第91話 新たな生活と夕食
杏奈ちゃんの親権が戻ったGWから、3人で過ごす時間がまた戻って来た。京都への2度目の訪問は、どうにか上手く行った。
杏奈ちゃんは初めて会う祖父母とは、まだ少しぎこちない様子だ。けれど杏奈ちゃんは素直で賢い子だ。失礼な言動はせず、初顔合わせは終了。
養育費の援助をしてくれる話について、深い感謝を述べて来た。もちろん養育費については、実父にも請求する方向だ。
元旦那である高田さんとは、また裁判をする必要性がある。養育費の問題であったり、そもそも贈収賄を行った点であったり。
不正で親権を得た事と、杏奈ちゃんへの慰謝料の問題もある。そちらは以前離婚の調停時に、担当してくれた弁護士さんが協力してくれる。
その弁護士さんは当時から判決に強い不信感を抱いており、リサ姉が親権を得られ無かった事を気にしていたらしい。
疲れ切ったリサ姉が諦めてしまったので、それ以上は争えなかった。その鬱憤を晴らすかのように、今度こそはと闘志を燃やしているという。
不当な方法で親権を得た事とDVを放置した点を含めて、単独親権を勝ち取りに行くという。そちらについては、俺はあまり協力出来ない。
これからは家族だと言っても、離婚絡みの裁判に俺は殆ど関われない。こちらからは応援するぐらいしか出来ない。
その分私生活で貢献する事と、金銭的なサポートをやっていくつもりだ。裁判費用はそんなに安くないからな。
後は杏奈ちゃんのケアと、家族としての関係を深めていく事だ。父親として、認めて貰えるように頑張らないとな。
あとはリサ姉との子供についてだが、少しだけ時期をずらす予定だ。流石に色々とあり過ぎたからな。多少の変更は仕方ない。
考える事とやる事は多いけど、日々の生活は充実している。GWが終わっても、俺達は3人で毎晩過ごしている。
夕食はリサ姉の家で、杏奈ちゃんも一緒に食事をする。決められたルール通りに、新しい生活が始まった。
しばらく見て来た感じだと、杏奈ちゃんはそこまで大きな心の傷を負っていない。昔とそう変わらない日々を送っている。
だけど杏奈ちゃんはリサ姉と似ている。同じように夜に泣いていないか心配だ。今のところ父さんが確認した限り、大丈夫らしいけど。
「でさあ、クラスの男子がね――」
「うんうん、それで?」
楽しそうに杏奈ちゃんは、今日学校であった事を話している。これも昔と同じ光景だ。よく3人で、こうして食事をしていた。
帰りの遅い父さんと高田さんが、夕食時に居ないのが日常だった。あの頃と変わらない空気が、俺達の間に流れている。
だが関係性は以前とは違うので、全てが同じとは言えない。リサ姉は恋人だし、杏奈ちゃんは将来正式な娘となる。
入籍と養子縁組を済ませれば、名実共に家族となるのだ。あの頃には考えられなかった光景が、目の前に広がっている。
「ほら杏奈、喋ってばっかりやのうて食べや」
「はーい」
意思の強い杏奈ちゃんの母親をやるのは、相変わらず大変そうだ。ずっとこんな感じで、2人は親子をやって来た。
これからどうなって行くのだろうか? 絶賛反抗期の最中である杏奈ちゃんは、ちょくちょく些細な喧嘩をしている。
とはいえ父親と義母の件があったからか、そこまで激しい反抗的な姿勢は見せていない。義母の方には、結構反抗していたのかな?
だからこその虐待という可能性は捨てきれない。教育が難しい時期に、赤子を抱えて他人の娘を育てる。まあ元女子大生には無理だろう。
大変だったとは思うよ。その点だけは同情出来るさ。だけどだったら、どうして親権を主張したかという話だ。明らかに無理がある。
高田さんとは、逮捕後に一度も会っていない。正式に決まってはいないが、高田さんは贈賄罪と合わせて恐らく5年ぐらいの懲役刑。
現在の妻である元女子大生は、虐待の罪で2年ほどの収監になるだろうと父さんは言っていた。最終的な判断を下すのは裁判所だ。
何を思ってこれだけの罪を犯したのか、全く俺には理解出来ない。そこまで杏奈ちゃんの親権が、どうしても欲しかったようには見えない。
あまり考えたくはないが、良くない利用を狙ったのか? 杏奈ちゃんはリサ姉に似て、とても可愛い少女だ。水商売でもさせる気だったとか?
流石にそんな人だったと思いたくはない。まともな父親をやっていた姿しか、俺は見た事が無かった。だからって、全てを知っているとは言えないけど。
「ママもしかして、お兄ちゃんを取られると思った?」
「そんなわけないやろ! アンタどこでそんな事を覚えて来るねん!?」
相変わらずのやり取りを、リサ姉と杏奈ちゃんが続けている。虐待に遭ったのは悲劇だけど、ここで脱出出来たのは幸運だろう。
まさか俺の予想が当たっていたなんて、思いたくはない。そうで無かった事を祈るばかりだ。ただ嫌な予感がしただけで終わって欲しい。
だけど出ている結果が、良くない理由だったという可能性を示している。本当に娘を愛していたなら、虐待を良しとしないだろう。
もっと育児が楽だと思っていたとしても、犯罪まで行う理由にはならない。新しく子供が出来たのだから、その子でも良い筈だろう。
だけどこうなったのだから、俺がちゃんと杏奈ちゃんを守らないと。いつかきっと、高田さんと対峙する日が来るだろう。
一度だけリサ姉は、文句を言いに行くつもりでいる。杏奈ちゃんの虐待を許した事について、黙っているつもりは無いからだ。
その時は俺も同行するつもりだ。俺だって、言いたい事が山のようにある。どうしてリサ姉を裏切ったのか、悲しませたのか。
こんなに可愛くて綺麗な奥さんが居て、何が不満だったというのか。そして虐待に加担した真意と、親権を無理矢理取った理由。
納得のいく答えを俺は知りたい。リサ姉だって、きっと知りたい筈だ。不倫はともかくとして、親権と虐待に関して。
だけど今は、こうして3人の生活に集中したい。問題はあるけれど、今大事なのは暗い話題じゃない。楽しい時間を大事にしよう。
「お兄ちゃん、ずっと昔からママが好きだから大丈夫だよ」
「……え? アンタ何で知ってんの?」
「え~!? ママ気づいて無かったの?」
それはちょっと待ってくれ。どうして杏奈ちゃんがその事を知っている? 俺は教えた事なんて一度もないんだけど?
「杏奈ちゃん? 何で知ってるの?」
「え? 見てたら分かるよ?」
嘘でしょう? 俺、杏奈ちゃんにずっと前から気づかれていたの? 俺の初恋がリサ姉だった事に。小学生にバレる俺って……。
いやでも、父さんも何故か知ってたよな。リサ姉本人だけが分かっていなかっただけ? そんな事ってあるのかよ。
バレないように気にはしていたけど、どうしてこうなった? 毎日のように一緒に居たから? それとも俺が分かり易いだけ?
「良かったねお兄ちゃん、ママと付き合えて」
「ま、まあね。うん、それは嬉しいよ」
父親としての威厳が最初からゼロだという事実。恋心を義理の娘に知られていて、今日までその事に気づいていなかった俺。
もしかして、だから杏奈ちゃんはすぐ受け入れたのか? 俺が好意を持っているのを知っていたから、違和感が無かった?
気を遣われたのは俺の方なのでは? 何というか、本当に賢い女の子に育ったなぁ……。俺の立つ瀬がないぐらいに。
これ、大丈夫かなぁ? 察しの悪い兄ぐらいにしか見えていないのでは? 父親として、やっていけるのだろうか……。
「なんでもっと前に教えてくれへんかったん?」
「え~? だってママも気づいてると思ってたから」
「……よう懐いてくれる弟にしか見えへんかったわ」
もうそろそろやめません? 俺の恥ずかしい話はこの辺りでね? 杏奈ちゃんに知られていたというのは、中々の黒歴史なんで。
羞恥心を激しく刺激されながら、俺達は3人で夕食を食べた。杏奈ちゃんを実家まで送り届けた後、俺は少し恥ずかしい思いをしながらリサ姉と過ごした。




