そうなのよねぇ。私は子供が要らないから、猫でも飼おうと思っているのよ」
高嶺部長は子供が嫌いなのではない。事実杏奈ちゃんとは仲良くやっている。単純に結婚と出産に興味がないだけだ。
それもまた生き方として、決して悪くはない。興味が持てないのに子供を産めば、俺の母親みたいになりかねない。
何よりセフレさえ居れば良い人だから、幸福の形が俺達とは違う。挑戦している夢だってちゃんとある人だ。
今時どんな生き方をしようが、個人の自由で良いのだから。結婚と子育てを、女性の幸せと決めつける時代ではない。
虐待で捕まった元女子大生と子供は、果たして幸せと言えるだろうか? むしろ真逆に行っているようにしか見えない。
「え~良いな~! 2人が結婚したら、うちでも飼おうよ」
高嶺部長に触発されて、杏奈ちゃんも猫を飼おうと言い出す。気持ちは分からないでもない。
犬や猫を飼うのは、結構楽しそうだと思う。シェパードとかカッコ良くていいよな。警察犬を触らせて貰った事がある。
小さい頃は良く父さんに連れられて、警察署内を見せて貰った。大人しくて賢い警察犬ばかりだった。
「アンタなぁ、ちゃんと面倒見るんか?」
「猫なら散歩要らないじゃん。餌やりだけでしょ?」
確かにそうだな。犬は散歩の必要があるけど、猫なら必要がない。大型犬は好きだけど、世話が大変そうだな。
リサ姉との間に生まれた俺達の子供と、大型犬の面倒を同時に見るのは厳しいか。その点、猫なら幾らかマシだ。
杏奈ちゃんが猫を欲しがっているなら、そのうち飼っても良いかもな。杏奈ちゃんが高校へ入る頃に、入学祝いとして。
犬や猫を飼うのは、子供の情操教育に役立つらしいし。伊達に大昔から人間のパートナーをやっていない。
「もし理沙の家でも飼うなら、私の猫と番になるように、一緒に選ぶのも良いわね」
「ああ、それ良いですね」
2匹を飼うのはお金が倍掛かるけど、単独だと子供を作れず可哀そうだ。しかし高嶺部長の家と協力するなら話は変わる。
どちらかの家で雄を飼い、もう片方で雌を飼えば解決出来る。子孫を残せない一生にならなくて済む。
「え、2人共賛成なん?」
「いや、有りかなと思っただけだよ」
飼うにしたって、今すぐじゃない。色々と片付けた後の話だ。先ずは杏奈ちゃんの治療と、リサ姉との子供が優先だ。
人間の生活が安定していないのに、ペットなんて飼っていられない。暫くは先送りにするしかないだろう。
あくまでも将来設計の案として、一応考慮に入れるというだけだ。絶対に飼いたいとまでは思っていない。
「そらまあ、ウチも絶対に反対とまでは言わんけど……」
「ほら~お母さんだって嫌じゃないんじゃん」
猫カフェで猫を飼う話をしながら、穏やかな時間を過ごす。もうすぐ杏奈ちゃんは、夏休みを迎える。
どうせなら3人で、家族旅行をやっておきたいよな。まだ正式な家族にはなっていないけど。
やっぱりプロポーズは、リサ姉の誕生日にしてあげたい。入籍と養子縁組は、それからでも遅くはない。
杏奈ちゃんの立場を思うなら、早くした方が良いのは分かっている。だが急ぎ過ぎるのも良くないだろう。
「アンタこういう話だけは上手いんやから」
「良い提案だったでしょ?」
本当に俺達が家族としてやっていけるのか。父親としてやっていけるのか、もう少し試してからの方が良い。
杏奈ちゃんは親の再婚で、悲劇に遭っている。その事を思えば、今すぐ入籍するという高田さんと同じ行動は取れない。
もしまた上手く行かなかったら、彼女の心に余計な傷を増やしてしまう。焦らず確実に、家族として前へ進んで行こう。




