第90話 3人で過ごす休日
GW3日目、俺はリサ姉と杏奈ちゃんと共に映画館へと来ている。せっかくの休日だし、家族として過ごすのが良いだろうと思って。
ちょうど杏奈ちゃんの観たい映画があったのも重なった。昔から3人で映画を何度も観に来ている。馴染みの映画館でチケットを買う。
観るのは青春系の恋愛映画だ。10代や20代の女性から凄く人気があるという。SNSでとても人気が出ており、良く目にするタイトルだ。
線の細いスラリとしたイケメンの男性と、可愛らしい人気アイドルが主演を務めている。やはり杏奈ちゃんも女の子という事だろう。
「アンタ、昔から涼真君みたいなタイプ好きやんなぁ」
リサ姉のいう涼真君とは、主演の佐伯涼真というイケメン俳優の事だ。小学生の頃から子役をやっている18歳の男の子だ。
常に爽やかで、キラキラとしたオーラを放っている。映画館のポスターの前では、女子高生ぐらいの子達が楽しそうに写真を撮っている。
流石の人気ぶりというか、これがモテる男性の姿というか。こんなタイプに生まれていたらと、たまに思う事はある。
だけどその場合はリサ姉から好かれていないので、これで良かったのかなと思う。リサ姉は細い男性があまり好みではないから。
「カッコイイじゃん涼真君」
「そら分かるけど、ちょっと細すぎひん?」
母娘で好みがハッキリと分かれている。リサ姉は昔から、がっしりとした体格の男性を好む。逆に杏奈ちゃんは、細マッチョなタイプを好む。
2人とも鍛えられている男性を好むのは共通しているけどね。そういうところはそっくりなんだよな。やはり親子という事か。
細いタイプを好むのは、実父や父さん、俺みたいなタイプを見て来たからだろう。優し気な顔立ちをした、線の細い男性が周囲にはいない。
見慣れないタイプを好むというのはおかしな話ではない。俺だって、リサ姉みたいな女性は同級生に居なかったし。
「ママがおっきい人を好きなだけだよ。お兄ちゃんみたいな人って、あんまり居ないよ」
「あ~まあそうだね。俺はだいぶ大きい方だし」
初対面で持たれる印象は、ラグビー部か柔道部だからな。酷いと反社の人って言われるぐらいか。流石にそっちはあんまり言われないけど。
同じぐらいの身長ならそれなりに居るけど、胸板の厚みと肩幅も含めると殆どいない。柔道関係者ならわりと居るってところか。
このレベルを求めるならば、探すのはそう簡単じゃない。単純に太っていて大きい人なら居るけど、そういう事ではないし。
「腕にぶら下がれるぐらいの方がエエやん。頼もしいし」
「えぇ~そうかなぁ? 普通で良いよ私は」
こんな会話が出来るぐらいに、杏奈ちゃんが大きくなったんだよな。大学時代はあんまり会っていないから、成長具合に驚かされる。
もう言っている間に彼氏が出来てしまうのかな? リサ姉に似て可愛らしいから、モテないという可能性は先ず考えられない。
告白とかされているんじゃないか? でもそんな事を聞くのは少しデリカシーに欠けるだろう。聞かれたくない事かもしれないし。
こうしているのが懐かしくもありつつ、同時に杏奈ちゃんの成長を実感させられる。本当に大きくなったものだよ。
「ねぇ、ジュース買おうよ」
杏奈ちゃんが俺とリサ姉の手を引っ張る。こういうところは昔と変わっていない。良くこうして手を引かれたものだ。
映画館だけじゃなくて、買い物に行った時や遊園地などに遊びに行った時など色々な場面でね。辛い経験をしても、杏奈ちゃんはブレていない。
きっと我慢を続けていた筈なのに、明るいままを保てている。何年も虐待を受けていたのではないからだろう。
本当にここ1年ぐらいの話だ。リサ姉が離婚する前は、そんな兆候はなかったからな。暴力は例の元女子大生と暮らし始めてからだ。
「あんまり大きいサイズにせんときや。途中でトイレ行きたくなるで」
「ママ~私はもう中1だよ? 小学生じゃないって」
リサ姉から見れば、杏奈ちゃんはまだ小さな子供なのだろう。つい最近まで小学生だったのは変わらない。
中学の入学式には行けていないのだから、感覚的にはどうしても前のままなんだろう。それとも、いつまで経っても子供は子供なのかな?
その感覚は、俺にも自分の子供が出来れば分かるのだろうか? 杏奈ちゃんはどうしても、妹分に見えてしまっているからな。
今の俺の視点は、父親というより兄だろう。完全に娘として見られるようになるのは、いつになるだろうか? 早く慣れたいんだけど。
必要以上に急ぐ必要はないだろうけど、いつまでものんびりする事でもない。父親としての経験値を積んでいかないとな。
「ここは俺が出しておくよ」
「ごめんなぁ一輝君。ほら杏奈、お礼言っときや」
「ありがとう!」
いつも通りでもあり、今までと少し違ってもいる。色々と変わった部分があって、だけどぎこちない空気にはならない。
慣れ親しんだ関係性の延長線として成り立っている。積み重ねて来た時間が、俺達の間には流れているから。
ただ杏奈ちゃんはの様子には、注意しておくつもりだ。多感な時期に虐待を受けて、何も思わなかった筈がない。
大人という存在に対して、拒否感が出来た可能性はある。俺達だからまだ、その兆候が見えていないだけとも考えられる。
学校の先生には相談しておいた方が良いかもな。俺が通っていた中学と同じ学校だから、知っている先生が残っていると良いけど。
「まだ中には入れへん時間やなぁ。杏奈、パンフレットとか要るん?」
「アクスタが欲しい!」
杏奈ちゃんを先頭に、3人でグッズ売り場まで向かう。杏奈ちゃんぐらいの女の子達が、親御さんと共に集まっていた。
多分俺達と同じ目的なのだろうな。グッズ売り場に3人で居ると、微妙に視線が飛んで来る。最初はリサ姉に向いた視線かと思っていた。
だけど視線の先に居るのはどうやら俺らしい。そりゃあそうか、俺じゃあ杏奈ちゃんの父親にしては若過ぎるもんな。
リサ姉はまだ大人の魅力で母親と分かるだろう。だけど俺はどう見ても20代前半だ。30歳ぐらいの落ち着きなんてない。
どう見ても中1の娘が居たらおかしい見た目だ。不思議がられているのだろうな。こればっかりは仕方ないさ。俺だって他人の立場だったら不思議に思う。
「最近多いやんなぁアクスタって。ウチは何がエエんか、よう分からんけど」
「フィギュアまでは要らないって人向けなんじゃない? 多分だけど」
俺もリサ姉と同じく、アクスタを買う気持ちが良く分からない。プラスチックの板じゃないの? という気持ちが勝ってしまう。
だけど俺も洋酒の瓶を集めてどうするの? ただのガラスじゃんと言われたら、何ら反論出来ない。多分そういう事なんだろうなって。
収集癖に理屈なんて必要ないものだ。本人がそれで良いのなら、外野が文句を言う事じゃない。流行りってのもあるしな。
何が流行るかなんて、その時になってみないと分からない。そして流行っているのなら、それだけ需要があるという事だ。
「うーん……どっちにしよう」
杏奈ちゃんは2つのアクスタを手に持って悩んでいる。どうやら衣装違いの2種類があるようだ。色々と作るものだよなぁグッズって。
佐伯涼真がサッカーのユニフォームを着ているものと、ポスターと同じ制服を着たもの。ファンなら両方欲しいのだろうね。
「両方買ってあげるよ」
「ちょ、一輝君!?」
「わぁい! やったー!」
甘いと言われるかもしれないけど、これぐらいは構わないかなって。何でも好きにさせるのは良くないとは思う。
節度や節約を教えるのも教育だろう。だけどこれは家族みたいな関係から、本当の家族になるお祝いみたいなものとしてさ。
大したものじゃないけど、思い出になれば良いなって。そんな買い物も挟みつつ、俺達は家族として休日を過ごした。




