第73話 過去の清算
今頃リサ姉は、京都の実家へ向かっている最中だろう。今週の土曜日は、1人で過ごす事になる。明日の夕方まで、リサ姉は帰って来ない。
さて久しぶりのソロ活動だけど、朝から何をしようか。筋トレをしても良いし、のんびり過ごす時間にしても良いだろう。
ゲーマーという程に普段から遊ばないけど、今日1日ぐらいゲームをして過ごすのも悪くない。休日の過ごし方なんて、色々とあるのだから。
リサ姉はあんまりホラー映画を観たがらないから、ウォッチリストに貯まっているホラー映画を観ても良い。どうするか迷うところだ。
「いつもの喫茶店でも行くか?」
もうすぐ12月になるのもあってか、最近はとても寒くなった。喫茶店で美味しいホットコーヒーを飲みながら、優雅な朝を楽しむのも有りだ。
出掛けようかと思っていたら、俺のスマートフォンに着信があった。リサ姉かと思ったら相手はなんと彩智だった。一体なんの用だろうか。
「……もしもし、どうした?」
『その……ちゃんと謝りたくて』
どの件についてか分からないが、謝りたいという事らしい。先日も近況報告と共に、謝罪の文章が書かれていた。俺は返答に困って、それ以降返事をしていない。
謝られても、今更どうすれば良い分からない。だって俺達は、既に終わった関係だ。ただ喧嘩しただけなら、仲直りするのも分かる。だけどそうではない。
彩智から別れを切り出して、俺達はただの同級生に戻った。彩智は俺の知らない男性と付き合い、俺はリサ姉と関係を持った。それが全てだ。
もうここからやり直す道なんてないし、放っておいてくれて構わない。辛い目にあったのは同情するが、俺に出来るのはそこまでだ。
「もう謝ったじゃないか。これ以上は必要ないよ」
『…………本当は少しだけ、一輝と話したくて』
話をするぐらいなら構わないが、俺と今更何を話すというのだろう。彼氏ではなくなった男を相手に、何を伝えたい?
俺の方には彩智と話す事はないし、聞いて欲しいというなら聞くけれど。ただそれで、彩智にどんな得があるのかは知らない。
「話って、何を?」
『一輝と別れてから、他の男性を知った。そして、一輝が如何に誠実だったのかも』
どういう心情なのかは知らないけど、俺としてはあまり嬉しい話ではない。どうやら彩智は、内定を貰った頃から浮気をしていたらしい。
全く気付かなかった俺は、本当に恋愛が下手だな。というか、良く自白する気になったな。黙っておけば、俺は知らないままだったのに。
馬鹿正直に話してくれなくても良いのに。あと少し傷付いた。謝りたいって、そういう意味も含むのか? 裏切っていた事の謝罪か?
『私はただ、年上の男性に遊ばれただけ。一輝より大人に見えたけど、裏の顔に気付けなかった』
「……まあ、良くある話なんじゃないの」
既婚者である事を隠して、なんてド定番だろう。良く聞く話で、珍しくも何ともない。俺より大人に見えたのは、事実だから仕方ない。
俺はまだまだ未熟だと、自覚しているからな。だけどそれでフラッと浮気をされたのはショックだなぁ。人の気持ちなんて、コントロール出来るものじゃないとしても。
他に好きな人が出来たというのも、別れる定番の理由だよな。そこに男女は関係無くて、誰でも起きてしまう可能性を秘めている。
人はそれ程純粋じゃないし、一途に意思を貫くのはそう簡単じゃない。誰でも出来れば、浮気や不倫なんて言葉は生まれない。
頭では分かっているけど、元カノに浮気をされていたのは辛い。そして気付けない自分の鈍さが虚しい。察しが悪過ぎるだろう。
『私がバカだった。一輝のままだったら、私は幸せになれた』
「それは……どうだったか分からないぞ」
俺が彩智と付き合ったままだったら、もっと未熟な男のままだろう。リサ姉から学ぶ機会も少なかっただろうし、高嶺部長とも関係を持たなかった。
その場合の俺は、もっと女心が分からない男だった。セックスも下手くそなままで、満足の行く生活になったかは怪しい。
今なら多少マシになったけど、それは別れた結果に過ぎない。女心って分かんねぇなと、毎回思い続けるだけだったろう。
結局俺達は、こうなる方が正解だったのではないだろうか? 分かっていない者同士で、すれ違い続けただけだ。
彩智は彩智なりに、好きでいてくれたのだろう。俺は俺で彩智を好きだったのは本当だ。でもそれだけではダメなんだ。
『一輝はやっぱり、あのお姉さんと付き合っているの?』
「……まあな。あの日は違ったけど」
彩智と思わぬ再会をした時は、まだ単なるセフレでしか無かった。お互いに傷の舐め合いをしていただけだ。ただ慰め合う関係だった。
そんなに良い関係では無かったし、やたらと遠回りしてしまった。ただこれはこれで、良かったと思っている。
だってお互い別れて1ヶ月ぐらいで新しい相手と交際なんて、節操が無さ過ぎるだろう。セフレなら良いのかと言われたら違うけれども。
遠回りのお陰で高嶺部長から学ぶ機会を得たし、自分のダメなところに気付く機会にもなった。全てが駄目だったのではないから。
『そうだと思った。だって一輝は中学生の時も、あの人ばかり見ていた』
「な、何で知ってんだ!?」
中学生の時なんて、俺と彩智はただの同級生でしかなかった。いつも遊ぶグループには居たし、リサ姉と会わせた事もある。
ただそんなに頻繫では無かった筈だ。いつも見ていたと言われる程、リサ姉と会わせた事はないぞ。なのに何故知っている?
というかバレていたのか? 俺が中学生の時もまだ、ほんのりとリサ姉が好きだった事を。あの頃は、諦めようと頑張っていた時代でもある。
憧れのお姉さんである事は、結局最後まで変わらなかったけれど。何とか既婚者だからと、諦める事は出来た。
あれは大変だったよ本当に。好きという気持ちを消そうとするのは、滅茶苦茶エネルギーが必要だ。苦労したから良く分かる。
『言った事無かったけど、私は中学の時から一輝が好きだった。だから同じ高校を選んだの』
「…………は? え? 何で!?」
そうなる切っ掛けなんてどこにあった? 良く一緒に遊んでいたのは確かだが、ただそれだけに過ぎない。理由がそこなら、俺じゃなくても良い筈だ。
同じグループに俺みたいに威圧感の無い、線の細いイケメンは何人か居たのだから。アイツラならまだ分かるのに、何でまたわざわざ俺なんだ?
混乱している俺に、彩智は昔の話をしてくれた。彩智はかつて、特定の生徒からしつこく言い寄られていた。誰とでも話せるせいで、勘違いをされたのだ。
明るい彩智から優しくされたから、自分の事を好きだと勘違いした。好かれていると思って行動し、逆に不快感を与えてしまった。
そこで俺がいつもの役目を果たして、もう言い寄るのは止めるように伝えた。それから彩智は、俺の事を意識するようになったと。
話が進むにつれて、何となくそんな記憶が蘇った。何度かあったそんなイベントの1つに、彩智が居たな。色んな女子に頼まれたから、すっかり忘れてしまっていた。
『なのに私は、一輝を裏切ってしまった。色々と大変な事になった。でも、これは自業自得』
「……俺も別に、良い彼氏だったとは言えないし」
確かに浮気されていた事とか、素直に許すのは難しい点が多々ある。だけど俺に問題が無かったかと言えば、そんな事は無いだろう。
愛想を尽かされてしまうような原因は、きっとあった筈だ。自らの未熟もまた、認めないといけない。でないと俺は、また同じミスをするかも知れない。
『謝りたかったのは、その事なの。ごめんなさい。一輝はつまらない人なんかじゃ無かった。ただ誠実だっただけ』
「……彩智」
だから幸せになって欲しいと、それだけ言うと彩智は通話を切った。色々とあったけれど、これで俺達は本当に終わりだ。
辛い事もあったけれど、確かに楽しい時間もあった。その思い出までは、否定するつもりはない。ただ俺達は、お互いに未熟だったというだけ。
だからお互いに、新しい人生を歩めば良い。俺は彩智を憎むほど、悪い感情は持てない。アイツはアイツで、自分の道を見つけてくれ。願う事はそれだけだ。




