第70話 初恋が成立する確率は低い
会社での昼休み中、俺はいつも通り弁当を持って食堂へと向かう。到着すると、同期の西川と中沢さんと合流する。
いつもの流れで適当な席に座り、雑談をしながら弁当を食べ始める。今日の弁当は、リサ姉が作ってくれたもの。
恋人にお弁当と作って貰うのはリサ姉が初めてだから、何だかとても嬉しく思う。リサ姉のご飯自体は、もう何度も食べたけど。
ただこれまでとは意味が違うので、感じ方も違って来る。込められた意味というか、愛情みたいな何かが含まれているから。
「今日も彼女さんのお弁当?」
中沢さんが少し覗き込みながら尋ねて来た。この2人には恋人が再び出来た事を明かしている。隠す事でも無かったから。
「そうだよ。今日も作って貰った」
「凄いよねぇ。私なんて、彼氏にお弁当なんて作らないし」
やはり母親を12年間もの間、やって来た経験があるからだろう。リサ姉はお弁当を作るぐらいなんて事はない。毎日家族の為に作っていたのだから。
俺も自炊をする方だから、誰かの為に毎日作るのは大変だと知っている。彼女の為に作っていた事もあったから。
その苦労を知っているから、中沢さんを冷たいとは思わない。社会人1年目で余裕もないのに、毎日彼氏の弁当を作れなんて酷な話だ。
俺だって自分の分だから作れていただけで、誰かの為に作ってはいなかった。それだって、殆ど前日の残りが大半だ。
「別に良いんじゃない? 今時女性が絶対に家事をやる時代じゃないし」
むしろ出来ない人が居たって、構わないと思う。実際元カノは料理が出来なかったし。それぐらいでイチイチ目くじらを立てる事じゃない。
昔は違ったとしても、今は夫婦共働きの時代だ。前提条件が違うのだから、古い考え方に固執する必要もないだろう。
「そうだよ中沢、気にする事じゃない」
西川も同意見のようで、中沢さんを責める事は無かった。まだ居るっちゃあ居るけどね。女性は家庭に入れって考える人も。
それで交際や結婚まで行けるのかは、正直微妙だとは思うけれど。そんな会話も挟みつつ、他愛もない雑談が続いていく。
外に出ていない時のお昼休みは、大体こんな形で落ち着いて来た。たまに別の同期が混ざるぐらいで、そう大きく変わる事はない。
社会人になって半年と少し、だいぶ慣れて来た気はしている。まだまだ分からない事も多いけど、俺には頑張る理由があるから。
しっかりと稼いで、出産費用などの貯金を進めて行く必要があるのだ。リサ姉との未来の為に、お金はあるだけあった方が良い。
「それにしても間島は凄いよなぁ。初恋の人と付き合うなんて」
「ほんとだよね~。初恋って殆ど実らないのに」
2人からそんな感想を頂く。それについては、俺もビックリしているからなぁ。こんな事ってあるんだなと、未だに思っているぐらいだ。
「運が良かっただけだよ」
リサ姉が離婚しなければ、隣に引っ越して来なければ。こうなる未来は訪れなかった。俺にとっては、不幸中の幸いだった。
ただリサ姉にとっては、まだ全てが良かったとは言えないだろう。解決していない問題だってあるのだから。
「中沢は初恋って誰だった?」
「え~私? 誰だろう? お父さんかお兄ちゃんじゃないかなぁ?」
雑談は初恋についての話題に移る。俺は少し遅い方だったから、小学校高学年になってからだった。早いともう少し小さい頃にするらしい。
あんまり色気と縁のない生活をしていたのもあるだろう。昔から体は大きかったし、顔立ちもあまり子供らしくなかった。
お陰で親密な女子というのは特におらず、どちらかと言えば男子と遊ぶ方が多かった。体育会系の女子となら、少し話していた程度。
そんな俺が、初めて恋をしたのがリサ姉だった。女性としての包容力に、俺は惹かれて行った。そして今に繋がったわけだ。
思わず気になったから、初恋が実る確率を調べたぐらいだ。交際で2割、結婚まで行くのは100人に1人らしい。恐ろしく低い確率だ。
「西川は誰だったんだ?」
早くも1年目で、イケメンとして有名になった男が、誰に惹かれたのか聞いてみたくなった。交際ぐらいまでは、行けたのでは?
「俺かぁ? 確か、保健室の先生だった気がする」
「あぁ~定番よねぇ。学校の先生って」
それは、中々難しい相手だよなぁ。でも気持ちは分かる気がする。体育会系をやっていると、保健室のお世話になる事は多い。
転んで怪我をしたとか、突き指をしたとか。何らかの理由で保健室へ行くから、若い女性の先生だと男子としては気になるよな。
俺の小学校は途中まで年配の女性で、後から若い女性へ変わっていた。その頃にはもうリサ姉が好きだったから、俺は特に何か思う事は無かったけど。
だけど同級生の中には、好意を持っている男子が一定数居た。そういう初恋も珍しい事ではないのだろう。
「じゃあ西川君、女子を沢山泣かせてたのね」
ニヤニヤと中沢さんが西川を見ている。確かにそうなるのか。西川を好きだった女子は、ライバルが大人の女性になるのだから。
バレンタインとか、凄かったのだろうなぁ。俺なんてリサ姉以外から貰った事なんて……いや、何回かあった? まあでも全部義理だろう。
「西川は昔からモテただろうしなぁ」
「いやいや、泣かせてはいないから!」
好かれていた事は否定しなかったな。そこに嫉妬心はないけれど、羨ましくはあるな。俺は昔から、怖がられる側だったし。
女子に囲まれるとしたら、女子に嫌がらせをする男子が出た時ぐらいだ。注意して欲しいと、俺のところへやって来るのだ。
何かそれはそれで都合良くないか、とも思いはしたけどね。仲の良い女子も含まれていたから、対応はしたけれども。
思い返せば、俺の学生時代ってそんな事が多かったなぁ。告白がしつこい男子を制止する役とかさ。孤独ではなかったから良いけど。
「間島君もモテたんじゃないの?」
中沢さんが突然そんな事を言い出す。そんなわけないだろう。このデカい体と、強面のお陰で浮いた話は一度だけ。
彩智に告白されたのが学生時代のピークだ。1人でも居るだけで、十分モテているだろうと言われるかもしれないが。
人生にはモテ期が3回あるというけれど、俺は1回しか来ていない。今更2回目が来ても困る……いや、来たからリサ姉が俺を?
じゃあもう高嶺部長で使い切った事になるから、一応は3回来たのか? どう判断して良いのか分からないな。
「俺は全然だったよ。学生時代は元カノだけ」
俺の回答が意外だったのか、中沢さんはキョトンとしている。そんなおかしな回答だったか?
「背が高いって、モテる十分な理由なのに」
「俺の場合はデカすぎたんじゃない?」
リサ姉も似たような事を言っていたような? どうして俺がモテると思ったのだろうか? こればかりは謎である。
いやまあ、今となっては2人の美女と関係を持てたけれども。でもコレをモテというには、ちょっと微妙過ぎないかな?
世間一般で言うところのモテって、もっとこう何十人からも好意を寄せられるタイプの事だろうし。それこそ西川みたいな線の細いイケメンの事だろう。
そんな雑談と昼食を終えて、俺達は食堂を出て行く。するとちょうど廊下を歩いて来た高嶺部長と鉢合わせた。
「お疲れ様です」
「あら3人共。相変わらず仲が良いわね」
謝恩会以来、2人は高嶺部長とも気軽に話すようになった。中沢さんの影響が大きいのか、若い女性社員と話している光景が増えた。
今では恋愛や、ファッション等に関する相談を良く受けているらしい。高嶺部長への誤解が、漸く解け始めたらしい。
良い傾向だなと思うし、行動して良かったと思っている。それでも全ての恩が、まだ返せたとは思っていない。
何かの形で、返せたら良いなと思っている。リサ姉と3人でまた、どこかへ行くのも良いかも知れない。今度リサ姉と相談してみよう。




