第89話 家族と過ごす1日
GW2日目は杏奈ちゃんの本格的な引っ越しを手伝う事に。今までは最低限の荷物しか、移動させていなかったから。
引っ越しとは言っても、実家の隣にある家から荷物を運ぶだけだ。リサ姉のマンションへは、少しの荷物しか持ち込んでいない。
昨日はリサ姉の家に泊まった杏奈ちゃんと共に、朝から実家へと戻っている。俺と父さんが中心となって、勉強机などを移動させる。
「上げるよ、父さん」
「おう」
玄関から運び入れた杏奈ちゃんの勉強机を、俺の部屋がある2階へと上げていく。階段から父さんと協力して運んでいく。
父さんが休みの日にやってしまわないと大変なので、少々無理矢理にだが突貫作業を進めていく。幸いなのは女の子1人分の荷物だという事か。
運び入れる必要がある家具類は大した量じゃない。一番大きいのがベッドのマットレスで、後は1人でも運べるような木製の棚ぐらいだ。
本棚も大したサイズじゃないし、コスメなどを入れている棚は腰ぐらいまでの高さしかない。衣類はリサ姉と杏奈ちゃんに任せている。
いくら家族になるとは言っても、女子中学生である以上は気を遣うよね。例え兄みたいな相手でも、下着とかは見られたくないだろう。
「降ろすよ」
「一輝、気をつけろよ」
勉強机をコンセントから近い位置に降ろす。俺が昔使っていた時もこの配置だ。ドアから入ってすぐの位置が、ベストポジションだ。
すぐ右にある窓から、光が入ってくるので手元が明るい。暗くなるまでは、机の電気をつけなくても良いから楽だ。
これで後は、棚や衣装ケースを運び入れれば終了だ。衣類はリサ姉と杏奈ちゃんが、段ボールに詰めてくれている筈。
「父さんはもう休んでくれて良いよ」
「馬鹿言うな、未来の孫娘の為だ。まだまだ休んでいられねぇよ」
高田さん達には色々と気を掛けていた分、父さんも内心複雑だろうに。まあ動いている方が、気分も紛れていいのかもしれない。
逮捕された高田さん達は、父さんが勤務している警察署へと連行されている。何も言わないけれど、きっと会話ぐらいはしただろう。
どんな話をしたのだろうか。こんな未来を迎えない為に、父さんは面倒を見ていたのだ。やはり怒ったのか、それとも呆れたのか。
立場を考えれば、殴る事なんて出来なかっただろう。どんな対応をしたのか、俺達は知らない。とても聞く気にはなれなかった。
それにしても生まれたばかりの子供は、一体どうしたのだろうか? 少なくとも、どちらかの祖父母が面倒を見ているのか。
施設送りってオチだけは……ないと思いたい。杏奈ちゃんもそうだけど、子供には何の罪もないのだ。せめて幸せに生きて欲しい。
他所の家庭の事を俺が考えても仕方ない事か。気持ちを切り替えて、杏奈ちゃんの引っ越しを終わらせよう。今日はその為に来たのだから。
父さんと協力して荷物を運び入れ、1時間ほどで作業は終了した。ベッドはバラせるタイプだったから、あっさりと終わった。
家が隣接している関係で、マットレスはベランダから直接入れる事が出来た。運搬に苦労したのは勉強机ぐらいだ。
「ありがとうお兄ちゃん、おじさん」
「良いよこれぐらい。俺達、家族になるんだしさ」
父さんは祖父になるし、俺は父親になる。遠慮なんてする必要はない。元々家族ぐるみで生活していたのだ。今更迷惑だなんて思わない。
むしろ杏奈ちゃんが安心して暮らせるように、全力で協力していくつもりだ。今はまだ、娘として上手く接する事は出来ないけどさ。
どうしても、歳の離れた妹みたいな存在として見てしまう。こればっかりは慣れていかないとなぁ。急に決まったから頭がついていかない。
その点、元から孫娘みたいに接していた父さんは、全く違和感が無さそうだ。あんまり接し方は変わらないからな。
「杏奈アンタ、中学生の内からこんな高いコスメ使ってんの?」
「え~学校で流行ってるよ? 友達は大体持ってるし」
うーん、これは思ったよりも大変なのでは? 今時の女の子達って、当たり前にメイクするもんな。お小遣いとか、あげた方が良いのか?
俺はあんまり散財しないタイプだし、杏奈ちゃんが必要なら渡しても――の前にリサ姉と相談だな。下手にあげ過ぎたら問題になりそうだ。
生活費やこれからの未来に向けた資産管理が、とても重要になってくる。幸いなのはリサ姉の両親が、養育費の援助をしてくれる事か。
裕福な家庭だから、資金的な余裕があるらしい。事前に和解しておいて良かったよ。思わぬ形でプラスに働いた。
お礼も兼ねて、このGW中に杏奈ちゃんを連れてまた京都まで行くつもりだ。会った事のない孫娘の為に、援助をしてくれるのだから。
「こんな高いの、自分でバイト出来るようになってからにしぃな」
「絶対ママはそう言うと思った」
どうにか杏奈ちゃんは、リサ姉と上手くやれているらしい。多少は反抗期らしい反応もあるけど、喧嘩になるほどではない。
今まで虐待に遭っていただけに、親と上手く接する事は出来なかっただろう。これぐらいは可愛いものだ。反抗しようものなら、暴力で黙らされただろうし。
良い事ではないけど、早い内にこうなったのは不幸中の幸いか。中学生という多感な時期を、虐待され続けて育つなんて教育に悪い。
間違いなく歪んでしまうし、杏奈ちゃんも暴力を肯定する側になったかもしれない。それでは人生が目茶苦茶になってしまう。
このご時世、暴力はパワハラやセクハラと並ぶ絶対にNGな行為だ。そんなものはない方が良いに決まっているのだから。
「まあまあ理沙ちゃん、今時の子はこれが普通だからさ」
「そうですけど……」
父さんが間に入りつつ、リサ姉を宥めている。父親としての育児経験があるだけに、対応がとても上手い。俺にはまだ、この領域にいない。
23歳で中学1年生に娘が出来たのは、結構な難しい問題だ。なるべく早く、育児で役に立てるよう頑張ろう。これから俺が父親になるのだから。
自分の娘ではないけど、今までも家族みたいに過ごして来たんだ。決して出来ない事ではない筈。思春期の女子について、詳しくならないとな。
「杏奈ちゃん、部活はどうしたの?」
まずは家族として、絆を深めるところからスタートだ。些細な事から少しずつ、距離を詰めて行こう。そこは今までとそう変わらない。
「ダンス部に入ったよ!」
「ダンス部か! 良いじゃないか」
杏奈ちゃんは活発な女の子だ。リサ姉とは少し違う今風のギャルである。昔から元気で明るい女の子だった。
リサ姉に似て可愛らしい外見だし、スタイルも結構良い方なのかな? ダンス部はとても似合いそうだ。
運動神経も良い方だし、十分やっていけるだろう。虐待というマイナス要素も無くなったのだ。是非とも青春を謳歌して欲しい。
ダンス部はお金もあまり掛からなそう――掛からないよな? もしかして、案外掛かるのだろうか? 後で調べておかないと。
考えないといけない事が一気に増えた。リサ姉との子供に、杏奈ちゃんの生活。高校入試や大学受験だってある。
「あっ、そろそろお昼やん。買い物行かな」
「俺も行くよ」
リサ姉と近所のスーパーまで食材を買いに行き、2人で台所に立つ。俺の家でリサ姉が料理するのは、そう珍しい光景ではない。
これまでに何度も見た光景だ。でも今はもう昔と違う。家族となったリサ姉と杏奈ちゃん。そして父さんと俺の4人。
家族のような関係から、本当に家族へなろうとしている。杏奈ちゃんの心のケアもあるから、慎重に絆を深めて行きたい。
複雑な家庭というのは、子供に悪影響を与えてしまうと聞いた。だったら安定した家庭を、可能な限り早く用意してあげたい。
杏奈ちゃんが俺とリサ姉の関係を、あっさりと受け入れてくれた事で、その点については色々と動き易い。これからどんどん忙しさが増していく。
だけど今こうして、家族となってくれる人達が居る。協力してくれる親が居る。だからきっと、何とでもなるだろうと信じている。




