第76話 戻って来た理沙
日曜日の夕方となり、もうすぐリサ姉が帰って来る。両親とは仲直りが出来たらしく、良い結果に終わったみたいだ。
ならばと俺はお祝いの意味も兼ねて、今日は少し豪華な夕食を用意する事に決めた。先ずはスーパーへ買い出しに行こう。
何を作ろうか悩んだけど、せっかくだから京風のお好み焼きを選ぶ。地元に帰れたとはいえ、ゆっくりは出来ていないだろうし。
そう思って、京都を感じさせるメニューにした。京風のお好み焼きは、リサ姉から教わって何度も作った事がある。
今更失敗する事もないし、何なら得意料理ですらあるぐらいだ。自信作を焼いてあげようと思っている。これはお祝いだからね。
近所には複数のスーパーがあり、いつも使う庶民の味方なスーパーと、やや高級志向の店舗がある。
今回向かうのは後者の方で、俺が今まで洋酒を買っていた店だ。高級志向とは言え、俺が買えない程ではない。
いつも利用するとなれば、身の丈に合わない生活となってしまう。流石にそれは出来ない。だがこうして、たまに利用するなら問題ない。
良い肉と高めの野菜、そして普段なら食べないお高い卵と薄力粉を使おう。ちょっと高級なお好み焼きを作るのだ。
材料に対して、作るものが見合っていないが別に構わない。俺達は普段から、庶民的な生活をしているのだから。
「いらっしゃいませ~」
店内に入ると、早くも高級な食品達が目に入る。多分海外メーカーの調味料と、オシャレな洋酒が展示されている。
クリスマスに向けたシャンパンや、パーティーで出す料理に使うものだろう。俺達はパーティーをしないから、全くの無縁である。
ただクリスマスの夜は、リサ姉と恋人らしく過ごしたいな。少し良いお酒を買っておいても良いかもしれない。
節約は大事だけど、使う時は使わないとな。高嶺部長もお祝いでケチるなと言っていた。女性はそれが、凄く冷める要因になるという。
誕生日プレゼントがショボかった。記念日のお祝いが安物だった。そのわりに、自分の趣味にはガッツリ浪費。これでは別れる理由になるそうだ。
「ポイントカードはお持ちですか?」
「はい、あります」
会計を済ませた俺は、荷物を持ってスーパーを出る。リサ姉はまだ、電車の中だという。お好み焼きの用意をする時間は十分にあるな。
軽い足取りで自宅へと戻った俺は、お高いキャベツを刻み始める。お好み焼きでは、キャベツのシャキシャキ感が重要だ。
細かく切り過ぎないで、少しだけ太めのみじん切りにしておく。薄力粉をベースに、長芋やかつお出汁などを加えていく。
生地を作っている間に、リサ姉が帰宅したらしい。隣の家で物音がしている。もうすぐ着替えてうちに来るだろう。
「ただいま~」
「お帰り、リサ姉」
楽な格好に着替えたリサ姉が、玄関を開けて入って来た。昨日1日会えなかったから、少し待ち遠しかった。元気そうでなによりだ。
今となってはもう、リサ姉と毎日顔を合わせるのが日常となった。1日空いただけで、こうも寂しさを感じてしまうとは。
ずっと憧れていた女性だったからか、付き合い始めてからリサ姉への気持ちは増す一方だ。飽きる日が来るとは思えない。
「ちゃんと話せた?」
聞くまでもない事だが、それでも俺は確認しておく。結婚するとなれば、リサ姉の両親は俺にとって義理の両親になる。
新たな関係性を構築していく上で、知っておいた方が良い事だ。何かミスをしてしまっては不味い。報連相はとても大切な事。
「……うん。話すべき事は、全部話して来たで」
リサ姉の報告を聞きながら、俺はホットプレートを温め始める。油をひいて温度を調整し、紅しょうがなどの重要な脇役も用意する。
十分温まったら作っておいた生地を投入し、豚肉や紅しょうがなどを乗せていく。もう慣れた作業で、手間取る事はない。
大学時代に友人達の間で、結構評判が良かったリサ姉直伝のお好み焼き。たまに作ってくれとせがまれた。今では懐かしい話だ。
本当にリサ姉から教わった事は多い。特に料理に関しては、一番多くを教わった気がする。最高の先生に師事出来た。
「美味しそうやなぁ」
「でしょ! ちょっと高級なお好み焼きだよ」
2人でお好み焼きを食べながら、焼きながらリサ姉を祝う。リサ姉を取り巻く家族の問題で、少なくとも片方は解決した。
両親との不和は解消し、また家族として再スタートをきれた。一度は失ったものが、再び戻って来た。いつかきっと、杏奈ちゃんも。
またこうして、笑い合える日が来る筈だ。反抗期が永遠に続く事なんてないのだから。リサ姉の母親としての愛に、きっと気付いてくれるだろう。
今すぐにとは言わないまでも、何年かすれば解決する筈だから。その時は2人で、杏奈ちゃんを温かく迎えよう。
ただその時に、俺はどんな態度で迎えれば良いのだろう? あまり深く考えていなった。今まで通り、お隣のお兄さん?
結婚していたとすれば、義理の父親として接するべきか? まあ今すぐ考える事ではないか。暫く経ってからでも、間に合うだろうし。
そんな未来の話よりも、今はリサ姉の笑顔と幸せが重要だ。リサ姉が両親と関係が戻ったのなら、今度は俺が挨拶をしに行かないと。
先に子供を作るという決定を、受け入れて貰えるだろうか? やろうとしている事は、昔とそう大きくは変わらない。
「次は俺が、挨拶に行かないとね」
「あ、挨拶かぁ。なんか改めて言われると、ちょっと照れるなぁ」
妊活を先に始めるのは、何も俺が無責任な対応をしようというのではない。リサ姉の年齢と、俺達の収入を考慮しての問題だ。
真摯に説明すれば、分かって貰えると思いたい。ただ一度娘が子供を作って、喧嘩になった過去がある。思うところはあるだろう。
大丈夫だろうと、楽観視する事はとても出来ない。先に籍だけでも入れろと言われたら、俺に断る理由はない。
というより元からそのつもりだ。結婚式を後回しにするというだけ。ただ世代によっては、引っかかるポイントかもしれない。
常に最悪の想定をしておけというのは、父さんからずっと言われ続けた事。普段から実践出来ているかは、正直微妙だけれど。
「行くなら早い方が良いよね? 年末か年始?」
「うーん……年始やったら、弟もおるんちゃうかな?」
会った事のないリサ姉の弟さん。リサ姉が姉代わりとして優秀だったのは、実際に弟が居たからだ。年下の扱いが、とても上手いのだ。
俺とは全然似ていないという事だけは知っている。もっと中性的な男性らしい。リサ姉の5歳下だから、俺の3歳年上だ。
年下の義兄が出来るというのは、少し複雑なのではないだろうか。少なくとも俺の方は、もう既に複雑な気分だ。
なんて呼べば良いのだろうか? どんな態度で居れば良いのか。分からない事だらけで困ってしまう。
だけどそれは、嫌だという事じゃない。嬉しい悩みであって、これから家族が増えるという事の証でもある。
「じゃあ、年始に少し挨拶へ行こうか」
「実家に一輝君と行くのって、なんか新鮮やなぁ」
リサ姉と話し合って、三が日は避ける事にした。流石にそれは迷惑だろうし、ご家族もゆっくり過ごしたいだろう。
正月最後の土日を利用して、京都へ向かう計画を立てる。リサ姉は新しい彼氏が居る事は、先に両親へ伝えておいたらしい。
近い内に連れて帰るとも、説明しているという。ならば後は、日程的に迷惑でないか確認するだけだ。すぐにリサ姉は、お母さんに電話した。
「うん、うん。ほんならその予定で行くしな」
どうやら問題無かったらしく、あっさりとご挨拶の予定が決まった。今から凄く緊張するけど、同時に気合も入っている。
今度こそは、俺がリサ姉を幸せにします。そうハッキリと伝えて、安心させてあげたい。親である以上は、娘の幸せを願っている筈だ。
リサ姉に幸せであって欲しいと、俺も思っていた側だ。その想いについては、きっとそう変わらない筈だから。分かり合えると、俺は信じている。




