第63話 2人で過ごす祭りの夜
俺は買った甚平に着替えて、リサ姉を迎えに行く。下駄なんて久しぶりに履いたな。小学生以来じゃないだろうか。
家を出ればすぐ隣がリサ姉の家で、呼び鈴を押すだけで良い。もし付き合う事が出来たら、最高の環境となる。
だけどその為には、リサ姉の気持ちを確かめないといけない。高嶺部長の作戦で、交際しないという条件は潰れたのだろうか。
ただ今となっては、それもあまり気にしていない。もしダメだと言われても、俺は簡単に諦められない。リサ姉と共に居る未来を。
「お待たせ一輝君」
出て来たリサ姉は、とても可愛かった。浴衣と小麦色の肌が、とてもマッチしている。淡い水色の生地に、沢山の花柄が入っている。
少し派手だが、リサ姉本人の華やかさは衣装に負けていない。むしろ魅力を更に押し上げているぐらいだ。
普段は良く生足を晒しているリサ姉が、今日は浴衣の裾で足が隠れている。そのせいで、普段とは違う清楚さも感じる。
見えないからこその魅力が、この浴衣姿には出ていた。胸元を潰しているのか、いつも程のボリュームはない。
だがそれはそれで、魅力的で良いと思う。ギャルという文化に、和の精神が調和しているみたいだ。とても新鮮に感じる。
「めっちゃ似合うね」
「そ、そう? ありがとうな」
本当に良く似合っている。買った時も思ったけど、こうして夕方に見ると余計魅力的だ。お祭りだという雰囲気が良く出ている。
シチュエーションの大事さが、良く理解出来るよ。雰囲気が大事だという教えは、もう既に知っている。だからこそ分かる事。
服装1つとっても、重要な雰囲気作りだ。着飾るという事は、相手の為にもなる。気持ちを盛り上げる為の、一役を買ってくれる。
事実俺は、今のリサ姉を可愛いと思っている。普段以上の魅力を感じている。相手に見劣りしない為だけじゃなく、気遣いとしてのファッションも重要だ。
せっかくのデートに、適当な服装で来られたら女性は萎えてしまう。こっちだって、ちゃんと見合った服装が必要だ。
「ほ、ほな行こ」
そう言うとリサ姉は、いつも通り腕を組んで来た。やっぱりリサ姉は、俺を特別扱いしてくれている。好意もないのに、こんな事はしない筈。
信頼があるから、こうして身を任せてくれている。女性のパーソナルスペースは、男性より横が広いと教わった。
男性は縦長で前方に集中している。対して女性は、自分を中心に円形だそう。だから横に居ても気にならない男性は、それだけ特別だ。
こうして腕を組んで歩ける相手は、かなり限られている。キャバ嬢などの仕事としてやっている場合は、また色々と違うけれど。
だから俺は、胸を張ってリサ姉へ想いを告げれば良い。もう今日で、中途半端な関係は終わらせる。その為に俺は、心を決めて来た。
「一輝君とお祭りなんて、いつ以来やろな?」
「……中学生の時かな? 杏奈ちゃんが行きたがったよね」
どうして気付かなかったのか。俺達はこうして、時間を取り戻すように過ごして来た。まるで過去へ戻っているかのように。
お互いに想い出を噛み締めながら、こうして2人で居る時間。それは人生をやり直しているみたいだ。初めて出会った日から、焼き直しているみたいだ。
最初から独り身同士だったら、何も気にしないで良かったのに。そんな俺達の想いが、どこかで燻り続けていた。
もっと早く気付くべきだった。俺達の間に、障害なんて最初から無かった。2人でただ、遠回りをしてしまっていたんだ。
「あ~そうやっけ? 懐かしいなぁ」
「帰りに雨が降って来て、ずぶ濡れになったよね」
昔を懐かしみながら、俺とリサ姉は花火大会の会場へと向かう。到着した花火大会の会場は、明るい雰囲気で包まれている。
元々地元のお祭りに、花火大会を追加したイベントだ。そうする事で、集客力を上げようと考えたのだろう。
実際に俺達も来ているし、来場者はかなり多い。狙い通り上手く行っていると思う。そんな賑やかな会場で、俺はリサ姉と歩いている。
「どこが一番見やすいんやろな?」
「調べておいたよ。あそこの河川敷が良いらしい」
暗くなり始めたお祭りの会場から、少しだけ離れた河川敷。少し高い位置にあるから、花火の見物に向いている。その分、人も多いけれど。
その程度は気にならない。一番大事なのは、誰と見るかだ。人が多かろうが構わない。そんな事、何の問題にならないさ。
後はどのタイミングで、リサ姉へと告白するかだ。どうせ告白するなら、最高のタイミングが良い。花火の直後とか?
難しいな……リサ姉をエスコートしないといけないのに、頭の中がごちゃごちゃしてしまっている。
「……なあ一輝君、やっぱり、そういう事なん?」
「え? 何が?」
考え込んでいたら、リサ姉が顔を伏せながらそんな事を急に言い始めた。何の話をしているのだろう?
どうにもリサ姉の様子がおかしい。さっきまで明るかったのに、妙な雰囲気が漂い始めた。全然意味が分からない。
「最近ずっと上の空やし、今朝も雫の家に行ってたし」
「え、えっとそれが何?」
何が言いたいのだろうか? 高嶺部長の家に行っていたのは、どうやって告白するか相談する為だ。
流石にそんな事、リサ姉に直接言えるわけがない。内容は曖昧にして、会って来るとだけ伝えた。
朝と昼は一緒に食べたし、夜もこうして一緒に過ごすから問題ないかなと思って。リサ姉と会う曜日として、ちゃんと守っている。
上の空だったのは、ずっと考えていたから。リサ姉との関係と、俺の気持ちについて。こうして全てに答えを出すと決めたから。
「やっぱり、雫を選ぶんやろ? ウチはもう、これで終わりなんやろ?」
「…………はい?」
何の誤解なのそれ? 悩んでいたからって、高嶺部長を選ぶ理由にはならない。そう判断する根拠が、今日高嶺部長と会ったから?
どうしてそんな…………そうか。高嶺部長の作戦は、きっちり効果を出していたのか。だからこんな勘違いをしている。
だったらもう、今ここで答えを出そう。誤解をさせたまま、花火大会なんて楽しめない。リサ姉には笑っていて欲しいから。
俺はリサ姉を連れて、人混みから離れていく。裏通りに入って、人の居ない公園に行き2人で向き合う。ここからが、俺の勝負だ。
「リサ姉、俺はもう高嶺部長とはセフレじゃない。今日、止めて来たんだ」
「え? な、なんで?」
リサ姉はかなり驚いている。そりゃあそうだよな。男ならあんな美人と、セフレを解消する理由がない。普通に考えたら。
だけど俺は違う。都合の良い関係は、今日全て終わらせる。もう俺は、覚悟を決めて来た。その為にここへ来たのだから。
「俺はリサ姉が好きだ。初めて恋した時と同じだ。俺はずっと、貴女に憧れていた。だけどもう、憧れるだけの時間は終わりにする。リサ姉、俺と付き合って欲しい」
「な、何を――言ってるん? だって、ウチは、30歳で、バツイチで……」
知っているよそんな事は。分かった上で、俺は貴女に恋をしている。もう一度俺は、貴女の事が好きになった。
この気持ちは、あの時と変わらないもの。10年近く前に抱いた、確かな恋心だ。やっぱり俺は、貴女と居たい。
「世間体がどうとか、関係ないよ。俺はリサ姉が好き。俺の最後の恋を、貴女にしたい。リサ姉はどう? 俺が相手は嫌?」
「い、嫌なんて! そんな言い方――ズルいわ」
俺は正面からリサ姉を抱き締める。抵抗しようとしたリサ姉だったけど、すぐに力を緩めた。OKって事で良いのかな?
そのまま俺は、リサ姉とキスをした。これまでして来たキスとは違う。慰め合う為の行為ではない。傷の舐め合いでもない。
こういう時、どうするべきか俺は教わった。忘れてはいないですよ高嶺部長。ちゃんと、活用させて頂きます。
「リサの気持ちを、教えて欲しい」
「…………好きに決まってるやんか! ウチだって、一輝君が好きや!」
涙を流しながら、そう答える理沙。俺達は再び抱き合って、何度もキスを交わした。気付けば花火が始まっていたけど、そんな事はどうでも良かった。




