第68話 2人で過ごす穏やかな日々
リサ姉と再会してから利用している近所のカフェで、2人の時間を過ごしている。少し前には、高嶺部長も連れて来た。
俺達の交際が始まったからと言って、高嶺部長との関係が疎遠になってはいない。普通に共通の友人知人として、関係は続いている。
新しいセフレが見つかっておらず、たまに愚痴を溢しては行くけれど。その点については、少々申し訳ない気持ちがある。
相当相性が良かったらしいのは知っているから。ただこれ以上高嶺部長と肉体関係を持つと、それはもう浮気になってしまう。
不倫で傷付いたリサ姉を相手に、そんな事が許される筈も無い。最初からするつもりは無いんだけれども。
「やっぱこの店、落ち着くなぁ」
それなりの頻度で利用しているから、馴染みの店という感じがしている。町屋風の和風な空気感が、日本人的に合うのだろうか。
和室で過ごす時に感覚が似ている。テーブル席とお座敷があり、俺達はお座敷で過ごしている。井草の香りとコーヒーの香りは意外とマッチする。
「静かで良いよね」
店内は落ち着いた雰囲気が漂っており、客層も穏やかな人が多いようだ。この辺りは治安が悪いと聞いた事が無く、どちらかと言えば上品だ。
そんな土地柄と合わせて、少し高めな価格設定もまた、厄介な客を寄せ付けないのだろう。非常識な大声で話すような客を見た事がない。
20代ぐらいからの大人のカップルや、マダム達が客の中心層となっている様子だ。高校生ぐらいの子達は先ず見掛けない。
静かな店だからか、子連れ客はほぼ居ない。たまに居るけれど、連れて来られている子達は大人しい子ばかりだ。
「家で過ごすのもエエけど、こういう所で過ごすんもエエよなぁ」
「そうだよね。ここはコーヒーも美味しいし」
純粋に食事の為に来るのも良いし、食後のお茶会として利用するのも悪くない。夜も営業しているので、いつ来てもそれぞれ趣がある。
本当に良い店を見つけたと思っている。都会ほど栄えている街ではないけれど、地方だからこその穏やかさが出ていると思う。
そんなお店の中で向き合っているリサ姉は、今日もオシャレで美しい。今日は黒い生地に白い縦ラインの入ったワンピース姿だ。
タイトなデザインとなっているので、リサ姉の綺麗なボディラインが良く出ている。今日は肌色成分が少なめだが、これはこれで魅力的だ。
女性らしい曲線が強調されており、30歳という大人の魅力が良く出ている。10代や20代が同じ服を着ても、この色気は決して出ないだろう。
「もう11月やもんなぁ~時間の流れって早いわぁ」
アイスコーヒーを飲みながら、リサ姉がそんな事を呟く。確かに気付けばもう1年の大半が終了している。しかしまだ、気温は高いまま。
再来週から寒くなるらしいけど、まだまだそんな雰囲気は見られ無い。営業車に乗っていれば、フロントガラスから差し込む日差しは暑い。
夜はかなり涼しくなったけれど、日中の気温はまだ20℃を僅かに超えている。本当に1週間で寒くなるのか、正直怪しいところだ。
少なくとも土曜日の現在も、昼間の気温は21℃で十分温かい。夜も10℃を下回る日は殆どない。冬という実感は全く感じられない。
「まあ、もう暫くしたらクリスマスも来るしね」
「また歳を取ってまうやん! 次31歳やで」
リサ姉の誕生日は2月12日だから、もうそれ程遠くない。何だかんだとやっている内に、2月なんてすぐだろう。
そしてその2ヶ月後の4月には、俺もまた誕生日を迎える。社会人になってからの時間の流れは、俺の想像以上に早かった。
「大丈夫だよ、リサ姉はオバサンに見えないって」
「そうやとしても……ほら、ウチらの子供とか、さぁ」
少し小さな声で、リサ姉は伝えて来る。結婚する意思は伝えているから、当然そういう話も出て来るわけで。
告白する前から分かっていた事。女性は35歳を過ぎると、妊娠する確率が大きく下がって行く。40歳ともなれば、かなり厳しくなる。
そりゃあ毎日のように婚活をしていれば、不可能ではなくなるけど。1回で妊娠する確立が、大きく低下するというだけだから。
しかし問題はそれだけじゃない。障害を持って生まれてしまう可能性や、純粋に高齢出産となるリスク。母子ともに無事で済む可能性が落ちる。
医療技術の進歩によって、妊娠出産のリスク自体はかなり下がった。しかし年齢という壁は、未だに解消されていないままだ。
老化を防ぐ薬が開発されていて、それらが世に出て来たらまた変わるのだろうか。人間の健康寿命が、250年まで伸びると言われている。
そうなって来れば、無事に出産出来る年齢も高くなるらしい。人間の細胞が若返り、肉体ごと若くなるんだと。本当なら凄い話だと思う。
だけど今はまだそんな薬が売っていない以上、僅かな可能性に賭ける事は出来ない。現実を見て、将来を決めていかないと。
「リサ姉は、いつぐらいに欲しいの?」
「せやなぁ……34歳までには産みたいなぁ」
お互いの収入を考慮して、貯金と出産費用を考えて――再来年ぐらいには妊活開始か。11月である事を考慮すれば、実質的には1年後となる。
妊娠する確率は落ちているから、数字で考える以上に長く見積もる必要がある。副業としてのアルバイトを、早く決めた方が良いな。
うちの会社は本業に支障を来たさない範囲でなら、副業を認められている。ただし労働基準法を超えてしまう程には働けない。
幾ら体力に自信があると言っても、出来る範囲は限られている。俺の場合は、子供向け柔道教室の先生辺りが無難か? 土日限定とかで。
もしくは運送業や、引っ越し業者なんかの体力勝負の仕事か。そろそろ候補を決めておいた方が良いだろう。あまりゆっくりしていられない。
「そろそろ副業を探すよ」
「うちも何か、始めようかなぁ」
子供の問題があるから、結婚式は後に回すと2人で話し合って決めている。入籍だけは済ませて、子供を先に作る予定だ。
34歳までに出産なら、結婚式はその2年か3年後になるかな。子供が小さすぎると、結婚式をするのは難しいだろうし。
そうなると色々と、具体的な数字が見えて来る。補助金の申請とかも、忘れてはいけない。出産育児一時金とか、複数あった筈だ。
リサ姉と付き合うと決めた時に、その辺りは一通り目を通してある。これからやらないといけない事は、思っているより多いかも。
「リサ姉はあんまり無理しないでよ。また母親になるんだからさ」
「せやけど、今はまだ余裕あるし」
気持ちは嬉しいけれど、リサ姉の健康が最優先だ。結局母体の健康状態が、妊娠と出産に与える影響は大きい。
そういう事は昔、リサ姉に教えて貰った事だ。母親という存在について知りたくて、俺が昔あれこれと質問した。
自分の母親と、リサ姉があまりにも違ったから。そのお陰で妊娠と出産については、多少なりとも詳しくなった。
学校の性教育よりも遥かに、参考になったのを覚えている。お陰で保健体育の成績は常に良かった。保健の先生に驚かれたぐらいだ。
その知識を、これから活かして行く必要がある。リサ姉のメンタル面と、体調には気をつけておかないとな。
「お互い頑張ろうや。その……そう遠くない内に、ウチらは夫婦になるんやし……」
「う、うん。それはまあ、そうだよね」
リサ姉と結婚するのは、もう決めた事だ。未だに実感は出来ていないけれど、数年以内に入籍をする。もうそれは決まった事。
ほぼ同棲状態だったし、昔からお互いの事を良く知っている。交際を決めてからは、結婚の話が進むまであっという間だった。
告白するまで悩んでいたのは、一体何だったのかというぐらい俺の覚悟はあっさり決まった。これからは忙しくなるだろう。
だけどもう少しだけ、2人で過ごす穏やかな時間を楽しんでいたい。本格的にバタバタとし始める、それまでの間ぐらいは。




