第59話 謝恩会にて
俺が働いている株式会社田邉物産では、成績の良い支社の謝恩会が開かれる。そして俺達の支社も、その対象らしい。
お盆休みへと入る前日に、グランドホテルオータニで行われる。俺が担当している取引先でもあり、高嶺部長から教えて貰ったホテルだ。
客として利用するのは初めてだが、何度も来ているので馴染みはある。何とも言えない不思議な感覚だ。
「間島君、そう緊張しないで良いわ」
パーティー会場としても使える大宴会場で、俺は高嶺部長と並んで座っている。営業部で固まっているエリアには、良く知った顔ぶればかりだ。
「は、はい」
顔見知りの先輩達と、同期達が会場の一角に集まっている。暫く待っていると、支社長によるスピーチが始まった。
こういうのは初めてだから、どうにも落ち着かない。大学時代に一度経験したぐらいか。企業の謝恩会は、大学のそれとは違う。
取引先の偉い人達も参加しており、一部見知った人達も来ている。挨拶は済ませているけど、どうしても緊張してしまう。
失礼が無いように注意しながら、上手く切り抜けなければ。従業員への福利厚生に含まれるらしいが、偉い人が多くてどうも気が抜けない。
従業員だけでやるならまだ良いけど、取引先の人達も居ると落ち着けない。実質これは、接待じゃないのか?
「それでは僭越ながら、乾杯の音頭を取らせていただきます」
支社長の合図で、謝恩会が正式に始まった。俺は高嶺部長と共に、取引先の方々のテーブルを周って行く。
営業部のメンバーは、我先にと移動している。そういう立ち位置である以上は、どうしても避けられない。
これは俺達がまともに落ち着いて食えるのは、暫く後になるだろう。取引先の社長や専務を相手に、ビールを注ぐ役を徹底する。
高嶺部長は偉い人達と顔見知りらしく、挨拶回りをした時から親密な雰囲気だ。俺は初めて会った人も多く、名前と顔を覚えるのに必死だ。
大きな会社は給料が良いけど、こういう場面では大変だ。取引先は非常に多く、大勢の招待客が来ている。これも社会勉強という事か。
「やあ高嶺君、元気だったかね?」
「ええ、お陰様で」
そして美人だからか、高嶺部長はオジサン達の覚えが良いらしい。どこへ行っても、誰かが必ず話し掛けられている。
高嶺部長は、結構有名なのかも知れない。仕事が出来るしコミュニケーション能力も高いから、当然ではあるのだろうけど。
見た目やスタイルだけでなく、頭も良いから難しい話も着いて行ける。オジサン達の良い話相手なのだろう。
ただセクハラ染みた行為に出る人は居ない。そんな問題を起こす人物を、こんな場所へ連れて来る筈もないから当然か。
「さっきから連れているけれども、その若い子が君の後継者かね?」
「そう思って、育てている最中です」
初めて聞いた話ですけど!? 俺、いつの間に高嶺部長の後継者に決まった!? こんな場で言い切られると、合わせるしかない!
「日々精進して参ります」
どうにか無難な回答をひねり出し、この場をどうにか切り抜ける。高嶺部長も、先に言っておいてくれたら良いのに。
適当に合わせれば良いと聞いていたけど、これで良かったのだろうか。特に高嶺部長からは、お咎めは無かった。
大体こんな感じで回った後、営業部の席へ戻って漸くゆっくり出来る時間だ。結局始まってから、30分以上は接待していた。
正直腹も減ったし、美味い酒が飲みたい。他の部署の人達は、営業部ほど忙しくはしていない。特に1年目の社員達は自由に過ごしているらしい。
見慣れた2人が、こちらの方を見て手を振っている。普段から会社でお昼を共にする友人達だ。
「すいません高嶺部長、少し離れます」
「気にしなくて良いのよ。好きに楽しんで」
俺の同期で特に仲が良い2人は、残念ながら部署が違う。1人は企画部の超絶イケメンで、女性から人気のある西川春樹だ。
程よく高い身長を持ち、俺と違って細身だから威圧感が無い。人が良いタイプで、穏やかな性格をしている。
もう1人は商品開発部の可愛らしい女性、中沢真実は良くモテる人気者だ。早くも別部署の先輩から、アタックを掛けられたという。
だが彼女はスタイルも良く、小顔で性格も明るい。これで彼氏が居ない筈もなく、可哀そうだが先輩は撃沈したらしい。
そんな2人の下へ近付いて行き、いつもの調子で話し掛ける。他愛ない雑談をしながら、俺は以前に西川と交わした約束を思い出した。
「そうだ2人とも、良い機会だから高嶺部長と話してみないか?」
俺の提案に、2人は少し固まっている。まだ怖がっているのだろうか? あんなに優しい人なのになぁ。
「ま、まあ……この前約束したし」
西川は覚えていたらしく、恐る恐るだが前向きな姿勢を見せている。これまでも高嶺部長について、色々と話した成果だろう。
「だ、大丈夫? 怒られない?」
中沢さんはまだ少し、誤解が消えていない様子だ。同性なのだから、そんなに怖がらなくても良いのに。凄く話し易い人なんだけど。
いや、同性だからこそなのか? その辺りはどうしようもないな。同性より異性の方が、話し易いって人も居るからなぁ。
「大丈夫だって、ほら行こうよ」
「う、うん」
この機会に、2人の誤解を解いてしまおう。高嶺部長が凄く良い人で、結構お茶目なところもある人だと知って貰おう。
リサ姉との件でお世話になっている分、俺に出来るお返しをしておきたい。雰囲気だけで怖がられるのは、やっぱり悲しいからな。
高嶺部長は気にしていないらしいけど、慕ってくれる社員が多いに越したことはない。少しでも誤解が減れば、それだけ仕事もし易くなるだろうし。
バイキング形式となっているから、3人で食べる分を取ってから高嶺部長の席へ向かう。俺はついでに、高嶺部長の分も持って行く。
「高嶺部長、少し良いですか?」
1人で軽食を口にしている高嶺部長へ、俺は声を掛ける。持って来た料理が乗った皿を手渡す。
「ありがとう。それで、どうしたの改まって」
「同期の友人を紹介しようと思いまして」
どうしてそんな事を? という表情で、高嶺部長が見ている。そりゃあそうだろう。いきなり別部署の新人を、紹介しようとするのだから。
困惑させてしまったのは申し訳ないけれど、少しでも誤解をする人を減らす為だ。余計なお世話かも知れないけど、俺がそうしたい。
話し易くて優しくて、凄く頼りになる女性だと知って欲しい。噂だけで怖がられるような、損をして欲しくないから。
「き、企画部の西川春樹です」
「商品開発部、中沢真実です」
高嶺部長は穏やかに対応をし、俺達は同席させて貰う。俺が持って来た料理は、どれも高嶺部長が好むものばかり。
多過ぎず少なすぎずで、丁度良い分量を選んだ。料理を振る舞う関係で、大体のと好みは分かっているから迷う必要が無かった。
気を良くして貰う為の、ちょっとした小細工だ。それだけで上手く行くとは、全く思っていない。むしろここからが本番だ。
俺が中心となって、友人2人に高嶺部長の良いところを知って貰う時間が始まる。ここ最近で、一番頑張っているかも知れない。
「そう、西川君はバスケ部だったのね」
「そうなんですよ。昔から好きだったので」
どうにか上手く、2人と高嶺部長の会話が続いている。先程までと違い、怖がっている様子は見られ無い。随分と雰囲気が柔らかくなった。
「高嶺部長に前から聞きたかったんですけど……ファンデーションは何を使ってますか?」
「そんな事を気にしていたの?」
中沢さんも高いコミュニケーション能力を発揮し、高嶺部長と楽しそうに会話をしている。こっちも上手く行ったようだ。
高嶺部長もまた、気分良くお酒を飲めている様子だ。頑張った甲斐があるというもの。これで少しは、妙な勘違いが減るだろうか。
たった2人だけど、高嶺部長の良さを知る人が増えてくれた。この2人を切っ掛けに、社内の噂が変化してくれたら良いな。




