第65話 交際開始の報告
リサ姉と付き合う事になった俺は、当然ながら高嶺部長へと報告をする。先んじてメッセージを送信し、会社でも直接お礼を伝える。
やはりただ文章だけで伝えるのと、直接面と向かってお礼を言うのは違うと思うから。ちょうど2人で外出する予定があったので、利用させて貰う。
会社の営業車で移動しながら、俺は運転席に座る高嶺部長へと感謝を伝える。本当にここ2ケ月程、凄くお世話になった。
「本当にありがとうございました。俺がリサ姉と付き合えるなんて、昔は思ってもみませんでした」
本当に奇跡のような出来事だ。初恋なんて、殆どが成立しないだろう。俺のように、歳の離れた相手である事は多い筈。
女の子なら、お父さんや近い距離にいる男性だろう。俺の場合は隣に住んでいる人妻だった。普通なら先ず成立しない恋だ。
「良いのよ。私も理沙が幸せである事こそ、望ましい事だから。理沙が不倫発覚から離婚に至るまでは、凄く荒れていたのを知っているだけにね」
「……そうだったんですか」
そりゃあそうか。きっと色々とあった筈だ。女子大生と不倫だなんて、相当腹が立っただろう。言いたい事は山ほどあったに違いない。
子供が居ないならまだしも、娘が居るのに不倫だ。生活に不満があったのかも知れないけど、それにしても酷い仕打ちだ。
不倫なんてする前に、話し合いで解決出来なかったのだろうか。子供が出来ると、夫婦の時間が減ってしまうのは理解出来る。
リサ姉の子育てを見て来たから、育児の大変さは多少知っている。2人の時間が取れない時もあっただろう。でもだからって、不倫はない。
せめて風俗とかで我慢出来なかったのだろうか。キャバクラやガールズバーだってあるというのに。俺には分からない感覚だ。
「貴方なら理沙と上手くやって行ける筈よ。……私の期待を、裏切らないでね」
「……分かっています」
付き合えたのは嬉しい事だ。けれど、これはまだスタートに過ぎない。漸く走りだせただけで、ゴールしたわけじゃない。
殆ど同棲みたいな生活だったけど、完全な共同生活もまだ出来ていない。お互いに賃貸契約をしたばかりで、今すぐ解約は違約金が発生する。
俺の方が借りたのは早いから、更新の際に契約を止めて2人で生活を始める。2年契約だから、あと1年半ほど期間が残っている。
今すぐ違約金を払う道もあるけれど、無駄な費用を使うぐらいなら他の事に使うべきだ。不動産会社からしても、あまり印象は良くないだろう。
本当かは知らないけど、ブラックリストがあるというしな。今後の事を考えたら、余計な真似はしない方が良いだろう。
「それで、理沙は喜んでいたの?」
「どう、でしょうね。あんまり今までと、違いが分からなくて」
いつから好きで居てくれたのか分からない。付き合い始めたからと言って、何かが大きく変わったかと言えば難しい。
単なる傷の舐め合いでは、なくなったと分かっている。特別な関係になったのだとういう、実感だけは確かに感じている。
けれどじゃあ、具体的にどう違うかと言うと表現に困る。リサ姉が嬉しそうにしてくれているのは、告白以降から何となく感じた。
ただそれ以前と違うかと言えば、あまり変わった感じはない。前より少し、積極的になったぐらいか? 壁のような物が消えた気はする。
自分はバツイチだからという、卑下している感覚というか。そういう引け目みたいな、暗い雰囲気は消えたように思う。
「まだ少し、遠慮しているのかもね。理沙って本来は、好きな人に凄く甘える方だもの」
「な、なるほど」
何だろう? 年上だからって意識もあるのかな? 俺が逆の立場だったら、リードする側だって意識してしまう気がする。
大人としてしっかりしないと、とかリサ姉は考えそうだ。責任感が強い人だから、在り得そうだよな。まだ、俺は頼りないだろうし。
「自分が頼りないせいだって顔をしているわね」
どうしてこの人は、こうもピンポイントで見抜いて来るのだろうか? そういう特殊能力でも持って居るのか?
「なんで分かるんですか?」
「貴方、結構分かり易いもの。ちなみに、頼りないからじゃないわ。昔から姉のように振る舞っていたのでしょう? だから堂々と甘えるのは恥ずかしいのよ」
そういう事か。確かに俺達は長い間、姉弟に近い関係性だった。今になって甘えるというのは、確かにハードルが高いのかも。
でも恥ずかしく思う必要なんてないのに。どうせ俺しか見ないのだから。外でやらなければ良いだけなのでは? っていうのはノンデリか?
女性の心は難しいから、そんな簡単な話ではないのかも知れない。俺には出来ても、リサ姉が出来るとは限らない。
勝手な決めつけはトラブルの元だ。高嶺部長から教わった中に、細かなコミュニケーション不足という問題があった。
小さなすれ違いが蓄積して、いずれ大きな爆弾となる。それで上手く行かない男女が多いそうだ。認識のすり合わせが大切だと。
「まあその内、理沙も慣れるでしょう」
「なら良いんですけど」
甘えてくるリサ姉か……それはちょっと破壊力が高そうだな。今までそんな姿、まともに見た事が無い。少し楽しみになって来た。
どんな風に甘えて来るのだろうか。見た目は強そうな女性だけに、ギャップが凄い事になりそうだ。まあ普段も可愛い人だけど。
結構少女っぽい面も持ち合わせているから、たまに見せられるとハートに来る。そういうところが、好きになった理由の1つでもあるんだけど。
普段は強くて元気な明るい母親だけど、たまに見せるお茶目なところとか。隙というか、緩んだ姿というか。そこが良いんだよな。
「こらこら、仕事中なのは忘れないでよ」
「す、すいません」
流石に脱線し過ぎたな。今はまだ勤務中で、リサ姉の可愛いところを探す時間ではない。お礼の方はそこそこに、俺は高嶺部長と仕事に励む。
新規の顧客を幾つか回って、久々に2人でランチタイムだ。今回も普段通り、高嶺部長のオススメ店に連れて行って貰う。
今も取引のあるホテルを辞め、イタリア料理店を始めた元料理長のお店だそう。洋風のオシャレな外観から、通だけが知る雰囲気が漂っている。
近所の人が集まっているのか、店内はお客さんで一杯だ。ギリギリ2人分の空席が残っていたが、これでもう満席だ。
俺達のすぐ後からやって来た人が、店外で待つ事となった。本当に滑り込みだったらしい。それだけ人気があるという事だろう。
「好きなものを選ぶと良いわ」
「いつもすいません」
上司のお金で食う昼飯は美味い。というか実際に美味しいんだけどさ。高嶺部長は食についても、高いセンスを持つ人だ。
連れて行って貰った店で、外れだった所は無い。フランス料理に回っていない寿司、和食やウナギ専門店。どれも素晴らしい店ばかりだ。
今回の店も間違いなく美味しいのだろう。俺はせっかくだから、自家製のピザを頼む事に決めた。頼んでいる人が多いから、きっと人気メニューだろう。
届いた料理はどれも美味しくて、最高の昼休みだった。サラダやコーヒーも逸品としか言えない。今度リサ姉にも紹介したい。
とは言え、今からは昼の業務だ。気を引き締めて仕事に掛かろう。再び営業車に乗り込み、高嶺部長の運転に任せる。
「間島君を譲るのだから、理沙に今度奢らせようかしら」
「え、ええっと……」
チラリと視線を向けられるが、俺は何とも言えない。セフレをまた探す事になった高嶺部長は、それなりに思うところがあるらしい。
結構体の相性が良かったとは聞いているから、惜しいという気持ちぐらいはあっても不思議ではない。しかし高嶺部長は、親友の彼氏に手を出すつもりは無いという。
少々申し訳ない気持ちもありつつ、俺達は次の営業先へと向かう。その頃には気まずい空気も消えており、普段通り仕事をこなした。




