第84話 バレンタインデー
リサ姉の誕生日から2日後、2月14日はバレンタインデーだ。男性にとっては、色々と人によって思うところのある日だろう。
幸いにも俺は、早い段階で母親以外の女性からチョコレートを貰えていた。言うまでもなく、リサ姉からの義理チョコだけど。
そもそも我が家は父子家庭だから、母親から貰う機会なんてなかった。母親は俺に興味が無かったからね。まあどうでもいい話だ。
リサ姉はバレンタインに、必ずチョコレートを手作りしていた。娘にあげる分と俺の分、それから父さんと元旦那さんの分。
昔は合計で4人分を作っていた。彩智と付き合い出してからは、俺の分はなくなった。気を遣ってくれた結果だけど、少し悲しかった。
他にも何人か、仲の良い女子がくれた事もあったな。まあそんなわけで、多少は貰えていた方だろう。全く貰えないよりは、多少なりとも恵まれた青春時代だ。
優劣をつけるべきものではないのだけど、一番美味しかったのはリサ姉のチョコだった。料理が上手いのだから当然だろう。
成人している専業主婦と、未成年の学生が作ったものでは比較にならない。では既製品と比べると、やっぱりリサ姉が勝つ。
単にチョコレート溶かして型に入れるのではなく、毎回何かしらの工夫をしていた。チョコケーキの時もあったし、チョコ味のマドレーヌだってあった。
和食とお菓子作りは、リサ姉の得意分野だ。毎年違うチョコ菓子を作ってくれて、杏奈ちゃんと一緒に食べていた。
バレンタイン以外でも、たまにお菓子を作ってくれた。プリンやロールケーキ、クリスマスにはブッシュドノエル。
結構な頻度で、リサ姉が作るお菓子を食べていた。昔は当たり前の事だったから、有難さを分かっていなかった。
もちろんバレンタインについては、義理でも嬉しかったけどね。好きな人から貰うチョコなわけだし。そっちは特別感があったさ。
だけど高校に入って彩智と付き合い始めてからは、食べる頻度が減って有難みを理解した。初恋のお姉さんというだけでなく、純粋に美味しかったから。
頼めば作ってくれただろうけど、彼女が居るのに別の女性に作って貰うのもな。それは変な話だろうと思って、頼むのは避けていた。
だけど今はもう、好きなだけ頼んでも良い。リサ姉は今じゃ俺の恋人だ。誰にも配慮する必要なんてない。しかも今日はバレンタインだ。
最後にリサ姉が作ったお菓子を食べてから、もう6年ほど間が空いている。俺はこの日を楽しみにしていた。リサ姉の誕生日の次ぐらいに。
今朝一緒に起きてから、一旦俺の家を出てリサ姉は自宅で調理を進めている。俺は朝食の片付けをしてから、リサ姉の家へ向かう予定だ。
チョコ菓子を作って貰うのだから、朝食は俺が作ったし片付けは俺1人で十分だ。もうすぐそれも終了する。逸る気持ちを抑えながら、食器棚へ食器を片付ける。
浮かれて皿を割りましたなんて、馬鹿なミスは犯さない。無事に終わらせた俺は、パジャマから私服に着替えて隣の家へ。
「お待たせ」
「そこそこ時間掛かるし、座って待ってて~」
昨夜に手伝おうかと提案したけど、それじゃあ意味ないやんと言われてしまった。言われてみればそれもそうかと思い、大人しく待つ事に決めた。
2人でお菓子作りは、またの機会に楽しむとしよう。適当にサブスクで海外ドラマを観ながら、たまに調理中のリサ姉を見る。
あんまりジッと見ていると、恥ずかしいからやめるように言われてしまう。付き合いたての頃に、何となく見ていたら注意された。
だって恋人になったリサ姉が、俺のために料理をしてくれているのだ。その姿を見ているだけでも幸せな気分になれる。
こんな女性が奥さんだったら、昔そう考えていた事が現実になろうというのだ。どうしても気づけば、視線が行ってしまうのは避けられない。
「そう言えばさ~最近診察に来るおばあちゃんがな」
「うん、それで?」
リサ姉と雑談をしながら、俺はただひたすらに待ち続ける。こうしていると、昔の光景が脳裏に浮かぶ。まだ杏奈ちゃんが小さかった頃の話だ。
小学校の頃、ドッジボールが流行っていた。放課後に運動場でギリギリまで遊んだ後、家に着いたらランドセルを置いて隣の家へ行く。
リサ姉に言われるまま、手洗いうがいをしてリビングへ。そうして俺は、リビングのソファに座ってリサ姉へと話しかけるのだ。
キッチンで夕食の準備を進めている姿を眺めながら。それだけで俺は、幸せを感じていた。凄く楽しい時間だった。
ドッジボールで最後まで残って、熱いバトルになった話。授業中に習った事の話など、色んな事をリサ姉に伝えていた。ただ褒めて貰いたくて。
凄いやんと言って貰いたくて、俺は毎日のように語りかけていたのを覚えている。あの頃の俺は、無邪気にただ話をしていた。
始めの頃は手伝える事が少なくて、どちらかと言えば話す方がメインだった。料理を覚えてからは、本格的なサポートを行っていた。
杏奈ちゃんが遊んで欲しがったら、キッチンからリビングへ移動して子守りを手伝った。そんな時間が、確かにあったのだ。
「よし、一旦生地を寝かすわ……どうしたん?」
「いやちょっと、リサ姉に初恋してた頃の事を思い出してた」
なんやのそれと言いながら、リサ姉は恥ずかしそうに笑っている。本当に可愛い女性だと思う。容姿が整っているという意味ではない。
もちろんそれもあるけれど、今可愛いと感じたのは動作やリアクションの話だ。笑い方や動き、細かな表情の変化が可愛いのだ。
付き合うまでは見せていなかった、リサ姉の女性としての魅力。恋人だから見せてくれている特別な姿。その全てが愛おしい。
「そういうところなんだけどな。可愛いと思うの」
「ホンマにもう。一輝君だけやで、31の女にそんな事言うの」
そんな事はないと思うけど、俺以外に可愛いと伝える男が居ても困る。とても複雑な心情というか、些か独占欲が働くというか。
俺じゃなくてもリサ姉の魅力は分かるだろう。だけど俺だけが知っておきたい事でもある。しかしリサ姉の価値を下げたくはない。
31歳だからおばさんだなんて、絶対に思わせたくない。だけどリサ姉をおばさんだなんて思う奴に、本当の価値なんて分からなくても良い。
この気持は最近ずっと心の中にあって、中々消化するのが難しい。なんだっけ? 二律背反? ジレンマ――で良いのか?
ともかくそういう感じの、ちょっとした悩みがある。多分これは、そう簡単に解決しないだとろうと思っている。
「俺だけで良いでしょ、リサ姉にそんな事言うの」
「そらそうやけどさぁ」
リサ姉は生地を寝かせるために、2時間ぐらい掛かるという。だったら少し待っていようと、何やかんやでいちゃつく事になった。
昔の気持ちを思い出していたせいで、普段よりも余計にリサ姉を触れ合っていたくなった。小麦色の肌は、今日も指に吸い付くようだ。
頬を撫でていると、触り心地が癖になる。かつてはこんな事、決して許されなかった。だけど今は、どれだけ触れても良い。
満足が行くまで、いつまでも何度でも触れられる。もちろんそれ以上の行為だって、好きなだけ出来るんだ。
夢中でリサ姉とスキンシップを取っていたら、あっという間に2時間が経過していた。リサ姉は再び服を着てキッチンへ移動。俺も脱いだ服を着る。
「完成までもうちょいやし、ゆっくりしといて」
「わかった。楽しみにしとく」
また緩やかな時間が始まり、俺はリサ姉と雑談をしながら完成を待つ。それからオーブンの音が鳴るまで、俺達は待ち続けた。
軽快な音と共に完成したチョコレートタルトは、見るからに美味しそうだった。久しぶりに貰うリサ姉からのバレンタイン。
昼食の後にデザートとして食べたけれど、やっぱりとても美味しかった。人生で初めて、義理ではなく本命のチョコをリサ姉から貰えた。
こんなに嬉しい事はないと、しっかり写真に撮っておいた。記念すべきリサ姉との初バレンタインは、思い出に残る1日となった。
元々この話数で書いていたので惜しかったなぁと。1日遅れですがバレンタインエピソードでした。




