第72話 挨拶すべき相手
結構寒くなって来た11月の末日。いつものように、リサ姉との夜を過ごしている。エアコンで温めた室内にて、お互い裸で布団の中に居る。
リサ姉と手を繋いだ状態で、情事の余韻を楽しんでいる。まだシャワーを浴びる気にはなれない。もう少しだけこうしていたい。
恋人となった今では、この時間にも意味がある。ただ性欲を解消するだけではなく、お互いを感じる為の行為でもあるから。
やるだけやったらハイ終わりとはいかない。それではダメだと知っている。相手を尊重する事が大切なのだと。
そして尊重という意味では、もう1つ俺が気にしている問題がある。俺の父親との顔合わせは済ませた。でも、リサ姉の両親とは会っていない。
「……ねぇリサ姉、その――」
「うん? どしたん?」
リサ姉は高校3年生の時点で妊娠が発覚し、両親とはかなり揉めたと聞いている。ほぼ家出と変わらない状態で京都を出た。
絶縁状態みたいなもので、少なくとも俺が知る限り10年以上会っていない筈。だというのに、今更会う必要があるのか。
リサ姉は30歳で、自分の意思で自由に結婚する事が出来る。だから今になって、両親の下へ伺う必要性はない。
それも分かっているのだが、本当に良いのかという思いもある。だって俺達は、親に反対されるような関係ではない。
「あの……さ。俺の親には挨拶したでしょ? だから次は……」
「……ウチの親って、そう言いたいんか?」
リサ姉は複雑そうな表情で、俺の言いたい事を察してくれた。余計な行動かも知れない、無意味な気遣いかも知れない。
だけど、通すべき筋というものもあるだろう。確かに一度目は両親の反対を押し切った。けれど二度目は違う道を選らべる。
再婚というのは、結婚をやり直すという事だ。ならば今度は、全部をやり直すチャンスじゃないか? 俺はそう思うから。
「……正直な、オカンに言われた通りやったから、合わせる顔が無いねん」
リサ姉は両親との喧嘩、特に母親との確執について教えてくれた。先ずリサ姉のお父さんは、元旦那を嫌っていたらしい。
1歳年上の当時の彼氏、高田さんは高卒で働いていた。だが社会に出ていたとは言え、まともに責任も取れない年齢で子供を作った。
あまりにも無責任だろうと、憤慨していたらしい。子供が子供を作って、まさか産ませるつもりなのかと。
大体の家庭なら、その反応になるのは分かる。俺の父親だって、高校の時に子供を作ったら激怒していただろう。
だけどリサ姉は、産むと決めて譲らなかった。自分の子供なのだから、絶対に産み育てるのだと中絶を拒否。断固として譲らなかった。
「だって、嫌やんか。ウチは子供が欲しかったから、作ったんやし」
「……そうだね」
難しい問題ではあるよな。良く議論になる話題でもあり、良し悪しが人によって分かれる事。出来てしまった命への対処は簡単じゃない。
望まぬ妊娠だった場合はどうするのか、女性側に拒否する事が出来なかった場合は。もっと酷い場合なら、性犯罪に巻き込まれた場合。
一律禁止にすれば、物凄い反発を生むだろう。ただ中絶が子供を殺す事だという意見も理解は出来る。例えどれだけ小さくても命だ。
指先ほどの赤子であろうと、生まれていなかろうと人間だ。どうするべきかは、育てる側が考える事だろう。
それで言えばつい先日、彩智から報告があった。あの後どうなったのか気にはなっていたけど、俺から聞くのは憚られた。
結局あれから両親に相談して、逃げた相手を捕まえたらしい。責任をちゃんと取らせて、中絶費用も払わせたという。彩智は産まないという道を選んだ。
リサ姉の言葉は今も忘れていない。裏切って逃げた男の事を、我が子に見ても愛せるのか。とても重い言葉だったと思う。
彩智はきっと、無理だと思ったのだろう。育てる自身が持て無かった。虐待死などをさせてしまうより、ずっと良い判断だと思う。
逆にリサ姉は、育てると決めた側だ。何があっても自分の子供として、育てたいと思った。父親の制止は聞こうとしなかった。
だからこそ俺は、リサ姉と出会った。杏奈ちゃんという娘は、そんなリサ姉の覚悟の証だと言える。しかし、全てが上手くは行かない。
リサ姉のお母さんは、上手く行かないと言っていたらしい。家庭を持つというには、まだ考えが足りていないと諭していたそうだ。
人生経験が足りない状態で、結婚を判断してもいつか破綻すると。そして12年の時を経て、離婚という結果に落ち着いた。
「……リサ姉?」
急に黙ったリサ姉は、ボロボロと泣き始めてしまった。きっと杏奈ちゃんを生むと決めた事などを、改めて思い出したのだろう。
「うっ……ぐっ……」
「ごめんね、思い出させたよね」
責任感が強いリサ姉は、どれだけ辛かろうと母親になる道を選んだ。しかし今リサ姉のそばには、その大切な相手が居ない。
覚悟を決めて産んだ娘は、高田さんと共に居る。お年頃が故に、反抗的な態度を取ってしまっているだけだろう。
離婚の理由が分かれば、どちらが正しいか分かる筈だ。ただそうは言っても、この現実は変わらない。リサ姉のお母さんは、正しかった。
まるでこうなる事を、見越していたかのようだ。ただそれは結果論だとも言える。若くして子供を持っても、続いている夫婦だっている。
早く出産する事が、イコール上手く行かないとは決まっていない。離婚する夫婦の割合としては、高いのだとしても。
「……ごめんな一輝君、面倒な女で」
「そんな事無いよ。俺は気にしていない」
どいらかと言えば俺も、リサ姉寄りの感情だ。杏奈ちゃんは、歳の離れた妹みたいな存在だ。今ここに居ない事が、むなしさを生んでいる。
いつも2人はセットだったから、リサ姉しかいない状態が違和感を覚えさせる。仕方のない事だと分かっているから、考えないようには出来るけど。
でもリサ姉はそうも行かない。考えないなんて不可能だろう。夜中に1人で泣く事は無くなったけど、悲しみが消えたのではない。
今の生活で、どうにか誤魔化せているだけだ。俺の経済力では、まだ子供を持つのは難しい。とても歯がゆい気持ちになる。
「……決めたわ。オカンとオトンに会うてみる」
涙を拭ったリサ姉は、決意を込めた目をしていた。俺から言い出した事だけど、本当に大丈夫なのだろうか。
「無理してない?」
「大丈夫や。あんな昔にやった喧嘩を、いつまでも引き摺るのはもうやめるわ」
当時のリサ姉は高校生だったけど、今はもう大人になっている。考え方も色々と変化している。今会えばまた、結果は違うのかも知れない。
俺としても、リサ姉が実家に帰れないままは心苦しい。親という存在は、まあ色々あっても大切だ。関係の改善は出来た方が良いのだから。
ここ10年以上の母親としての生活と、離婚してからの生活。これまでの経験は、全て無駄だったわけじゃない。良い事は沢山あった筈。
確かに離婚で終わったけれど、母親になった事で親とも理解し合えるんじゃないかな。昔喧嘩した時とは、違った目線を持てるだろう。
「今度の土日で、1回帰ってみるわ」
決めたら早いのがリサ姉だけど、また随分と思い切ったな。土日まで、もう後3日しかない。相変わらず凄いスピード感だ。
「大丈夫? 俺も行こうか?」
俺はリサ姉の過去を知っている。ちゃんと母親をやって来た事を知っている。結果こうなっただけで、親として失格なのではない。
両親が正しかったとしても、リサ姉が間違えたのではない。その証言を、俺ならいつでも出来る。だって俺は、ずっと見て来たから。
「ありがとう。でも最初は、ウチ1人で行くわ。この喧嘩に、一輝君は巻き込めへんからな」
そうやって笑うリサ姉の表情は、昔と全く変わっていない。強い母親としてのリサ姉が、俺の目の前で輝いていた。




