第83話 リサ姉の誕生日
あっという間に1月が過ぎ、2月に入って迎えた12日。この日はリサ姉の誕生日である。ただし平日だったので、朝から大掛かりな事は出来ない。
普通に仕事をした後、帰ってからスーツ姿のままリサ姉を迎えに行く。今日のリサ姉は、真紅のフォーマルなドレス姿だ。
これから少し良いレストランに向かう予定だ。ドレスコードのある店なので、普段通りの私服では入れない。
リサ姉のへそ出しファッションなんてもっての外。そして俺も、しっかりとした服装でないといけない。たまにはこんなデートも良い。
それにドレス姿のリサ姉は、いつもと違う美しさがあって良い。真紅のドレスと、羽織っている黒のジャケットが良く映える。
肌の露出が少なくても、スタイルの良さは隠せない。すらりとした曲線美が、女性らしい丸みと合わさり蠱惑的だ。
こんな姿が見られたのも、付き合い始めたお陰だろう。今までの人生で、初めて見たリサ姉のドレス姿。思った以上の綺麗さだ。
ただのドレスでこんなにも美しいなら、ウェディングドレスはどんな風になるのだろう。まだ暫く見られないけど、今から凄く楽しみだ。
「よく似合ってるよ。とても綺麗だ」
「一輝君かって、やっぱスーツ姿似合うなぁ」
有り難いお褒めの言葉を貰いつつ、俺達は駅へと向かう。電車に乗って移動して、繫華街へ向かう。今日は普段と違って、駅の近くにあるホテルへ向かう。
名前の通った有名なホテルで、十分高級ホテルと呼べる。流石に東京の三ツ星ホテルには敵わないけど。それでも、この辺りではトップクラスだ。
この日の為に予約したのは、最上階にあるレストランだ。ちょっとだけ背伸びをして、大人のデート兼誕生日のお祝いをする。
俺がこんなデートをリサ姉と出来るなんて、思ってもみなかった。思わず緊張してしまうが、今日は俺がリサ姉を祝う日だ。
「結構エエホテルやんか。ホンマにエエの?」
「大丈夫だよ。俺、あんまり無駄遣いしないからさ」
ベタだけどホテルのレストランで、ディナーを楽しむプランだ。いつかは俺も、こんなデートをする日が来るとは思っていた。
ただ相手の想定が――リサ姉のような年上の女性では無かった。とはいえ俺なりに、大人っぽい誕生日のお祝いを選択したつもりだ。
少しの不安と失敗出来ないというプレッシャーが、俺の肩にのしかかっている。リサ姉の彼氏として、思い出に残る誕生日を提供出来ているだろうか?
リサ姉の年齢に見合ったエスコートが、出来ているだろうか? 未熟だった俺が、必死で考えたプランで満足して貰えるのか?
頭では分かっているんだ。例えただのファミレスだったとしても、リサ姉は怒るような人じゃない。自宅で祝うだけでも喜ぶだろう。
だけどだからと言って、リサ姉の優しさに甘えていては駄目だろう。決めるべきところでは、しっかりと結果を出しておきたい。
「いらっしゃいませ」
「予約していた間島です」
リサ姉を連れて最上階の展望レストランへと入る。35階の高さから、夜景を楽しみながら食事が出来るようになっている。
我ながら思い切ったとは思う。1人当たり2万円という結構なお値段のプランを選んだ。中々の出費だったが構わない。
その分メッセージプレートと、バースデーケーキを用意して貰える。記念すべき最初の誕生日としては、そう悪くない筈だ。
高級ホテルのディナーについて、調べていたら色々な事を知れた。プロポーズ専用のコースまであったから驚きだった。
婚約指輪を飾れるスタンドが付いていたり、名前を刻印するサービスまでついていたり。正直色々と、考えてしまった。
俺はまだリサ姉に、正式なプロポーズはしていない。結婚する意思は伝えたけど、やっぱりちゃんとすべきだよな。
あのリサ姉に俺がプロポーズをする。夢のような話だ。もし俺が結婚出来たら、そんな想像ぐらいはした事がある。今やそれが、現実になった。
だったらプロポーズも、気合を入れてやりたいよな。出来れば子供を作る前に、正式に行っておきたい。どのタイミングでやろうか?
「めっちゃ景色エエやんか。こんなホテル、初めて入ったわ」
「そう? だったら良かった」
俺が知る限りでは、リサ姉はデキ婚でそのまま出産まで行っている。こんな風に、ベタだけど定番のデートはしていない筈。
そう思っていたのだけれど、多分これは当たっているな。だったら俺は、どこまでも正攻法で先へと進む。両親への挨拶は、もう済ませた。
なら次の段階は、間違いなくプロポーズだろう。交際を始めてから、1周年の記念日にしようか? それとも次のリサ姉の誕生日か。
一番良いタイミングを考えながら、未来へと向かって行きたい。2人で生活する為の、家庭を持つ為の準備は進めている。
副業の方は、先ず引っ越しのバイトを考えている。土日のみもOKで、すぐに働く事が出来るらしい。3月から4月の収入が、特に高いみたいだ。
1日で1万円以上の日給だそうで、体力自慢の俺に向いている。繁忙期でなくても、それぐらいは出るらしい。毎週続けるだけで、月10万円近い。
コツコツ貯めていけば、出産費用はとりあえずどうにかなるだろう。国からの補助金も含めたら、社会人になったばかりの俺でも何とかなりそうだ。
そんな事を考えながら、リサ姉とのディナーを進めて行く。正直メニューの名前は、よく分かっていない。知らない単語ばかりだ。
「これどうやって鮭を焼いてるんかなぁ?」
「ポワレって言っていたから、調べたら分かるんじゃない?」
料理をする側の目線で見ているリサ姉は、たまに調理法を気にしている。自分で作ってみたくなったのだろう。
リサ姉は和食に関しては詳しいけど、洋食はあんまりだからな。レパートリーを増やしたいのかもしれない。
好きで料理をやっているタイプだから、こうして作り方を気にする時がある。昔からそういうところがあったのを覚えている。
お店の味を再現して、杏奈ちゃんを喜ばせていたっけ。本気で取り組むとリサ姉は、どこまでも研究をするから凄い。
母親の愛ってやつだろうな。娘の為になら、どこまでも頑張れる人だった。だからこそ、俺はリサ姉を尊敬しているんだ。
「ケーキをお持ちしました」
ウェイターさんがシメに、バースデーケーキを持って来てくれた。あくまで2人で食べきれる小さなサイズだ。
花火のような棒が刺さっており、パチパチと弾けて少し派手だ。一緒にメッセージプレートも運ばれて来た。
メッセージはシンプルで、ハッピーバースデー理沙という内容が英語で書かれている。ストレートな内容が一番良いかなと思った。
余計な小細工をするよりも、この方がリサ姉は喜ぶだろうから。大人になって初めて、俺が祝うリサ姉の誕生日。
ガキだった俺は、こんな方法で祝えなかった。肩たたきをしてあげるとか、そんな事ぐらいしか出来なかった。
「誕生日おめでとう」
「……ありがとうな。何か、照れるなコレ」
リサ姉は今日、31歳になった。俺達が知り合ってから、もうすぐ13年が経とうとしている。だけど今も、目の前の女性はとても可愛い。
どれだけ時間が経とうとも、俺にはずっと魅力的な女性として映っている。リサ姉から魅力を感じなくなる日が、来るとはとても思えない。
31歳になってもこうなのだから、41歳になろうが51歳になろうが変わらないだろう。きっとそんなリサ姉も、魅力的に違いない。
「これからも俺が、毎年リサ姉を祝うから。近所のガキじゃなくて、恋人として」
「……ふふっ。よろしくなぁ、一輝君」
少し恥ずかしそうにしながら、目の前でリサ姉が笑っている。俺が見たかったのは、こういうリサ姉の姿だ。
先ずは誕生日を、無事に祝う事が出来た。余計な失敗もせずに終わり、幸せな時間を2人で共有した。




